第5話 実践稽古
剣士育成場の朝は、村の目覚めより早い。
丘の上に広がる土の広場には、既に朝露が乾きはじめ、木剣がぶつかり合う高い音が澄んだ空気を裂いていた。
テラ・クロフトは背に長剣を模した木剣を負い、息を吸い込んで門をくぐる。まだ腰には差せない。体格に合わぬ長さを、背に背負うしかないのだ。それでも、この長剣こそが自分の象徴になるのだと信じている。
隣にはリアム・コリン。彼は短剣を二本腰に差していた。だが、弓袋も背負い、片手短剣一本で試す時もあるし、双剣を構える時もある。器用さが売りの彼は、まだ自分の「武器」を決めきれていない。
ペネロペ・スティッチは腰帯に短剣型の木剣を差し、真っ直ぐ背筋を伸ばして歩く。その動きにはどこか水を思わせるしなやかさがあった。光の属性を持ちながら、身近に見本がいないため、水の剣士の型を学び取ろうとしているのだ。
広場の中央で、オリヴァー・クロフトの声が響いた。
「今日は実践だ。型や素振りを積んだら、やはり相手と打ち合わねば身に付かん。――木剣だからこそ、当てても構わん。ただし、当てるだけで満足するな。技を通して“どう生き残るか”を考えろ」
木剣を手にした少年少女たちの背筋が伸びる。
テラの胸も高鳴っていた。今日こそ、自分の剣がどこまで届くのかを知るのだ。
最初の組み合わせは、テラとリアム。
二人は広場の中央に立ち、木剣と短剣を交えた。
リアムは短剣一本を抜き、残りの一本は腰に差したまま。最初は片手だけで挑むようだ。
「いくぞ、テラ!」
掛け声と同時に、リアムは風のように前に出る。短剣の利を活かした鋭い突き。小さな剣速は読みづらく、テラの木剣が遅れれば即座に腕を裂かれていただろう。
ガキン、と木剣を立てて受ける。だが軽い一撃の連打は止まらない。
リアムは間合いを自在に操り、踏み込みと離脱を繰り返す。テラは背中を汗で濡らしながら、必死に木剣を振るった。
「速いな、リアム……!」
「まだまだ、こっちだ!」
踏み込みざま、リアムの短剣が低く薙ぐ。木剣を下げて受けると、すぐに身体をひねって逆手の一突き。受け流した瞬間に、もう一撃が迫っている。
――これがリアムの器用さ。短剣一本でも、二本のように自在に使う。
だが、テラの木剣は長い。横に払う一撃が、リアムの短剣を強引に押し返した。間合いを外に開き、空気を裂くように突き出す。リアムの肩先に木剣の先が触れ、勝敗が告げられた。
「一本!」
リアムは舌打ち混じりに笑った。
「やっぱりリーチの差はデカいな。……よし、今度は二本で!」
腰の短剣を引き抜き、双剣を構える。左右から挟み込むような攻撃は、さっきよりも遙かに激しい。
テラは全身で受ける。肩が痺れる。木剣の柄がきしみ、手の平が痛んだ。だが、力強く振り抜いた一撃が双剣をまとめて押し退け、リアムの胸へ一直線に突き刺さる。
「……参った!」
リアムは両手を上げ、降参の合図をした。
次の相手はペネロペ。腰から木剣を抜き、静かに構える姿は、水の流れをそのまま人にしたようだった。
「お願いします」
その声は小さいが、芯のある響き。
開始の合図と同時に、ペネロペは斜め下から木剣をすくい上げる。水の剣士の型だ。川底から水を掬い、相手を呑み込むような動き。
テラは一度押さえつけたが、力を込めすぎれば流れに呑まれる。手元が揺れる。
――やばい、これがペネロペの型か。
「せいっ!」
彼女は声を張り上げ、木剣を体ごと流れるように回転させた。斜めの一撃から横薙ぎ、そして逆手に戻す。その連なりは、途切れない水脈のようだ。
テラは息を詰め、真正面から踏み込んだ。
木剣を高く掲げ、一直線に打ち下ろす。水を割るような力技。
ペネロペの剣が軋み、腕が震える。支えきれず、地面に足を一歩引いた。
「そこまで!」
オリヴァーの声で試合が終わる。テラの勝利。
ペネロペは唇を噛み、悔しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「ありがとう、テラ。……次は負けない」
「うん、俺も強くなる」
二人の声は重なり、互いを高め合う響きとなった。
最後の組み合わせ。リアムは短剣一本を選び、ペネロペは腰に構え直した。
開始と同時に、ペネロペの剣筋が流れる。今度はより大きな弧を描き、リアムを呑み込もうとする。
リアムは素早く身を捻り、短剣で受ける。だが流れは止まらない。
「くっ……!」
ペネロペの一撃がリアムの肩に迫る。勝負ありかと思った瞬間、リアムの体が低く沈んだ。足を返し、逆手に握った短剣で彼女の胴へ鋭い突きを入れる。
「一本!」
僅差で、リアムの勝利。
ペネロペは悔しそうに目を細め、それでも「やるじゃない」と呟いた。リアムは得意げに鼻を鳴らす。
最後に現れたのはカリーナだった。赤い髪と赤い瞳。木剣を片手に黙って立つだけで、場の空気が張り詰める。
最初の数合は静かだった。無駄のない動きで打ち合い、淡々と受けて返す。
だが、テラが踏み込んで渾身の一撃を放った瞬間――カリーナの瞳が燃えた。
「おおおッ!」
声を荒げ、体全体で打ち込んでくる。
木剣が重い。受け流しても、体勢が崩される。踏み込みが深く、力強い。
十合、二十合。テラの腕は痺れ、呼吸は荒れた。
最後、カリーナの木剣が肩を捉え、勝敗が告げられる。
「勝者、カリーナ!」
テラは肩で息をしながら、彼女の背中を見送った。
――そうだ、カリーナには両親がいない。村長が拾い、育てたと聞いたことがある。
その境遇が、この強さを作ったのか。テラは胸の奥で、彼女に対する認識が少し変わった。
家に帰る途中オリヴァーは庭で木剣を手にしていた。
「さて、見て学べ。これが火と水の剣だ」
まず、火。
木剣を振るう度、空気が震える。肩から腰まで一直線に力が走り、剣筋に熱を宿す。打ち下ろしは雷鳴のように鋭く、払いは焔が広がるように激しい。
次に、水。
打ち込みは滑らかに繋がり、受け流しは相手を包み込むよう。振り抜いた瞬間に次の構えが生まれ、淀みがない。流れに逆らえば呑まれる。
「火は断ち切る。水は繋ぐ。だがどちらも生きるための剣だ。……テラ、お前もいつか、この両方を自分の中に持て」
テラは深く頷いた。雷の適性を持ちながら、自分の剣はこの二つに根ざしていくのだと悟った。
家に戻ると、母ミレイユが水を操り、台所の鍋を満たしていた。水魔法は彼女にとって日常の延長。けれど、テラにとっては魔法の神秘だった。
「テラ。今日は光の動きをよく見ていたわね。……でも、あなたは雷。無理に真似る必要はないわ。ただ、火と水を見て育つのは幸運よ」
そう微笑みながら、彼女は掌で水を丸め、テラの掌にそっと乗せた。冷たくて、やがて指の間から零れていく。
その夜、布団の中でテラは今日の稽古を思い返した。
リアムの器用さ。ペネロペの流れる剣。カリーナの力強さ。
そして父の火と水の剣。
――俺は、どう戦う?
胸の奥に問いが残るまま、疲れ切った身体は深い眠りに落ちていった。




