第62話
浅間山高校との練習試合の直後、モニカは正式入部した。だから、部員についてつばさたちは心配していなかった。しかし、これは第一関門を通過しただけである。最大の問題、実績が残っていた。
苦虫を潰したような顔をしている教頭に対し、落ち着かせるように校長が話しかけた。
「ウォッホン。では、部員数は問題無いと言うことでよろしいですかね。教頭」
「ええ、そうですね。でも、後藤先生、約束の実績はいかがでしたか?」
「教頭先生、その実績についてですが、何の為に創部間もない私たちに対して、実績を求めるのですか? 今までの新設の部活動もそのような条件を出していたのですか?」
トップレーサーであるドラゴン伊吹に勝利したことは、普通に考えれば十分な実績だ。しかし、1対3の上、こちらには浅間山高校のナタリーが参加していた。それを自分たちのチームの実績としてよいのかと、認められないかもしれない。
そのため、千尋は実績の有無ではなく、実績の必要性の有無を論点に持って行こうとする。普通で考えれば、部活動に活動実績を求められても成果としての実績を求められることはない。そこを突いて、実績の話自体を潰そうと考えたのだった。
桜子先生は、売り言葉に買い言葉だと言っていた。それが本当であれば、正当な理由はないはずだった。
「あなたたちが、カバティ部を作るというのなら、そんなことは言いません」
校長の言葉に落ち着いたのか、教頭は実績が必要な理由を説明し始めた。
「フライングレースは、非常に危険なスポーツです。素人が昨日今日始めて、簡単に出来るものではありませんよね」
「それは知っています。でも、わたしも、つー……空野さんもB級ライセンスを持っています。それにモニカさんも、十分すぎるフライト経験があります」
「それは後藤先生から聞いていますが、あなたたちは人を指導した経験はありますか? ありませんよね。後藤先生もフライングレースの経験は無く、指導が出来ません。そこの高田さんは全くの素人。その素人を誰が安全に指導をするのですか? 誰もできないでしょう。そんな人達がつくる、危険な部活を認めるわけにはいけません。全国三位に勝てるくらいの実力があれば、安全に部活も出来るでしょうが……」
「そんな……」
安全を盾にされては文句の言い様がなかった。桜子先生がウィングスーツの資格を持っていれば、話は違ってくるのだろうが、それは望むべくもなかった。
「ですから、この一年間で後藤先生がウィングスーツの資格を取るというのであれば、来年の創部は考えましょう。しかし、その時には橘さんは卒業しているでしょうが、ね」
「理由はそれだけですか? 外部コーチを見つけてくれば、創部を認めてくれますか?」
千尋は教頭から言質を取ろうと質問を投げかけた。すでに入室してからずっと、録音をしている。指導者だけの問題であればまだやりようもある。
「それに、フライングレースはお金がかかります。この学園のイメージアップになるような、実績を見込めないと創部は認められません。そうですよね、校長」
「まあ、昨今、少子化で学園経営も厳しくてな。部費に見合った成果がないと、学園としても……な。万が一、事故でも起これば、マイナスイメージだけついて、入学者数にも影響が出るんだ。分かってください」
千尋の言葉で校長と教頭の本音を引き出した。つまり、金食い虫の部活にはそれに見合った、広告効果をもたらせと言っているのだ。
つまり、広告塔となる人間が部員にいれば良い、と言うことだ。
その言葉につばさは千尋を見るも、首を横に振られてしまう。
しかし、このままでは、最低でも今年の創部が見送られてしまう。
つばさたちに足踏みをしている余裕はない。
次につばさは助けを求めるように桜子先生を見たが、何やら携帯を触っていて、助けてくれる様子が無い。
つばさはこれと言って、良い言葉が浮かんでこない。でも、何か言わなければこのまま、創部の道が閉ざされてしまう。そんな思いで、口を開こうとしたとき、先に桜子先生が携帯をポケットに入れて口を開いた。
「彼女たちは浅間山高校との練習試合での結果は、スピード種目では最下位、テクニカルに関しても初心者同様でした。ファイト種目に至っては反則負けに終わりました」
「じゃあ、やはり、そんな部活を作っても意味が無いのですよね。では、この話は廃部と言うことで理解してもらえたかな?」
教頭は、自分が思い描いていたように事が運んで嬉しそうに、話をまとめようとした。
しかし、その言葉を無視して桜子先生は話を続けた。
「ですが、私は彼女たちに可能性を感じました」
「しかし、それは素人で、欲目の、後藤先生個人の感想ですよね」
「ええ、そうです。ですから、素人の私ではなく、プロの目から評価を聞いていただけないでしょうか? 伊吹さん、お入りください?」
「伊吹? 誰だね?」
教頭は聞き慣れない名前に不思議そうな顔をしていると、ドラゴン伊吹が校長室に入ってきた。
浅間山高校で初めて会った、私服ではなく、よくテレビで見るレース服に身を包んでいる。
その姿を見て、教頭が思わず、立ち上がり、声を荒らげた。
「伊吹ってドラゴン伊吹選手! 何でここにプロレーサーが!」
「伊吹選手は、先日の浅間山高校との練習試合を、見に来られていましたのですよ」
「どうも初めまして、ドラゴン伊吹こと、伊吹竜之介です」
ドラゴン伊吹は、にこやかな笑顔で、校長達にあいさつをする。流石は、プロレーサー。大人の対応をしっかり取っていた。
ドラゴン伊吹はあいさつとともに握手をすませると、早速、つばさたちの話を始める。
「実は私も彼女たちと模擬レースをさせていただきました。空野さんは、思い切りも良く、スピードも良い選手ですね。まだ経験が浅いですが、このままいけば、トップクラスの選手になるのも夢じゃないでしょう。飛鳥さんは冷静な分析と大胆な戦略を持ち合わせた良いブレインになるでしょうね。高田さんは、初心者ですので、まだまだこれからどうなるか分かりませんが、勉強熱心で、初めて来た高校のなかで積極的に質問をして、勉強する姿勢は素晴らしいものです」
「しかし、初心者と言うことは、ちゃんとした指導者がいないと危険だということですよね」
「そうですね……ちなみに、教頭先生がおっしゃっている、ちゃんとした指導者というのはどの程度の人のことをおっしゃっているのですか? プロ、もしくは元プロでよろしいですかね?」
ドラゴン伊吹の言葉に校長たちだけでなく、つばさたちも驚いた。ドラゴン伊吹が、つばさたちの指導者になってくれると言ってくれているのだ。
そうなれば、話題性は十分。学園としても願ったり叶ったりである。
しかし、これまで反対の立場を取ってきた自分が、ここで簡単に手のひらを返すのには抵抗がある。そう考えた教頭は校長にその判断を委ねた。
「ど、どうでしょうか、校長」
「十分じゃないか、なあ、教頭。それで、いつから指導をお願い出来るのですか? 伊吹さん」
「いやいや、私が指導しませんよ。息子がいる浅間山高校のコーチも断っているくらいですから」
ドラゴン伊吹は、校長たちの言葉に否定するように手を振って答えた。
そんなドラゴン伊吹の言わんとすることが分からない校長は、いらだちを隠さずに言った。
「じゃあ、先ほどの言葉の意味はどういうことかね」
「それは、私の口から申し上げられません。本人の意思というものがありますからね」
「どういう意味かね。さっぱり分からん。ちゃんと説明をしてもらえますか?」
イライラしている校長の言葉に答えるように、恐る恐る手が上がった。
「ワタシです。元プロレーサーは」




