さあ、行くぞ!
前夜、霙から雪に変わった通りは、ジャーベット状の雪が二〇センチほども積もり、駅までたった五分の道で、私の足はびしょびしょに濡れてしまった。それでも朝の澄んだ冷たい空気は心地よく、私は、思ったよりしっかりした足取りで、駅までの道を歩いた。
駅に着くと、上手い具合に始発の電車が来て、座って行けたのは幸運だった。シートの下から吹き出る温風は、濡れた靴下を乾かし、私の足を温めてくれた。積雪なんて、一年に数回、あるかないかだから、車窓から見える雪景色は、それだけで何だか心が癒やされるようだ。
青く光る雪景色が、後ろへ後ろへと流れて行くのを見ながら、私は改めて思った。こんな最悪の体調で、受験会場に行けただけでえらい、よく頑張った、などと思ったら、その瞬間にきっと負けるな。だって、今日、受けに来るのは、体調万全の学生ばかりなのだから。
そう思ったら、何だか、身のうちにメラメラと燃え上がるものがあった。せっかく二年も浪人して、四六時中、背中に張り付いている闇とも戦って、やっと試験を受けられるのだ。おめおめと負けてたまるか。こんな体調、ぶっ飛ばして、全力で戦ってやる。
受験会場に着いたのは、試験開始の十分前だった。さすがにため息を吐きながら席に着くと、周りの受験生はみな元気そうだ。やはり、と、私は改めて思った。でも、私は負けない。少なくとも、自分に負けたりはしない。
その日、私は持てる力の限りを尽くして、試験に立ち向かった。体調が悪すぎたせいで、余計な雑念が浮かばず、久しぶりに緊張しなかった。私は、恐れることなく、冷静に問題文を読み、解答を書いた。
チャイムが鳴り、すべての試験終了が告げられると、私は力なく机に突っ伏した。窓の外は、日がとっぷりと暮れて、暗かった。
これで全て終わった。昼休憩に、紅茶をほんの一口飲む以外、ほぼ飲まず食わずだったが、何とか最後まで、集中力を切らすことなく、受けきることが出来た。上出来だ。
私はよろよろと立ち上がると、帰り支度を始めた。その時、後ろで、
「最後の数学、簡単だったな。あれだと、みんなできちゃうよなぁ」
と言っているのが聞こえてきた。
数学か、と私は思った。大問が五つあって、全てがカッコ三まであり、その三つ目がなかなか難問で、私には解ききることが出来なかった。それを、簡単だと? みんな出来ただろう、だと?
私は、その学ラン少年の胸ぐらをつかんで、
「感想は、後でひとけのないところでしましょうや」
と、脅したかったけれど、ため息しか出なかった。
全力を尽くしたからって、受かる保証なんてないもんな、と、ほろ苦く思いながら帰途についた。
帰りはもうぼろぼろで、乗り換えの品川駅のホームの途中で、一度、体力が尽きてしゃがみ込み、さらには、やっと最寄りの駅につくと、駅から徒歩五分の家だったにもかかわらず、タクシーに乗って、やっと帰宅する始末だった。




