第63話
そう言ったモニカに対して、校長と教頭は驚きの声を上げた。
そして、覚悟を決めるために、大きく息を吸い込んだモニカは、これまで隠していたレーサー名を吐き出そうとして、つばさに遮られた。
「モニカさんは、実はあのシューティングスターだったんです。当然、知ってますよね。モニカ・シューティングスター! 男性ばかりが出るシーズン最終レースに出て、そのスピードと華麗なテクニック、何よりモニカ・クラッシュを引っ提げて、三種目全てでトップを取り、完全優勝した天才レーサー! それがモニカさんなんです!」
つばさは興奮して早口で説明をすると、校長も教頭も気圧されたように目を丸くした。
そして、当の本人であるモニカも、あ然としていた。
凍り付いた空気を溶かしたのは、千尋だった。
「はいはい、つーちゃん。興奮するのはわかるけど、今はモニカさんのターンよ。さあ、どうぞ」
「あ、ええ……さっき、空野さんが説明してくれました通り、ワタシはモニカ・シューティングスター。四年前に実質的な引退をしました元プロです」
モニカの名乗りを受けて、動き出した空気の中、千尋は教頭に承認を迫る。
「元プロが部員にいれば、指導も問題無いですよね。それもあの伝説のレーサー、話題性は十分じゃないですか。これでも創部は許可されませんか!?」
そんな千尋に対して、いたずらっ子のような笑みを浮かべたモニカが不満の声を上げる。
「千尋ちゃん、ワタシはこのフライングレース部のために、過去をさらけ出したのヨ。あなたは隠したままって言うのは、アンフェアじゃない? これから、ワタシたちはチームとしてやっていくのでしょう。ワタシは腹を決めたわヨ。だから、隠し事は無しにしましょうヨ」
「チーちゃん……」
モニカの言葉に、事情を知るつばさは心配そうな声をかける。しかし、千尋は冷静な顔で、対応する。
「何のことでしょうか? シューティングスターさん、わたしがどうこうよりも今は、創部の話が大事でしょう。そうでしょう、教頭先生」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、ワタシの口から言って良いのね……スノーフェアリー」
モニカの言葉に、千尋の動きが止まった。つばさはどうして良いのか分からず、オロオロしている。優香子はあまりの展開について行けず、ぽかんとしていた。
そして、千尋はモニカを睨み付けながら、ゆっくりと口を開いた。
「いつから……気がついていたんですか?」
「浅間山高校で泊まった時ヨ。空中での姿勢が、綺麗なのだけど、どこか違和感を覚えていたのヨ。飛び慣れているにもかかわらず、フライングレースとはちょっと違う。寝るときに眼鏡を外したじゃない。その時になんだか見覚えがあって、調べたのヨ。スキージャンプ界の妖精スノーフェアリー。スキージャンプ一家の飛鳥家の中でも天才と称され、オリンピックでの金確実と言われた少女があなたよね。飛鳥千尋ちゃん」
「ふぅ……そこまで、分かっているなら、もう隠しませんが、その通りですよ。わたしはその昔、スノーフェアリーと呼ばれていた者のなれの果てです」
千尋は諦めたかのように、それまで外すことのなかった眼鏡型ディバイスを外し、お下げを解いて素顔をさらけ出す。
小さい頃からスキージャンプの金メダリストの父親から鍛えられ、数々の賞を総なめにするだけでなく、アイドルが裸足で逃げ出すほどの美少女さが話題になり、日本中でスノーフェアリーの愛称で呼ばれていたのだった。
「怪我している様子もないし、なんで引退なんて」
「モニカさん、その話は後でゆっくりしましょう」
そう言って、モニカとの話を一方的に打ち切った千尋は、校長に向き合った。
「今のわたしにどれだけの影響力があるかは分かりませんが、わたしとモニカさんでは広告塔になりませんか? 指導者問題も解決でしょう。他に文句はありますか?」
開き直った千尋は、スノーフェアリーと言われた美貌のまま、校長に詰め寄った。
手持ちのカードは全て切った。これで駄目ならば、録音を持ってスノーフェアリー時代に懇意にしていたマスコミに駆け込むと脅すしかないかと、千尋は考えていた。
「わかった。創部を認めよう」
「校長、何を……」
「ただし、ひとつだけ条件がある」
ここに来て、まだ校長は条件を付けると言ってきたのだ。
内心、あきれている千尋は一応、その条件を聞くことにした。
「まだ、何の条件があるのですか?」
「私とツーショット写真を撮ってくれ。あ、あと、サインも。実は、スノーフェアリーの大ファンなんだ」
「校長、何を言っているんですか!」
「だって、教頭、もう、反対する理由なんてないだろう」
「ずるいです。私も写真とサインが欲しいです」
正直、千尋はこうなるのが嫌で、ずっと隠していたのだ。しかし、ここまで来れば、その程度で創部が認められるなら安い物だと思い直して、思いっきり営業スマイルで、二人と写真を撮ったのだった。
こうして、彩珠学園フライングレース部は正式に発足することになったのだった。




