まずは母親の顔に泥を塗る
一言で言えば、私は入試劣等生だった。
最初の不合格は、中学受験だ。季節は早春、2月の初め頃だった。私の代わりに学校まで発表を見に行った父からの電話の声は暗く、私は結果を聞かずに、受話器を母に渡したことを、よく覚えている。
暗い顔で、受け答えする母の横顔を見ながら、今日は何時間、母からの厳しい叱責を受けるのだろうかと思い、それだけが怖くて、私は泣いていた。母も、母の姉や母の従姉妹も通った、さらには私の姉が在校生である、私立F女学院受験を失敗することは、我が家では許されないことだった。
予想に反して、電話を切った後の母は、静かだった。
沈んだ声で、
「落ちてしまったものは、仕方がない」
とだけ言うと、台所へ行ってしまった。
私は一人、母のいなくなった居間でじっとしていたが、しばらくすると、何も知らずに帰宅した姉の、
「どうだったぁ」
という、のんびりした声が聞こえてきた。
少し間があった後、
「落ちたわよ!」
母の切り裂くような声を聞いて、私は膝をぎゅっと抱えた。小さな丸になって、母の視界から消えたかった。日が暮れて部屋の中が暗くなっても、ずっとそのまま、動かなかった。
「晩ご飯だよ」
姉に起こされて、自分が眠っていたことに気がついた。すでに日はとっぷりと暮れ、恐る恐る食卓に着くと、母が、怒ってはいないことが分った。父も母も、不合格という結果にがっかりしていたが、私を叱ることはなかった。ああ、よかった。叱られさえしなければ、結果なんてどうでもよかった。
ずっと、やりたいことの多くを禁じられ、勉強することを強いられてきた。特にこの二年は、毎日毎日、機嫌の悪い母の監視下で、大量の問題集を解いてきた。でもそんな日々も、今日で終わる。そう思うと、母の顔に泥を塗った事より、開放感の方がずっとずっと大きかった。
沈鬱な食卓を囲みながら、私は内心、うきうきしていた。




