第2章 解糖の迷宮と双子の道
糖の国グルコーサを抜けたリュウたちの前に現れたのは、エネルギーを生む神秘の迷宮。
そこには、「無酸素」と「有酸素」という二つの道が待ち受けていた。
選択の先にあるものは──乳酸鬼との戦い、そしてミトコンドリアへの道!
命のエネルギーATPは、どのように生み出されるのか?
「解糖」という名の冒険が、今、始まる──!
肝臓の門をくぐったリュウとグリコの前に、巨大な迷宮が現れた。
暗く、深く、絡み合う通路。その壁は赤黒く脈打ち、どこか生き物のようだった。
「ここが……解糖の迷宮……」
グリコが小さくつぶやいた。
「エネルギーを生み出すため、グルコースたちはこの迷宮を通らなきゃいけないんだ」
リュウはグリコを見た。
その顔には、いつになく緊張が走っていた。
「ここではね、二つの道があるんだよ」
グリコは指を指した。
一つは──「無酸素の道」。
もう一つは──「有酸素の道」。
「無酸素の道に進むと、早くゴールできるけど……」
「けど?」
「たくさんのエネルギーは作れない。しかも、乳酸鬼が待ってる……」
逆に、有酸素の道は長い。
だが、ミトコンドリアの「エネルギーの祭壇」へと通じており、
大量のATP(命のエネルギー)を生み出せるのだという。
「選ばなきゃいけないんだ。状況によって、最適な道を!」
グリコの声が震えていた。
二人は、迷宮の入口に足を踏み入れた。
最初の部屋には、六角形の紋章が刻まれていた。
「これは……グルコースだ!」
リュウは直感した。
迷宮は、グルコースの変化をなぞるように作られている。
「まずはリン酸を付加して──」
すると、空中から青白い光の玉が降ってきた。
玉はリュウの手元に飛び込み、「グルコース-6-リン酸」の形へと変わった。
それから、さらに道を進み、
構造が変わり──分裂して、二つの道へと分かれていった。
「ここからが本番だ!」
グリコが叫んだ。
二つの細道が、迷宮の深部へと続いている。
「無酸素ルート」と「有酸素ルート」。
だが──その前に、地鳴りがした。
壁の奥から、巨大な影が現れた。
「グガアアァァ!!」
赤黒い体、どろりとした液体に包まれた怪物。
──乳酸鬼だ。
「こいつは、無酸素ルートを進んだときの副産物なんだ!」
グリコが叫ぶ。
「急いでエネルギーを作った代わりに、体に負担をかける存在……!」
リュウは剣を構えた。
「やるしかない!」
乳酸鬼は腕を振り上げ、粘液を飛ばしてくる。
リュウはそれをかいくぐり、グリコと連携して応戦する。
「解糖の力を使うんだ、リュウ!」
グリコが叫んだ瞬間、リュウの中に力が湧いた。
グルコースからATPが生み出されるイメージ──
小さな爆発が次々と体内で起き、力がみなぎる。
「これが……エネルギー……!」
リュウは光の剣で乳酸鬼を切り裂いた。
怪物は悲鳴をあげ、霧散していった。
戦いが終わり、リュウは膝をついた。
「すごく疲れた……!」
「それが無酸素ルートの弱点だよ」
グリコが肩に乗り、優しく言った。
「ATPは少ししか作れない。そのうえ乳酸がたまるから、体がだるくなるんだ」
リュウはうなずいた。
急場しのぎにはなるが、長くは持たない。
やはり、有酸素ルートへ進まなければならない。
二人は迷宮の奥、緑色に光る門の前にたどり着いた。
門の上には「ミトコンドリアへの道」と刻まれている。
「ここを抜ければ、有酸素世界……TCA神殿だ」
グリコが言った。
だが、リュウはふと、別の小道に気がついた。
そこには、小さなプレートがかかっていた。
《糖新生の小道──エネルギーが尽きたとき、希望はここに》
「糖新生……?」
リュウはつぶやいた。
「それはね、糖が足りないとき、体が新しくグルコースを作り出す道だよ」
グリコが微笑んだ。
「体って、本当にすごいんだ。絶対にエネルギーを切らさないために、いろんな仕組みを用意してる」
リュウはその小道に手を伸ばした。
今はまだ行けない。だが、いずれ、必ず通る時が来るだろう。
エネルギアの冒険は、まだ始まったばかりだ──。
読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、「解糖系」という、グルコースがエネルギー(ATP)に変わる過程を迷宮に見立てて描きました。
無酸素ルートではATPは少ないけれど速く、有酸素ルートでは時間はかかるけど大量のATPが得られます。
物語中の「乳酸鬼」は、無酸素運動時に出る“乳酸”を擬人化した存在です。
急いでエネルギーを作った代償として、疲労感を残す──まさに“鬼”ですね。
そして、次回はいよいよ「ミトコンドリア」──エネルギー生産の本丸、「TCAサイクル」へ!
引き続きお楽しみください!