花のような
天秤池は、市街地の外れにある1ヘクタールほどの大きさの池である。
半世紀前近くに住宅街が切り開かれた際、湿地帯で開発を進めることが難しかったそこら一帯が整備され、作られた池だった。
駅から歩いて小一時間くらい、特に目立った建物もない。市のホームページに小さく、健康の小道と称された遊歩道と蓮の花の写真が紹介されるくらいで、普段他所から人が訪れることも無い場所だ。
そこが今、ブルーシートで囲われ、多くの警察車両や救急車両で、辺りが埋め尽くされている。
次々と遺体が引き上げられる中、現場では異様な静けさが辺りを支配していた。
最初に引き上げられた遺体は、小柄な少女のものだった。
女学生の制服にも見える深緑色のワンピースを着た遺体は、まるで眠っているかのように穏やかな顔をしていた。死後硬直が始まっている状態でなければ、蘇生を行なおうとする者が出てもおかしく無かった。
まだあどけないとも言えるその姿が目に入ってきた時、警部補の矢野はその悲劇とも言える光景に、痛ましげに自分の顔が歪むのを感じた。
10歳になる娘を持つ父親として、感情が浮かぶのを抑えきれなかった。
二人目ーー二体目が引き上げられたとき、雑然とした現場に、奇妙な戦慄が走った。
それは、最初の被害者と同じような服を着た、同じような年頃の少女だった。やはり、その表情には苦しげな様子は見られない。
三体目、四体目が引き上げられ、現場の人間は少しずつ言葉を失っていった。
同じように、ただ静かに眠っているかのような少女たち。
その服装は、皆同じような深緑のワンピースで、それが、池の水を深い翠色にしていることを、誰からともなく感じ取っていた。
この花の数と、池の翠色の数だけ、少女の遺体が沈んでいるーーー。
普通の事件で被害者に感じる同情や、犯人に感じる怒りや、そういった感情がだんだんと死んでいくのを感じた。
一体、また一体と引き上げられるたびに、辺りを無が包んでいくようだった。
最初の発見から一昼夜、池から引き上げられた手のひらの持ち主ーー遺体は47体に及んでいた。
嫌になった人は回れ右。