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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄された悪役令嬢は、実は聖女でしたが、復讐後に隣国の王太子に溺愛されて幸せになります

作者: 結城斎太郎

「侯爵令嬢セレナ・アシュタール。お前との婚約は、破棄させてもらう」


玉座の間に響き渡るその声に、貴族たちはざわついた。


王太子アルヴィン・グレイシア。私の許嫁。…だった男。


「理由は?」


冷静に問い返す私に、アルヴィンは顔をしかめた。


「リリー嬢と真実の愛を知ったからだ。お前のように高慢で冷酷な女とはやっていけない」


彼の隣には、私の侍女だったリリーが、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


私は目を伏せ、静かに微笑む。


「なるほど。ならば、祝福しましょう」


「な…何だと?」


「私は貴方を愛してなどいなかった。ただ、義務として貴方の傍にいたまで。これで自由になれるなら、むしろ感謝しますわ」


私はくるりと背を向け、その場を立ち去った。


そしてこの瞬間、心に誓った。


――裏切ったすべてに、等しく報いを与える、と。


* * *


私は聖女だ。


それは母の死の間際に知らされた秘密だった。アシュタール家の女は、代々聖女の血を引いていたのだという。


私が“悪役令嬢”を演じてきたのも、教会からの要請で闇に潜む魔の勢力を監視するためだった。


にも関わらず、王太子は私の侍女などに惑わされ、すべてを踏みにじった。


私は王都を離れ、東の辺境にある古の神殿へと身を寄せ、力を蓄えた。聖女としての力は日ごとに強まり、傷病の民を癒し、土地を豊かにすることで次第に人々の支持を得ていく。


そうして三年が経ったある日、隣国グランディールの王太子レオンが神殿を訪れた。


「君が聖女セレナか。……あの国の愚かさは、隣国の私でも耳にしている」


レオンは私の力を高く評価し、こう言った。


「共に国を変えないか? 私の隣に立ってほしい」


私は迷った。


もう誰も信じたくなかった。けれど、この男の目には偽りがないと、どこかで確信してしまったのだ。


「その申し出、少しだけ考えさせてください」


「いくらでも待とう。君にはそれだけの価値がある」


* * *


王都が混乱に包まれたのは、その半年後だった。


貧困と疫病が蔓延し、国庫は空。民の不満は爆発寸前。ついには私のもとへ「救ってくれ」と使者が訪れた。


愚かにも、私を捨てた者たちが――。


私は彼らに言った。


「王都へ戻る条件は一つ。私に全権を委ねること」


かくして王国へ戻った私は、聖女として民を救い、宮廷を一掃した。貴族たちの不正を暴き、王太子アルヴィンは廃嫡。リリーは詐欺と薬物による扇動で牢へ。


父母もまた、資金横領の罪により爵位剥奪となった。


彼らの処分を見届けたあと、私は玉座の間を出ていった。


そこに、レオンが立っていた。


「終わったか、セレナ」


「ええ。もう悔いはありません」


「ならば、そろそろ自分を許してもいいのでは?」


「……許せると思う?」


「許すも何も。私は君を赦すためにここへ来たわけではない。愛するために来たんだ」


そう言って、彼は私の手を取った。


「王妃としてでなくていい。聖女としてでもいい。ただ、一人の女性として、君を大切にしたい」


私は思わず、涙をこぼした。


それは復讐を果たした解放感でも、許された安堵でもなく、――愛された幸福からくる涙だった。


* * *


数か月後。


私はグランディールへ嫁いだ。政略ではない、愛による“白い結婚”。


レオンは朝な夕なに花を贈り、食事を共にし、眠るまで手を離さなかった。


時に言い寄る女性を牽制する姿に、少し呆れつつも、愛されている実感に胸が満たされた。


私は、幸せだ。


過去は消せない。


でも、今を愛せるなら、それでいい。


――これは、悪役令嬢と呼ばれた聖女の、真実の幸せを掴んだ物語。




「セレナ。もう少し肩の力を抜いてもいい」


レオンの声に、私はゆるりと首を傾げた。


「でも、今日は貴族議会の初登庁ですし。王太子妃としての立場、軽くはできませんわ」


「その“立場”に苦しめられてきたのは、君自身だったじゃないか。もう、君には自由でいてほしい」


レオンの手が、私の髪を優しく撫でる。


私――セレナ・アシュタールは、グランディールの王太子妃になって半年。穏やかな日々は、思っていたより早く崩れ去った。


「"他国の女が王族の席を汚すな"ですって」


使用人のソフィアが呆れた顔をする。


「同盟国の聖女様で、国内の神殿改革にも貢献してるのに、文句を言う理由が見当たりませんわ」


「一部の古い貴族たちは、“純血の王妃”にこだわるのです。昔の因習から抜けきれていない」


私は静かに告げた。


実際、私に向けられる視線の中には、あの頃――悪役令嬢と罵られていた頃と同じ冷たさが混じっている。


* * *


議会では、私の存在そのものが議題になっていた。


「我らはグランディールの血統を重んじる! いくら聖女とはいえ、敵国にいた女を王妃とは認められぬ!」


激昂する老貴族の声に、他の者たちも賛同の声を上げる。


私は冷静に席を立ち、壇上へと歩いた。


「ならば、問います。王妃とは、血か、力か、民か。どれをもって認められるべきでしょうか?」


貴族たちはざわつく。


「私は確かに異国の人間です。しかし、神の加護を受け、神殿を改革し、民の病を癒し、土地を豊かにしてきました。それでもなお、私の存在がこの国を損ねているというのなら――」


私は胸に手を置いた。


「この命、神に返しても悔いはありません」


沈黙が広がった。


それを破ったのは、レオンだった。


「セレナ、そこまで言う必要はない」


彼は私の隣に立ち、私の手を取りながら宣言した。


「私はこの女性を、王妃としてではなく、一人の人間として愛している。セレナが王妃に相応しくないというなら、王位などいらない」


会場が揺れる。


「それほどの覚悟をもって、君と生きていくと決めた」


その言葉に、私は、心が震えた。


* * *


しかし、その日の夜だった。


王宮に火の手が上がった。


反対派の貴族が、兵を動かしたのだ。王都に近い要塞を占拠し、レオンの廃嫡を要求してきた。


王城にて、私はレオンと共に作戦会議に臨んでいた。


「彼らが求めるのは、私の排除。そして、古い血筋を重んじる後継者への王位継承」


「つまり、標的は私たち両方ね」


「……いや、セレナ。今回は君を戦に巻き込みたくない」


レオンはそう言ったが、私は首を振った。


「いいえ。私はもう逃げるつもりはない。私の存在が争いの火種になるのなら、私が鎮火させるしかないわ」


レオンの瞳が揺れる。


「君はいつだって、強すぎるほど強い。だから、守ってやりたくなる」


私は微笑んだ。


「なら、並んで立ちましょう。今度は私が貴方を守る番です」


* * *


反乱軍との会談は、王都近郊で行われた。


セレナが現れたとき、敵将は思わず驚いた顔を見せた。


「お前……まさか、あの時の……!」


その男の名は、ヴィクトール・グレイシア。かつてアルヴィンの叔父にあたる人物で、王都を追放された元公爵。


「悪役令嬢のくせに、まだ生き恥を晒すか!」


「“悪役”とは誰が決めるの? あなたたちのように、裏から操る者が?」


私は一歩踏み出す。


「私は聖女。神の名において、これ以上の流血を拒否します。剣ではなく、言葉で終わらせたい」


だが、ヴィクトールは聞く耳を持たなかった。


「貴様のような女の言葉など、誰も信じぬわ!」


次の瞬間、矢が放たれた。


「セレナっ!」


レオンが私を庇い、矢を弾いた。


「……だから言ったろ。君を守りたいと」


その姿に、私は心から泣いた。


私は彼の手を取り、立ち上がる。


「じゃあ、今度は一緒に守ろう。この国を、民を、そして――お互いを」


* * *


ヴィクトールらの反乱は、セレナとレオンの訴えと、聖女としての力により民衆の支持を失い、数日で鎮圧された。


そして一ヶ月後、王宮で大々的な戴冠式が執り行われた。


「王妃セレナ・アシュタール。そなたはこの国の光であり、聖女である。王たる我が誓いと共に、永遠の誓約を交わす」


レオンの言葉に、私は微笑んで答えた。


「はい。私はこの国と、貴方を愛し続けます」


* * *


そして今日も、私はレオンの隣で笑っている。


元“悪役令嬢”でも、元“婚約破棄された女”でもない。


――ただ、愛された一人の女性として。




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