第7話 夜の襲撃
夜は沈黙をたたえていた。
虫の声も細くなり、風さえも呼吸をひそめている。藁の匂いと土の湿り気が濃くなり、胸の奥でざわつくものを押し殺すように、育成場はただ暗闇に包まれていた。
その静けさを、唐突な破砕音が切り裂いた。
木戸が――外から叩き割られたのだ。
乾いた裂け目が空気を震わせ、破片が砂利の上に散った。
直後、低く唸る声。唾と共に牙を光らせ、狼に似た影が五つ、闇を裂いて流れ込む。
その目は濁り、理性の欠片もない。欲望だけを燃料にした、血と肉を求める渇きの眼光。
「下がれ!」
オリヴァーの声は鋭かった。
次の瞬間、彼の姿は一歩で獣に迫り、木剣が稲光のように閃いた。
骨の砕ける鈍音。喉を潰された一匹が泡を吐いて倒れる。
間髪を入れず二匹目の顎を叩き折り、三匹目を肩口から薙ぎ落とす。動作と動作の間に隙はなく、砂の舞い上がる間に五つの影はすべて地に伏していた。
「……」
その静謐な光景に、テラもリアムも、息を呑むしかなかった。
これが、本気をわずかに見せた時のオリヴァー。
稽古場で何度も教えを受けた姿の、その極点。
血の匂いが空気に混じるより早く、オリヴァーは振り返った。
「テラ、リアム、ペネロペ、カリーナ!」
声が夜を切り裂いた。
「村の中央、鍛冶場へ行け! 武器を取れ! その後は村人を守れ。俺はミレイユを保護し、愛剣を取りに行く!」
一瞬の躊躇を、怒声が吹き飛ばす。
「実剣は木剣と違う! 魔力を込めることで刃に纏わせることができる! 稽古の成果を発揮しろ! 村を救え!」
四人は頷き、駆け出した。
砂を蹴る足音が重なり、背中に熱を残す。
遠吠えが重なる。森の奥から、さらに多くの声が答える。
鐘の音が、村の中央で鳴り響いた。
夜が破られ、襲撃の幕が開いた。
夜の村を駆け抜ける。
吐く息は白くならないのに、肺の奥で凍るような痛みが広がる。土道を蹴る足音が四つ、重なって響いた。
「……聞こえるか?」リアムが息を詰めるように言った。
耳を澄ませれば、犬の鳴き声。だがすぐに途切れ、甲高い悲鳴に変わった。木柵の向こう、影のような小型の魔物が家畜小屋に群がっている。
「魔物だ……!」テラは咄嗟に木剣を握りしめた。しかし、魔物を前にしたそれは、すでに折れかけの枝にしか見えない。
(木剣でも倒せるかもしれない。オリヴァーは、そうしていた。父のように――)
立ち止まりかけたテラの背に、鋭い声が飛んだ。
「テラ! 木剣じゃ無理よ!」
ペネロペだった。彼女の目は恐怖で揺れていたが、その奥には確かな現実があった。
鐘が鳴り、我に変える。
村の中心から、急かすような金属音が夜を揺さぶる。その音に呼応するかのように、別の家から悲鳴。魔物が複数の場所へ散っていく。
「止まるな!」カリーナが叫ぶ。声は震えていたが、眼は鋭い。
「武器を取ってからだ!」
その時、影が横合いから飛びかかってきた。狼の子供を思わせる体躯。だが牙は人の腕を容易く噛み千切れる大きさだった。
「来るな!」ペネロペが腰の木剣を投げつけた。小型の魔物の鼻面に当たり、一瞬の隙が生まれる。
テラはそこへ間髪入れずに体当たりを仕掛ける。
魔物と当たり、肩がキシキシと悲鳴をあげるが、全体重をかけて吹っ飛ばす。
「俺がやる!」そこへリアムが背から弓を引き抜いた。走りながら矢を番え、一瞬立ち止まり、片目を細める。風が彼の指先を舐め、矢羽が唸りを上げた。放たれた矢は影を裂き、起き上がった魔物の喉に深く突き刺さる。
「はぁっ……!」リアムは荒い息を吐きながらも、次の矢をつがえた。後ろを振り返らず、ただ進路を開くように矢を放ち続ける。
「早く!」カリーナが叫び、三人はさらに速度を上げた。
(大丈夫だ、1人では無理でも、仲間となら......やれる!)テラは仲間の大切さを実感した。
鐘の音が近づく。炎の明かりが見え、煙が鼻を刺した。村のあちこちで松明が掲げられ、恐慌に駆られた人々が駆け回っている。泣き叫ぶ声と、家畜が逃げ惑う声。夜の村が揺らぎ、土と煙と血の匂いが混ざっていた。
鍛冶場にたどり着くと、火床の赤が暗闇を裂いていた。鉄を打つ音ではなく、扉を打ち破る音が村じゅうから響いている。
「来たか!」
鍛冶屋エドが分厚い腕で戸を押さえ、四人を迎え入れた。顔は煤で黒く、眼だけがぎらついている。
「武器だ! これを持っていけ!」
彼は手際よく棚を開け、武器を差し出した。
テラには長剣。刃はまだ油が乗り、重みが手に食い込む。
(本物……。でも、オリヴァーの言葉を思い出せ。魔力を剣に流せば、刃は応えてくれる。やれる……はずだ)
リアムには双の短剣。風を割るように軽く、握った瞬間に動きをせかす感覚が走る。彼は唇を噛み、刃の重みに目を細めた。
ペネロペには短剣一本。柄を受け取った瞬間、指が震えた。見慣れた木剣とは違う、命を奪うための形。刃を握りしめるたびに、恐怖が手首を這い上がる。ただ、その恐怖を押し殺して、彼女は剣を腰に収めた。
カリーナには長剣。彼女の赤い瞳は刃を見た瞬間、獲物を見つけた獣のように鋭く光った。
「これに……魔力を込める」低い声が喉から漏れる。唇が乾いて震えていたが、眼差しはまっすぐだった。
エドが叫ぶ。「叩き込んだ稽古を思い出せ! 村はお前らの手にも懸かってる!」
火床の熱が背中を押す。鐘は鳴り続け、夜はすでに燃え広がっていた。
鍛冶場を出てすぐ、四方から獣の影が雪崩れ込んできた。十匹、二十匹――数が掴めない。
(……少し北側からの獣が少ない。……オリヴァーが向かった家の方角だ)
土を叩く無数の足音は雨音のようで、夜の闇を震わせていた。
「来るぞ!」テラが叫び、長剣を構える。心臓の鼓動が耳の奥で爆ぜ、汗が手のひらを濡らす。
最初の一撃。火の魔力を剣に流し込む――刃が一瞬赤く輝いた、次の瞬間。
「ぐっ……!」紫の雷が迸り、目前の魔物を斬り裂いた。だが反動で自分の腕まで痺れ、皮膚が焼けるように熱い。指先が勝手に震える。
(俺の雷の属性が混じった……? 稽古通りにはいかない!)
「テラ!」ペネロペの声。恐怖と焦りが混じっていた。
「大丈夫……!」歯を食いしばる。雷を押し込み、水の流れを心に描く。肩から肘へ、肘から刃へ。襲いかかる獣の牙を受け流し、魔力を剣に込めて横薙ぎに払った。今度は上手くいき刃が炎を纏い、獣を両断する。返り血が頬に熱を残すが、恐怖を振り切って構え直す。
(……できた! 火と水が繋がった!)
次から次へと押し寄せる獣。斬り、受け、流す。稽古で学んだことが、恐怖と必死さに背を押されて形を得ていく。木剣ではなく、本物の剣が確かに応えてくれていた。
「邪魔だッ!」リアムの声が響く。矢羽が唸り、迫る獣の眼窩を正確に射抜いた。倒れる前にもう一本、さらにもう一本。
距離を詰められれば双短剣を抜き、風を纏う。左で受け流し、右で斬り裂く。間合いを離せば即座に弓を構える。
「止まるな……!」息を荒げながらも、彼の矢と剣が仲間の進路を切り開く。
(リアム……初めて出会った時は臆病なやつだったのに、今じゃ勇敢に臆せず村のために戦っている。それに弓と剣、二つを自在に切り替えている! 俺にはできないことを……!)
嫉妬が胸を刺したが、それ以上に頼もしさが勝った。
「くっ……!」ペネロペは震える手を押さえ、短剣を構える。迫りくる獣の咆哮で息が止まりそうになる。だが彼女は「隙を見せない」という教えを思い出し、ぎりぎりで突きを放った。牙を逸らせた刹那、テラが横から斬り払う。
(ペネロペの短剣は水を纏ってはいないようだ。魔力を込めていないのか?彼女の魔属性は光だ、魔力を込めていないから、光が暴発することなく、幸いにも練習通りの動きで対応できているのか)
「よくやった!」テラの声に、ペネロペは一瞬だけ頷いた。喉は乾ききっているのに、手のひらだけは離さなかった。
「おおおおッ!」カリーナが咆哮をあげる。長剣が炎を纏い、三匹同時に飛びかかる獣を正面から薙ぎ払った。血飛沫が松明の火に照らされ、赤い雨のように散る。
「次はどいつだ!」その声は荒々しくも、瞳は夜より赤く燃えていた。
(やっぱり……強い! 上級生を含めても、カリーナは一番かもしれない!)
四人は背を合わせ、必死に獣を退け続ける。牙と剣がぶつかり合い、金属音と肉を裂く音が夜を満たした。鐘が鳴り続け、土煙と炎が戦場を覆う。だが、数は減らない。闇の奥からさらに群れが迫ってくる。
テラは肩で息をしながらも、剣を振るうごとに感覚が澄んでいくのを感じていた。火の力で押し切り、水の流れで隙を消す。時折、雷が勝手ににじみ出るが、その痛みさえ「気を引き締めろ」という合図のように思えた。
(俺は一人じゃない……! リアムも、ペネロペも、カリーナも……!)
その時だった。
「無茶をするな!」
背後から鋭い声。剣士育成場の指導員、カイルだった。横にはもう一人の指導員、ベル。二人の剣は熟練の速さで夜を裂き、迫る魔物を次々と切り捨てる。刃が閃くたび、獣たちの悲鳴が重なり、血が土を濡らした。
「西には訓練生、東には上級生を向かわせた。さっきオリヴァーに会った、北へ向かうと言っていた!」カイルが息を切らさず告げる。
「南に群れが流れている! スティッチ家が危ない!」
「俺とテラ、リアム、ペネロペは南だ!」
「カリーナはこっち、西の村長宅を守れ!」ベルが叫び、カリーナを引き連れる。
仲間が分かれる。
「こっちだ!」カイルが先頭に立ち、南の道を駆ける。
松明の火が風にあおられ、影が揺れ動くたびに獣の気配が浮き沈みする。
角を曲がった瞬間、小型の魔物が二匹、村人を押し倒していた。
「離れろ!」リアムが弓を引き絞り、矢を放つ。一本は魔物の肩を裂き、もう一本は眼窩を貫いた。
村人を支え起こす間もなく、さらに二匹が横手から襲いかかる。
「任せろ!」テラが炎を纏わせた剣で薙ぎ払う。刃が閃き、血が夜気に飛び散った。
「きゃっ……!」ペネロペが短剣を構え、飛びかかる魔物を必死に突き払う。その刃は獣の牙をかろうじて逸らし、次の瞬間、カイルの一撃が敵の首を断ち切った。
「走れ! 足を止めるな!」カイルが叫ぶ。
三人は互いの背を守り合いながら、必死に南へ駆けた。
やがて炎に照らされ、見慣れた木柵が見えてくる。
スティッチ家――ペネロペの家だ。
その戸口に迫り、ペネロペが思わず声を上げた。
「父さん! 母さん!」
スティッチ家に駆け込むと、室内はすでに混乱していた。
棚から布束や食料が引きずり出され、包みに詰められている。織りかけの反物が床に落ち、足跡と血で汚れていた。
「父さん! 母さん!」
ペネロペの声が震えた。
奥から現れたのは、煤に汚れた顔のエルドと、息を荒げるリネットだった。二人とも手には大きな荷を抱えている。だが、機はまだその場に残されていた。
「ペネロペ……無事だったのね!」リネットが駆け寄り、娘を抱きしめる。腕に込められた力は、恐怖と安堵で震えていた。
「村が……襲われてる。南からも、東からも!」テラが息を切らして叫ぶ。
「わかっている!」エルドの声は荒かった。だがその瞳には怯えではなく、燃えるような決意が宿っていた。「だが、この家は……この機だけは、置いていく」
そう言うと、エルドは包みにかけていた手を離した。
彼にとっては財産よりも、受け継がれた織機こそが「家」だった。だが今は、それすらも残していくしかない。
カイルが鋭く言い放つ。「時間がない! 今すぐ避難を!」
エルドは力強く頷き、リネットの肩を抱いて一歩、外へ向かおうとした。
瞬間――。
床下から突き上げるような震動が走った。器具が棚から落ち、織りかけの反物が巻き込まれて崩れる。
「……来る」カイルが剣を抜いた。
次の瞬間、獣の咆哮が壁を震わせた。低く、重い音。胸の奥を殴られたように内臓が震える。
戸口を破り、突進してきたのは――巨大な猪だった。
全身を茶色の剛毛で覆われ、背は大人の肩より高い。
眼は血走り、口からは黄色い牙が二本突き出ている。息を吐くたびに鼻から熱気と唾が飛び散った。
足は太く、地を掻くだけで土間の板が砕ける。まるで生きた破城槌だ。
「くそっ、でけぇ……!」リアムが息を呑む。
巨猪は怒り狂ったように頭を振り、突進してきた。
木戸が粉々に砕け、木片が雨のように飛び散る。
「下がれ!」カイルが叫び、正眼に剣を構えた。
テラは咄嗟に長剣を振り下ろす。炎を纏わせた刃が赤く閃き、巨猪の額を狙う――しかし硬い毛皮と骨に弾かれ、衝撃で腕が痺れた。
「くっ……!」足元がめり込み、土間にひびが走る。
「テラ!」ペネロペの声が裏返る。
そこにリアムが矢を放つ。一本は肩を裂き、血が噴き出す。だが巨猪は怯まない。
獣は怒りに我を忘れ、牙を振り上げて梁を叩き折った。火の粉が舞い、家が揺れる。
「怯むな!」カイルが突進に踏み込み、鋭い一撃を側面に叩き込む。
巨猪の皮膚が裂け、鮮血が土間に飛び散った。熱く鉄臭い匂いが鼻を焼く。
しかし獣はさらに暴れ、頭を振り回す。牙が壁をえぐり、機の足を折った。
「今だ、外へ!」カイルが怒鳴る。
エルドがリネットとペネロペを抱えるようにして背を押す。
「父さん! 母さん!」ペネロペが振り返るが、エルドはペネロペを抱え、前に駆け出していた。
テラとリアムは巨猪に斬りかかり、注意を引きつける。火と風が交錯し、炎が大きく舞い上がり、獣の視線を奪う。
「うぉおおお!」テラは牙を受け止め、火花を散らしながら吹き飛ばされた。背中で壁を受け、肺の空気が抜ける。
その刹那、カイルが横薙ぎに斬りかかり、巨猪の頬を割った。血が噴き、獣が咆哮する。
耳が痛くなるほどの声に、家全体が震えた。
その隙に――ペネロペと両親、テラ、リアムは煙と火の中を突き抜け、外へと飛び出した。
「走れ!」カイルの声が闇を裂く。
六人は、燃え盛るスティッチ家を後にした。
夜の空気が肌に叩きつけられる。
だがそれは自由の感覚ではなかった。炎と血の匂いが混ざり、喉を焼くほどに濃い。耳には鐘の絶え間ない打音と、あちこちで上がる悲鳴。村全体が一斉に軋み、崩れていくようだった。
「走れ!」カイルが怒鳴る。
ペネロペは振り返る。家の中では、巨猪がまだ暴れていた。梁が砕け、屋根が傾ぎ、火が壁を這う。生まれてからずっと暮らしてきた家が、咆哮に飲み込まれながら燃えていく光景は、胸を抉るように痛かった。
「父さん、母さん……」声が掠れた。エルドが娘の肩を押し、リネットが「前を見て!」と叱るように叫ぶ。その声に押され、ペネロペはようやく足を動かした。
だが、外の闇は安全ではなかった。
柵を越えて、小型の魔物たちが次々と溢れ出してくる。狼にも似た体躯、眼は赤く光り、牙からは涎が糸を引いていた。村人が鍬や棒を手に必死に応戦するが、次々と押し倒されていく。
「くそっ……!」リアムが弓を引き絞る。
矢羽が夜を裂き、魔物の眼窩を射抜く。続けざまに二本、三本。狙いは正確だったが、敵の数はあまりにも多い。矢が尽きると、すぐに双短剣を抜き放ち、獣の喉を薙いだ。風の魔力を刃に纏わせると、切っ先が光の筋を描き、迫る影を切り裂いていく。
「こっちだ!」カイルが叫び、剣を振るう。熟練の斬撃は迷いがなく、一太刀ごとに魔物の体が裂け、血が土を濡らした。
「広がるな! 固まって進め!」
テラは頷き、長剣を構える。火を纏わせて突き込み、次の瞬間に水の流れで刃を引き戻す。火で押し切り、水で隙を消す――稽古で教わったはずの型が、今は本能に従って勝手に体を動かしていた。
敵を焼き裂く代償に、獣の血肉の焦げた臭いに顔を歪めた。
「テラ!」ペネロペが短剣を構え、彼の横へと駆け寄る。手は震えていたが、その刃は確かに獣の突進を逸らし、時間を稼いでいた。
「ふたりとも、下がれ!」カイルが前に出る。長剣を大きく振り抜き、三匹まとめて斬り伏せた。その動きは圧倒的で、背中からは揺るぎない壁のような気配が伝わってくる。
それでも――。
闇の奥から、さらに唸り声が押し寄せてくる。松明に照らされ、無数の瞳が赤く光った。
「まだ来るのかよ……!」リアムが息を荒げる。
テラは胸の奥で理解していた。
これはただの群れではない。もっと大きな“何か”が、これを率いている。そうでなければ、こんな統率のとれた襲撃にはならないはずだ――。
突然、異様な地響きが混ざった。規則正しく、重く―― 人の足音でも獣の駆け足でもない。地面が打ち抜かれるたび、腹の底に鈍い痛みが響く。
「……来るぞ」カイルが顔を上げた。
村の南道、炎に照らされた煙の向こうで、巨大な影が揺れる。
やがて現れたのは、熊のように巨大な人型。
全身を濃い茶色の毛で覆われ、頭には黒くねじれた二本の角。鈍く紫の光を帯びている。口からは剥き出しの牙が覗き、唾液が糸を引いて地面に落ちた。握るのは人の身の丈を優に超える大剣。血で濡れ、滴が土に落ちるたび、じゅっと音を立てた。
「人間……」低く響く声が夜を震わせる。「獲物は逃げねぇ。……まとめて屠る」
「魔人族……!」カイルが歯を食いしばった。剣先がわずかに震える。
その名を聞いた瞬間、テラもリアムも息を呑んだ。オリヴァーの教えや教本の中でしか知らなかった存在。だが、今は目の前にいる。
「……人間ども。俺の名はバルグ。お前たちの村は、今宵で終わりだ」
低く響く声が夜を支配する。
バルグは舐め回すように俺たちを見た。
突然視線がペネロペに止まった。
怯えた彼女の顔を見て、牙を剥き出しに笑う。
----瞬間、バルグは高速でペネロペの前に移動し、カイルを遠くへ突き飛ばし、横薙ぎの構えを取った。
「やめろぉぉぉ!」エルドがペネロペを突き飛ばし、前に立った。両腕を広げ、娘を背に庇う。
その瞬間、バルグの大剣が横薙ぎに振り抜かれた。
「父さん!」
轟音。
鋼の塊が肉を裂き、骨を砕く鈍い音が夜を支配する。
エルドの胸から腹にかけて、深々と斜めに裂け目が走った。鮮血が噴水のように吹き出し、リネットの顔や衣を赤く染める。
「いやぁぁぁぁぁ!」リネットの絶叫。
だが彼女が動くより早く、バルグは二撃目を振り下ろした。
鈍い音。リネットの体が肩から腰にかけて真っ二つに裂けた。腸が溢れ、臓腑の赤が土に崩れ落ちる。
地面には夫婦の肉と血が混ざり合い、熱い蒸気を立ち上らせていた。
「母さんっ!!」ペネロペの叫びが、絶望で喉を裂いた。
そのまま彼女は糸が切れたように崩れ落ちる。目は虚ろに見開かれ、意識を失っていた。
「まだ残っていたか、この獲物は俺が喰らう」
バルグは失神したペネロペを見下ろし、ゆっくりと大剣を持ち上げた。
「やめろぉぉぉ!」テラが炎を剣に纏わせ、突撃する。
だが、バルグの剣が一閃した。
間一髪、受けの姿勢を取ることができた。
轟音。
テラは剣ごと吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。肺の中の空気がすべて吐き出され、呼吸すら奪われた。
「テラ!」リアムが駆ける。双の短剣をバルグに突き立てようとする。だが、大剣の一振りで風圧に弾き飛ばされた。体が宙を舞い、土壁に叩きつけられる。骨が軋み、意識が揺らぐ。
「はぁ……はぁ……」テラの視界は赤く滲んでいた。
地面にはエルドとリネットの肉片。仲間は倒れ、ペネロペは傍らで意識を失っている。
「人間風情が……虫けらめ」
バルグは倒れたペネロペへと大剣を逆手に構え、振り上げる。
「まだだぁぁぁ!」
カイルが飛び、背後から渾身の一撃を叩き込んだ。刃がバルグの肩を裂き、血が飛び散る。
「小癪な」
振り返りざま、大剣が突き出された。
「がばっ.......」
空中にいるカイルの胸を正面から貫き、背から刃先が突き出す。鮮血が滝のように流れ落ち、土を赤く染めた。
テラの視界が赤黒く揺れ、意識が闇に沈んでいった――。
(ダメだ.........俺たちは........ここで.......)
最後に見たのは、カイルの背から吹き出た血を見て笑う、バルグの姿だった。




