当日の朝
「本当に、今日は行かないのね」
翌朝、母の声で、目が覚めた。薄目を開けると、ネグリジェ姿の母が、ベッドサイドで仁王立ちしている。その姿は、ちょっとオカルトっぽくて、怖かった。
窓の向こうは、分厚い雲が空を覆い、薄暗くて、骨の髄が冷えるような、じめじめした寒い朝だ。
「昨日、無理だって言ったじゃない。起き上がることも出来ないんだよ、私」
ほとんどべそを掻きながら言った。どうして、昨日、静かに諦めた気持ちを、またかき乱すのだろう。
「だって、このままだったら、後悔するのじゃないかと思って」
後悔、と言われて、なぜか私は、反射的に半身を起こした。こんなに素早く動いたのは、久しぶりだ。体を起こしても、不思議に目眩はしなかった。そのまま注意深くベッドサイドに立ってみる。少しふらつくけれど、何とか立つことが出来た。
私は、棚に捕まりながら何とか立ち、久しぶりに自分の背の高さでものを見ながら考えた。二年も浪人したのだ。このまま受けずに諦めたら、一生後悔する。時計を見た。七時。十時からの試験に、ぎりぎり間に合う時間だった。そう思った瞬間に、
「行ってくる」
と言っていた。その直後に「やっぱりやめる」と小声で言ってみたのだが、母はネグリジェの裾を翻し、素早く部屋を出て行った後だった。
「おねえちゃん、起きて。つくしが受けに行くって言っているわ」
隣の部屋で、姉を起こす母の声がした。その声に続いて、姉がベッドからどさりと落ちる音がした。
「私、そんなことに、なるんじゃないかと思っていたんだ。よし、わかった。私に任せろ」
姉が言うのが聞こえた。私が大学に行くときは、姉が付きそう手筈になっていたのだ。そのために、前日、姉は試験会場を下見にまで行ってくれたらしかった。
何とか身支度をすませ、筆記用具と受験票しか入っていない鞄を片手に玄関にゆくと、いつの間に用意したのか、お弁当と水筒を母から渡された。
「はい。じゃ、いってらっしゃーい」
寝間着姿の両親に威勢良く見送られながら、私は姉と共に家を出た。




