第7章 「扉を開く鍵──ホルモンレセプターと標的細胞」、第8章 「闇に堕ちたメッセンジャーたち──内分泌疾患との戦い」
ホルモンは「命の伝令」。だが、伝令が正しく届かなければ、命の秩序は保てない。
第7章では、ホルモンが働くために必要な“扉の鍵”=レセプターの存在にリュウたちが迫ります。
鍵が違えば、命令は無効。細胞が反応しなければ、どんな指令も届かない──。
この章では、ホルモンの“受け手”の仕組みと、その精密な選択性を探ります。
続く第8章では、ホルモンが暴走したとき、あるいは働かなくなったときに起きる「内分泌疾患」が登場。
バセドウ病、クッシング症候群、先端巨大症……
正しい命令が歪められたとき、体はどのように壊れていくのか。
これは「働き」と「誤作動」を描く、命の通信の物語です。
第7章
「扉を開く鍵──ホルモンレセプターと標的細胞」
リュウたちは、白く輝く平原にたどり着いた。
そこには無数の扉が並び、
空へ向かってそびえ立っていた。
「ここが……鍵と扉の国」
グリコが言った。
「ホルモンたちは、この扉を開くために旅をしてるんだ。
ただ漂っているだけじゃ、何も起きない。
正しい鍵が、正しい扉を開いて、初めて命が動き出す!」
リュウたちの前に、一人の案内人が現れた。
銀色の鍵を持った、静かな青年。
「私はレセプト──受容体の守り手」
彼はリュウたちを見つめた。
「ホルモンは、血液という大河を旅して、私たち扉に辿り着く。
だが、どんな扉でも開けられるわけじゃない。
鍵と鍵穴が、ぴったり合ったときだけ、命令は実行されるのだ」
リュウたちは、広場の中心へと案内された。
そこには、
それぞれ違った形の扉が並んでいた。
大きな丸い鍵穴(インスリン用)
細長い鍵穴(成長ホルモン用)
三日月型の鍵穴(甲状腺ホルモン用)
リュウは手に取った光る鍵を、扉に合わせようとした。
しかし──鍵が合わなければ、扉はびくともしなかった。
「これが……特異性ってやつか!」
リュウは気づいた。
ホルモンが正しい標的細胞を選び、
正しい命令を実行するためには、
受容体という扉が絶対に必要なのだ。
すると、突然、闇の中から影が現れた。
「オレはディスコード──歪んだ鍵!」
彼は無理やり鍵をねじ込み、扉をこじ開けようとする。
「命令ヲ、狂ワセテヤル……!」
リュウは剣を抜いた。
「受け取る側が間違ったら、体はどうなるか……!
そんなこと、させるもんか!」
リュウは正しい鍵を掲げ、正しい扉を開いた。
すると、光の流れが走り、闇を打ち払った!
静寂が戻った広場。
レセプトはリュウに小さな鍵を手渡した。
「これは、正しい理解の鍵」
彼は静かに言った。
「命令を出すだけでは足りない。
それを正しく受け取り、実行する者がいてこそ、命は守られる」
リュウは深くうなずいた。
「命をつなぐって……
出す側と、受け取る側、両方が支え合ってるんだな!」
次なる地は──
影が蠢く、「闇に堕ちたメッセンジャーたち」の国!
疾患族たちとの、本格的な戦いが始まる──!
第8章
「闇に堕ちたメッセンジャーたち──内分泌疾患との戦い」
リュウたちは、かつてない重い空気に包まれた谷へと足を踏み入れた。
そこは、ひび割れた大地と、黒い霧が漂う世界だった。
「ここは……堕落したメッセンジャーたちの地」
グリコが低くつぶやく。
「ホルモンのバランスが崩れ、命令が狂った世界だ!」
霧の中から、次々に影が現れた。
一体目は、燃えるような目をした女──
暴走した甲状腺ホルモン、バセドウの魔女。
「代謝ヲ、加速サセ、命ヲ燃ヤシ尽クス……!」
彼女は空気を震わせ、リュウたちに襲いかかる。
リュウは剣を構えた。
だが、バセドウの魔女は動きが速い。
体温を上げ、心拍を上げ、全身を熱に包み込もうとする。
「これが、甲状腺機能亢進症の力……!」
グリコが叫ぶ。
「暴れすぎた代謝は、体を壊してしまうんだ!」
リュウは冷静に動き、魔女の動きを封じ、
バランスの光で彼女を正しいリズムへと戻した。
続いて現れたのは、
灰色に沈んだ男──橋本の呪術師。
「命ノ火ヲ、弱メル……」
彼は冷たい霧を放ち、リュウたちの体を鈍らせる。
「これは……甲状腺機能低下症!」
グリコが警告する。
「代謝が落ち、体温も心も冷えてしまう!」
リュウたちは光の結晶を掲げ、
生命の火を再び灯し、呪術師を打ち払った。
さらに、恐ろしい巨人が現れた。
黒い筋肉に覆われ、目には狂気を宿している。
「オレハ、クッシングノ巨人……!」
巨人は、異常なほどの力を持ちながら、
体は内側から壊れ始めていた。
「コルチゾールガ、出過ギテ……」
グリコが言った。
「クッシング症候群──過剰なストレスホルモンが体を蝕んでいる!」
リュウたちは連携して戦い、
力だけに頼る危うさを乗り越えて、巨人を沈めた。
なおも続く戦い。
血糖を暴走させる糖尿病の亡霊。
骨を脆くする骨粗鬆魔。
命の水を枯らすアジソンの影──。
すべては、バランスを失ったメッセンジャーたちの悲しい成れの果てだった。
戦いの果てに、リュウは膝をついた。
だが、胸の中には確かな光があった。
「ホルモンは、敵じゃない。
命を守るために生まれた力なんだ」
リュウは立ち上がった。
「間違った力に惑わされず、正しいバランスを知り、守る!
それが、俺たちの使命だ!」
リュウたちは手を取り合い、光の剣を掲げた。
闇を貫く一筋の光が、谷全体を照らした。
そして──リュウたちは、新たな地平へと歩き出した。
命を守るために。
未来へ続く、光の道を信じて──!
ホルモンという「メッセージ」は、出す側だけでなく、受け取る側がいて初めて意味を持ちます。
第7章では、その“受信機”であるホルモンレセプターに注目しました。
レセプターがなければ、どれほど強力な命令も無意味。
逆に、誤って反応すれば、暴走が始まる──
この「鍵と鍵穴の関係」は、ホルモンの本質を理解するうえで非常に重要です。
第8章では、ホルモンの分泌異常や受容異常によって起こる「内分泌疾患」を物語化しました。
バセドウ病やクッシング症候群など、ホルモンが多すぎる/少なすぎることで起きる病、
そしてホルモンそのものは正常でも、レセプターの異常で生じる疾患たち──
“メッセージが届かない”というだけで、命がこんなにも揺らぐことを描いています。
命の連絡網がいかに精密で、いかに壊れやすいか。
その事実に、少しでも触れていただけたなら幸いです。