表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/21

勇者ハルト

■ 本作について

本作は 世界観設定・アイディア構築・プロット立案をすべて著者自身が行っており、執筆の補助ツールとしてAIを活用しています。


■ 活用の具体的な範囲

自己規範にのっとり制作という一面はありつつも執筆であることは放棄しない方針です。

興味があればこちらをご覧ください→ChatGPT活用の具体的なイメージ[https://note.com/makenaiwanwan/n/nc92cf6121eb3]

■公開済エピソートのプロットを公開中

「主体性・創造性・発展性・連続性」を確保している事の査証が目的です。

https://editor.note.com/notes/n52fb6ef97d70/edit/


■ AI活用の目的とスタンス

本作は 「AIをどこまで活用できるか?」を模索する試み でもあります。

ただし、創作の主体はあくまで自分 であり、物語の本質やキャラクターの感情表現にはこだわりを持っています。

また、すべてを自身の手で執筆される方々を心から尊敬しており、競合するつもりはありません。

 浮遊城(ザイゲンシュタット)、玉座の間――。

 魔力駆動(マナドライブ)式の投影機が空中に映し出したのは、鍛え抜かれた兵士たちの一団だった。


 彼らは縦四列、一糸乱れぬ足並みで行軍を続けている。

 その映像は、現場上空を旋回するナイトレイヴンから送られたものだった。

 人間界の雑多な物見魔術とは異なり、ナイトレイヴンの映像は極めて鮮明だ。


 ヴァルエンツァ魔王軍参謀官ミナ・クロイツナーは映像を確認し、玉座の魔王に敬礼して報告を始めた。


「魔王さま。リオネス正規軍、およそ二千の部隊が進軍を開始。エルナ渓谷を経由し、当城を目指す構えと見られます」


 魔王フィデリアは頬杖(ほおづえ)をつき、脚を組んでいた。

 妙に艶めかしく、それは彼女にとって定番の姿勢でもある。

 伏し目がちに目を閉じているが、眉の上にあるもう一対の“魔眼”だけが静かに開いていた。


「そうか。雑兵ごとき、わらわが出る幕でもあるまい。ミナ、よきに計らえ」


 魔王の“魔眼”の焦点は、この場にはない。

 遥か彼方、百里の先を見通していた。


「はっ!」


 魔王の命に敬礼で応じたミナだったが、ふとフィデリアの“魔眼”が開かれていることに気づいた。


 本来なら、誰もが畏れ多くて触れられぬ異変。

 “見えすぎて疲れる”という理由から、戦の最中ですらめったに開かれることのない“魔眼”が開いている。


 ミナは魔王の参謀官としての職責から、一歩踏み込んで問いかけた。

 もし何かあれば、即座に対応できるように。


「何か、お楽しみの最中でしょうか?」


 ミナの問いは控えめながらも核心を突いていた。

 魔王は微笑を浮かべたまま答える。


「ふむ。おまえにも見せてやりたいがな……わらわが言うて聞かせるのも無粋であろう? アイゼル山脈に配置したあやつらが生きて帰れたら聞いてみるがよい」


 ぞわり、と背筋に何かが走る。


 フィデリアの“魔眼”は、誰も見通せぬ遥か先を“視”ている。

 神族の扱う超技術をドワーフが模倣し、人間が発展させたとされる魔導機械――その精密を誇る集映機ですら到底及ばない、圧倒的な視野。


「はっ! それでは私は正規軍撃滅の指揮に辺ります」


 ミナはそう告げると、魔王の側を静かに離れた。

 向かう先は、玉座の間の一角――重厚な柱の影に設けられた、戦術管制卓。

 投影機と送信機を備えたその盤面は、各部隊への指示を即座に伝達できるよう設計されている。

 この広間が単なる玉座の間ではなく、“指令室”として、機能していることを物語っていた。


 本来ならば、魔王の指示を仰ぎつつの進行となるが……今のフィデリアは、正規軍との戦闘よりも優先すべき“何か”に意識を向けている。

 それを悟ったミナは、ためらうことなく指揮の役を担った。


「環境適応Ⅲ……全元素耐性Ⅲ……韋駄天Ⅱ……あいも変わらず人外よのぉハルト。魔族ですら立ち入らぬ極寒の山脈、その身ひとつで横断する気か?」


 魔王フィデリアは、一人静かに(つぶや)いた。

 その顔には笑みが浮かび、声色もわずかに弾んでいる。

 まるで恋人を想う乙女のような、その表情には、ふだんの冷ややかさはなかった。


「正規軍二千を(おとり)に、単身での電撃戦。なんという“傲慢”……お前ならやる、お前にしかできぬ……だが、わらわはお前をずっと見てきたのだ。わらわには通じぬぞ? 我が魔王軍の精鋭たちを見事打ち倒し。わらわの元に辿(たど)りついてみせよ……勇者ハルトよ」



  *



 マイナス四十度――。


 ダイスワールドの一面、精霊界から漏れだした魔力の奔流が、風に乗って人間界へと流れ込む。

 その流れはアイゼル山脈の断崖を()い上がり、地形に沿って激しい吹雪を生み出していた。


 やがて雪は、周囲の水分を巻き込みながら鋭利な“刃雹(やいば)”と化し、山肌を拭い下ろす。

 氷の刃は衣を裂き、皮膚を削ぎ、肉を穿(うが)つ。

 吹き出した血は瞬時に凍結し、鮮血の彫像と化す――しかし、“彼”は違っていた。


「まいったな。迷ってしまった。一本道だと聞いていたが……どこで道を間違えた」


 呟く声に焦りはなく、どこか気の抜けた調子だった。

 だが、その姿は常識を逸している。


 衣類は(ひょう)によりほとんど切り裂かれ、上半身は裸。

 下半身には、布地の原型をかろうじて留めたズボンだけが残っていた。


 彼の肌に叩きつけられる氷の刃は、触れたそばから蒸発し、白い(かすみ)となって風に溶ける。

 剝き出しになった肌には、左胸から背中にかけて、おびただしい数の“技能(スキル)紋”が刻まれていた。

 それはまるで、古代遺跡の壁画を思わせる複雑で緻密な文様。


 一部の技能(スキル)紋は淡く発光しており、いままさに“技能(スキル)”が発動していることを示していた。

 “環境適応Ⅲ”、“全元素耐性Ⅲ”――彼がこの地に立てている理由は、そこにあった。


「あの高さなら視界が開けるか?」


 彼は足元の雪を軽く踏みしめ、地を蹴った――“技能(スキル):大跳躍”。

 雪を吹き散らし、彼の身体は垂直に十メートルを超えて、空へと跳ね上がる。


 跳躍の頂点に達する直前、別の技能(スキル)紋――“技能(スキル):空中加速”が点滅する。

 空中で加速した彼の身体は押し上げられ、氷雪の崖に突き出した岩棚。

 滑落の危険すらはらむ狭い足場に、彼は無理なく着地する。

 強風の中でも、その体は一切ぶれることがなかった。


「ふむ……魔王軍が配置されているな。予まれていたか? ……まあいい。こちらに引きつけさえすれば、正規軍の損害は抑えられる」


 “技能(スキル):鷹の目”――彼は尾根の稜線(りょうせん)に展開する兵影を視認した。


 動きは慎重で無駄がなく、訓練された兵士のそれだった。

 視線を巡らせ、索敵に集中している者。雪に身を沈め、潜伏している者。

 展開は広く、彼の存在にはまだ気づいていない。


「あそこに陣を敷いているということは……あれが正解のルートというわけか。なら、そこを辿(たど)っていく」


 言葉を終えるや否や、彼は足場を蹴り跳ね上がる。

 生み出された“疾風”が、“吹雪”を切り裂いて一直線に駆けた。

 数秒後には、その姿も気配も、雪嵐にかき消えていた。



  *



 アイゼル山脈、峡谷沿いの斜面。

 荒れ狂う吹雪の中、竜騎兵部隊が岩棚に展開していた。


 白い視界にただ風が鳴る。敵影は見えない。

 この環境に、"脆弱”な人間が本当に現れるのか――そんな疑念が、兵たちの間に沈んでいた。


 エルザはその場に立ち、部隊を見渡す。

 内心のざわつきを押し殺しながらも、表情は崩さない。


「エルザ隊長!」

「なんだ?」

「先行している死霊部隊。ネメラさまからの連絡です。防衛陣を突破されたそうです!」

「突破された!? リオネスの軍隊が来ているのか!? 数は?」


 エルザは雪を踏みしめ、一歩前へ出る。

 目が険しく細められる。


「兵ではありません!」

「なんだ、どういうことだ?」


 報告を口にする兵の喉が、ごくりと鳴った。


「敵は一人、リオネス王国所属の勇者――ハルト・アークブレイド……ただ一人だそうです!」

「なにぃ!? 単騎駆けだと? まて! 先行しているのはネメラだけじゃない! 他の部隊はどうした!?」


 突風がひときわ強く吹き抜け、視界が一瞬かき消える。


「既に突破されております! 我ら竜騎兵が最後の(とりで)!」

「信じられん!」


 白の嵐が視界を塞ぐ。

 地を這う風が(うね)り、雪煙が狂ったように渦を巻いていた。

 見えるのは、せいぜい十メートル先――いや、五メートルすら怪しい。


「お、おまえはっ! うわぁあああああっ!」


 遠くで悲鳴が上がった。

 誰の声かも分からない。

 だが、それが終わりを意味していることだけは、誰もが悟った。


 間を置かず、別の方向からも絶叫が響く。

 そのたびに、吹雪の向こうで何かが崩れ、倒れ、沈んでいく音がした。


 竜騎兵たちは、反撃の間もなく、ひとりまたひとりと落とされていく。

 吹雪が全てを隠し、何が起きているのかすら分からない。


「エルザ、乗りーな! くるでぇ! バケモンがっ!」


 風の中からデンガナの声が飛ぶ。

 エルザは肩越しに返答しかけ、息を()んだ。


「デンガナっ……くっ!」


 吹雪の中、何かが近づいてくる。

 雪煙を切り裂くように、一歩ずつその輪郭が現れてきた。

 吹きすさぶ氷雪をものともしない足取り。

 目を凝らすまでもなく、異質な存在だとわかる。


 ただの人間ではない。

 この残酷な環境で半裸。傷一つ負わず、吹雪の中をまっすぐ歩いてくる男。


 エルザが騎乗するのは、人語を解さぬ翼竜(ワイバーン)ではない。

 人語を話す知性を持ち、“祖竜”の血統に連なる真なる竜――飛竜(ドラゴン)、デンガナ。

 その目が勇者ハルトを捉えたとき、周囲の空気が張り詰める。


飛龍(ドラゴン)を駆る竜騎兵……たしかエルザと言ったか」


 名を呼ばれ、エルザは唇を引き結ぶ。

 間合いを測るように、鋭い視線が相手をなぞる。


「勇者ハルト……貴様がそうか……」


 視線が交差する。

 二人は同時に、“技能スキル:解析”を発動させた。

 戦士なら誰もが行う、ごく自然な行動だった。

 交戦前の呼吸のように、戦力の“解析(さぐりあい)”が行われる。


 通常であれば、相手のスキル構成や属性傾向、動きの癖――そうした表層の情報が読み取れる。

 だが、ハルトの視線はさらに深く潜っていた。

 その奥にある経験値の差、鍛錬の痕、隙の位置までもが、脳裏に流れ込んでくる。


 ハルトの目が一度、エルザをなぞる。

 そして、何かを理解したようにすっと細められた。

 それきり、一歩も前へ踏み込まない。


(……なるほど。そういうレベルか)


 対して、エルザの顔にわずかな緊張が走る。

 目の前の勇者には通常の戦士とは異なる、技能構成(スキルセット)があった。


「キミは話の解る武人だと聞いている。キミの部下、仲間たち。いま救助すればその多くが助かるだろう……」


 エルザにハルトの言葉は届いていなかった。


「筋力強化Ⅳ、敏捷(びんしょう)強化Ⅳ、耐久強化Ⅳ……」


 彼女の口から、無意識に言葉が漏れる。


「火耐性Ⅲ、水耐性Ⅲ、氷耐性Ⅲ――全属性耐性Ⅲ」


 極寒の環境の中、汗が(にじ)み出る。


「長剣適性Ⅳ、剣聖Ⅱ、見切りⅢ……」

「エルザっ! やめときぃ! それ以上は“解析()”るなっ! 敵に()まれるでっ!」

「心眼Ⅱ……まだある? ……な、なんだ……こいつ……」


 言葉にしながら、エルザ自身の心が揺れていく。

 ハルトを“解析”し、脳裏に浮かぶスキルの列は、終わりが見えない。

 自分の“常識”がひとつずつ壊されていくようだった。


「引いてくれないか?」


 その声に合わせるように、ハルトの胸元に刻まれた技能(スキル)紋――そのいくつかが、微かに光を放つ。


 明確な発動の気配はない。

 だが、ただそこにあるだけで威圧となり、彼の言葉が、静かな脅しのようにも聞こえた。


「なんだお前の技能構成(スキルセット)は!? 一体いくつある!?」


 言葉が途中で詰まった。

 理解を越えた情報の奔流に、思考が追いつかない。

 膝が震えそうになる感覚を、エルザは必死に押さえ込んだ。


「ギョワァアアアア!!」


 デンガナの咆哮(ほうこう)が、吹雪の中に鳴り響く。

 それはエルザを正気に引き戻す“合図”であり、同時に敵への牽制(けんせい)だった。


 “技能スキル竜の咆哮(ドラゴンハウリング)”。


 高密度の魔力を含んだ音波が、空間そのものを震わせる。

 周囲の雪が一瞬、音に弾かれて浮き上がった。


 常人であれば“魂”が(ひる)み、数十秒のスタン状態を強制される。

 小動物であれば即死してもおかしくない。


 エルザはデンガナの背に飛び乗った。

 竜の翼が空を裂き、吹雪の空へと飛翔(ひしょう)する。


 そのまま一気に高度を取り、角度をつけて急降下――突き出された竜槍(ドラゴンランス)が、標的(ハルト)へと向かう。

 "技能(スキル)竜突撃ドラゴンダイブ”、エルザとデンガナの必殺コンビネーション。

 だが、切っ先が届く寸前、標的の姿はそこになかった。


「――えっ」


 声が出るより早く、エルザは気づく。

 自分のすぐ後ろ、デンガナの背の上。

 そこに、ハルトが立っていた。


「なっ!?」


 ハルトは、ゆるりと手を動かす。

 腰に添えていた長剣の柄に指をかけ、そのまま無駄のない動きで抜刀した。


 チィン――。


 金属の乾いた音が、雪山の静寂にごく小さく響いた。

 エルザは即座に反応する。


「このっ!」


 エルザは背中越しに、柄での一突きを繰り出した。

 反射的な一撃――ハルトはその軌道をわずかにずらしてかわす。

 最初からそこに“来る”と知っているかのような“見切り”。


 すかさず、エルザは振り向きざま、横一文字に槍を払う。

 だが、ハルトはそのタイミングすらも読みきっていた。

 デンガナの背の上で軽く跳躍し、宙返りするように空中へ。

 そのまま弧を描き、完璧なバランスで着地する、揺るぎない体幹。


 エルザは()えるように突きを放ち、さらに払いへと繋げる。

 連続する鋭い攻撃だが、ハルトは抜いたばかりの長剣で受け、斬り払った。


 本来、竜の背に立てるのは、心を通わせた竜騎兵だけだ。

 絆がなければ、竜は誰も乗せようとしない。

 けれどハルトは、そこに当然のように立っていた。

 力と技だけで、竜との“絆”をねじ伏せているかのように。


「エルザぁ! もっと手ぇ動かしぃや! てつどうたるさかい!」


 マンガナがそう吠えるなり、巨大な尻尾が唸りを上げて横薙(よこな)ぎに振るわれた。

 それは獲物を正確に狙い、空中で器用にしなりながら何度も襲いかかる。


 釣られるように、エルザも飛びかかった。

 竜槍(ドラゴンランス)の連撃。突きと払いで、たたみかける鋭い動き――だが、まるで当たらない。


 この間ハルトは一切、後ろを振り返らなかった。

 にもかかわらず、尻尾による攻撃をすべて紙一重で避けている。

 まるで背中に目があるかのように。


 "技能(スキル):心眼"――その力が、彼の死角を消し去っていた。


「ギョァアアアアアッ!!!」


 マンガナが再び雄たけびを上げた。

 地上にて騎手を失った仲間たち――翼竜(ワイバーン)たちへの(げき)だった。


「そこのボサッとしてるあんたら! 寝取らんと手ぇ貸さんかいっ!」


 マンガナの咆哮に呼応するように、周囲の翼竜(ワイバーン)たちが動き出した。

 騎手を失ってなお、訓練された彼らもしくは彼女らは、本能と習性でハルトを敵と認識する。


 乱れ飛ぶ爪撃、尾撃、咆哮。

 ここは高空。吹雪の渦のはるか上、雲間からの光がかすかに差し込む。

 風は強く、しかし視界は開けていた。


 複雑に交差する空中戦のただ中で、ハルトはただ一人、乱れずに立っていた。

 次の瞬間、戦場が加速する。


 マンガナが空中で体をひねり、巨大な尻尾をねじ込む。

 同時にエルザが反転、竜槍(ドラゴンランス)を構えて突き出す――だが、ハルトの姿はすでにそこになかった。


 空中を走るように、翼竜(ワイバーン)の背を次々と蹴って移動している。

 まるで“空中に並べられた飛び石”を駆けていくかのようだ。


 足蹴にされる翼竜(ワイバーン)の反応は追いついていない。

 その速さ、その軽さ。本来、空を統べるのは竜だ。

 だが今、この空域は――ハルトの“制空圏”だった。


「こらぁあかんっ! エルザぁ! 騎士道もきしめんもあらへんでぇ!」


 ハルトとエルザは数合、鋭く斬り結んだ。

 そしてエルザは悟る――こいつは、まともにやり合う相手ではない。


「くっ! やむをえんっ!」


 本来なら、空の上から一方的に攻撃を加えるなど、騎士としてあるまじき戦法。

 だが、勝つためには選ばねばならない時もある。


 エルザの連撃をいなした直後、ハルトは空へ跳び上がった。

 それを察したデンガナが翼を広げ、エルザを乗せたまま高く舞い上がる。

 空中で、ハルトとエルザたちとの距離が一気に開いた――次の一手に備えるように。


 一拍、静寂が訪れた。


 空に投げ出されたハルトに、デンガナの眼が鋭く狙いを定める。

 顎の奥、喉元が赤熱しはじめると同時に、空間そのものに歪みが生じる。

 魔力が物理法則を歪め、“(ことわり)”を超越する。


「やれっ! デンガナ!!」


 エルザの号令と同時に炎が放たれた。

 それはただの火炎ではない。

 魔力の奔流が空を裂き、重なった空気の層を焼き払いながら一直線に襲いかかる。


 数千度の熱と、世界の理を歪めた“竜の息吹(ドラゴンブレス)”が、ハルトを飲み込んだ。


 ドォオオオンッッッ!!!


「決まったか!?」


 バシュウ――


 だが、炎の渦を割って跳び出した影があった。

 焦げ跡ひとつない。むしろ風のように、軽やかに宙を駆けてくる。

 胸に刻まれた技能(スキル)紋、その一片が輝く、勇者ハルト。


 “技能(スキル):空中跳躍Ⅲ”――数千度の熱が身を包む中、彼は空中を駆けた。


「……ジャンプしている!? 足場のない空中で……!?」


 エルザの目に、信じがたい光景が飛び込んでくる。


 ハルトは一度目の跳躍で熱波を斜めに抜け、二度目の跳躍で迫る翼竜(ワイバーン)の爪撃を回避、三度目で一直線にマンガナの正面へ躍り出る。

 直撃していたはずのブレスは、彼の身体に何一つ痕を残していなかった。


 “技能(スキル):火耐性Ⅲ”

 “技能(スキル):全元素耐性Ⅲ”

 “技能(スキル)竜族殺し(ドラゴンキラー)Ⅱ”


 ハルトは、文字通りすべての“想定”を越えていた。


「ばかなぁ!」

「なんでやねぇええんっ!!」


 ハルトは手にした長剣を振りかぶる。


 “技能(スキル)必中致命(必中クリティカル)Ⅲ”

 “技能(スキル):防御無視Ⅲ”

 “技能(スキル):連続攻撃Ⅳ”


 二重の叫びが高空に響いたとき、勝負はもう、決していた。


「許せ、“手加減”は苦手なんだ」


 “技能(スキル):手加減Ⅱ”


 ジャキジャキジャキーーーーンッ!




  ***




「……はぷ……ん……ちゅ……ちゅぱ」


 薄っすらと(まぶた)を開けると、見慣れた天井があった。

 全身に微かな寒気を覚える。特に下半身には氷を押し当てられたような感覚が強い。

 股間のあたりには、刺すような冷たさと、生ぬるい感触が混じっていた。


「ん? ああ、夢か……なぜ、昔の夢を……って、うわぁああっ!」

「あっ! おはようございます、勇者くん。よく眠れましたか?」


 ハルトの目の前。

 仰向けになった彼の下半身に、骸骨がうずくまるように被さっていた。


「ネ、ネメラか!? 骨、骨っ!!」


 それは、戦火の跡地でしばしば見かける骸骨戦士スケルトンウォーリアーを思わせる姿だった。

 ただ――その骸骨は比較的小さく、なぜかフリルのついたメイド服を着ていた。


「はい? ほね??」

「透けてるっ! 透けてるよ!」

「あ~~! いっけない~! 勇者くんへの“ご奉仕”に夢中で、透けちゃってましたっ! テヘ♪」


 骸骨は指先で頬骨をなぞるようにしながら、器用に片手を口元へ。

 舌などないはずなのに、なぜか“てへぺろ”のポーズを決めていた。


「でも大丈夫ですっ! ちゃんと“受肉”してますから!  ……ただ、油断すると半分くらい霊界に戻っちゃうので、たまに“透け”ちゃうんです♪」


 その瞬間、骨の輪郭がゆらりと揺れた。

 骸の内側から柔らかな質感が滲み出し、徐々に人のシルエットを帯びていく。

 太ってはいないが、肉付きはむちむち。胸も妙に主張が強い。


 気がつけば、骸骨は“少女”へと変わっていた。


「心臓が止まるかと思ったよ……」

「またまた~勇者くんがそれくらいで死ぬ訳ないです! あっ! わたしの心臓は止まってますけど!」

「そうだね……ネメラはリッチだからね……ははは」


 リッチ――それは、死を超越した高位の魔術師が、魂を封じて不死となった存在。

 大抵は骸骨かミイラのような姿で、冷気をまとう。

 常人が近づけば精神を(むしば)まれ、触れれば命を落とすとされている。


 だが、目の前の彼女はまるで正反対だった。

 見た目だけなら、とてもそんな風には見えない。


 髪は青みがかった黒のロングストレート。

 前髪が軽く目にかかり、どこか(おぼろ)げな印象を与える。

 肌もほんのり青白く透けるような色合いで、はっきりと血色が悪いが、霊的な光沢も帯びていた。


 それでも、誰が見ても美少女とわかる容姿だった。


「で……何してたの?」

「何って? 朝の“ご奉仕”ですよ? いつもやってることです」


 にっと、屈託のない笑顔を浮かべるネメラ。

 まるで、食後の皿洗いでもしていたかのような調子だった。


「だから、雪山の夢を見たわけか」

「?」

「なぁネメラ。起こしてくれるのはありがたいけど、もうちょっと“普通”に起こすことはできないのかい?」


 少し首をかしげるネメラ。


「え? 普通の起こし方? あれが“普通”ではなかったのですか……?」

「朝からフェ……えーっと……“口”の使い方は間違ってるかな? 声をかけてくれれば、それでいいんだ」

「え~……すみません。数千年間ずっと一人だったので……常識がなくって……」


 ネメラは明らかにシュンと肩を落とす。


「はははは」


 ハルトは思わず苦笑する。


「でも、魔術のことなら何でもしってます! 特に“死霊術”の研究が生きがいなんですっ! あっ、わたし死んでますけど」


 ネメラは両手をグッと握り、ガッツポーズを作って胸を張った。


「はぁ……」


 ハルトは深いため息をついてから、ほんの少し間を置いた。


「……つん」


 ネメラが“ナニ”かを指でつついた。


「ネメラっ! 何してるのっ!」


 跳ね起きたハルトが、慌てて布団を引き寄せる。


「勇者くん! 今日も元気そうですね! わたしと違って、血行がよさそうですっ!」


 ネメラは悪気ゼロの笑顔で、にこにこと(うなず)いた。


「キミは心臓が動いてないからね」

「はいっ!」

「……あのネメラ、ものすごく言いにくいんだけど……」

「はい?」

「普通に起こしてくれればいいけど、仮に……仮にだよ? 一度、はじめたんなら“寸止め”はやめてほしいのだが」


 ネメラは“はて”と一考する。


「つまり“射精”させてほしいってことですか? 勇者くん?」

「くっ……! “寸止め”は辞めてほしい」

「それはダメです」


 ネメラはきっぱりと断言し、両手で大きくバツを作った。

 その動きだけは、やたらとキビキビしていた。


「ほわっつ!?」

「勇者くんが(よろこ)ぶだろうから、“お口”で起こせとは言われてますが。“無駄撃ち”は厳禁だと魔王さまから厳しく仰せつかってますっ!」


 ネメラは右手で人差し指をぴんと立て、左手は腰に当てて自信満々。


「どういうこと!?」

「勇者くんの“種”は一滴も無駄にできないんです。“口”はダメだけど、“中”ならいいですよ! あ、それじゃあします? “子作り”!」


 そう言うやいなや、ネメラはスカートをめくり上げ、レオタードをずらす。

 丸見えになる下腹部――霊界と接続されたその“(はら)”が、半透明に透けていた。


「見えてるっ! 見えてるっ!」

「や~~ん! “子宮(おなか)”が丸見えになってる! 恥ずかしい~//」


 くねくねと身をよじるネメラ。

 恥ずかしがるわりにはノリノリだ――身体の“中”を見られるのには慣れているのだろう。


「もうやめてくれえええええっ!!」


 悲鳴をあげたハルトが、シーツを引っかぶってベッドの中へ逃げ込んだ。

 その背後から、さらに身を乗り出すネメラの声が響く。


「じゃあ、次は、最初から“下”で起こすことにしますね♪」


 朝はまだ、始まったばかりだった。

最後までお付き合いいただき、感謝です!


「いいね!」と思っていただけたら、高評価をいただけると嬉しいです!


今後の励みになりますので、もしよろしければ……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ