第58話
そんな三人のやりとりを聞きながら、モニカは心の中で叫んでいた。
やられた! おそらく初めから狙っていたのだろう。四年前と同じ状況を作り、自分がどう対処するのかを見るつもりだったのだろう。そして、おそらくは四年前と同じくすり抜けをしようとしたときの対処方法も準備しているはずだ。今の自分にあの頃のレースに対する嗅覚があれば、ドラゴン伊吹が何か仕掛けるのを探知できたはずだった。そうすれば、こうも易々とタッチされなかった。甘く見すぎていた。そのヘルメットの中でにやける彼の顔を思い浮かべると、ふつふつと腹の底から怒りが湧いてきた。
その怒りが、腹の底から口へと這いだし、インカムに乗る。
「絶対、一泡吹かせてやる!」
「そうだよ、モニカさん。チーちゃん、このまま引き下がれないよ」
それまで、冷静に第三者を気取っていたモニカに火が入ったのを、つばさも感じ取った。
自分自身もそうであるように、こうなった人間は強い。だから、この熱を上手く使ってくれる司令塔に託す。つばさはそんな司令塔に適任な幼馴染みにぶん投げた。
「細かな作戦を指示しても無駄でしょうから、簡単に作戦を伝えます」
体勢を立て直し、ドラゴン伊吹の後を追いながら、三人は千尋の作戦を聞いていた。
「了解!」
千尋の指示に、三人の返事が重なり、つばさとナタリーがドラゴン伊吹を追いかけて先行する。それを追いかけるようにモニカが続く。
そして三人のフライトを千尋が険しい顔で睨んでいると、優香子が不安そうに話しかけてきた。
「チーちゃん、大丈夫?」
「わかんない。伊吹選手を二人でどこまで抑えきれるか、私にもさっぱり予想が付かないわよ」
「そんな……」
「でも、わたしはつーちゃんを信じているし、何よりレーサーを信じられないナビゲーターがいるチームなんて絶対に勝てないわよ。だから、ゆっこも、応援して! 絶対に三人に届くから」
「そうですわね。私も四人を信じますわ。頑張れ! みんな!」
そんな優香子の応援が届いたのか、ドラゴン伊吹に追いつき、アタックをかけたのはつばさだった。
追いついてきたつばさに対して、かかってこいと言わんばかりに、ドラゴン伊吹は身体を左右に揺らして挑発する。
タッチのセオリーである、上空から急降下でドラゴン伊吹に迫るも、身体を軽くひねって避けられる。
一回ですんなりいくとは思っていないつばさが下からアタックをかけようとすると、ナタリーが追いついてきた。
「チビ助、少し右に攻めろ!」
つばさはその指示に従い、ドラゴン伊吹の右半身を狙う。そして、ナタリーも同じようにドラゴン伊吹の右側を狙う。
左に逃げれば、簡単に二人をかわせる。つまり、そちらへ誘導しようとしていることが、ドラゴン伊吹には容易に想像できた。
だからこそ、プロレーサードラゴン伊吹はあえて、右に避ける。華麗なボディコントロールで、二人のタッチを掻い潜ると、すれ違いざまにナタリーをタッチに行く余裕まで見せる。
「かかったな! モニカさん、今だ」
ナタリーの陰に隠れていたモニカが飛びだすと、ドラゴン伊吹のタッチからナタリーを逃がしながら、ドラゴン伊吹に迫る。
「さっきの御返しだ!」
虚をつかれたドラゴン伊吹に、モニカがあっさりとタッチをする。
「よっしゃ!」
モニカの気合いの叫びとともに、ドリームチームが三点を取る。
そのスキに、つばさは一目散にセカンドリングをくぐり、チェックポイントの五点を取った。
これで八対八の同点になり、残りのリングはサードリング、そして得点が十点のゴールリングのみとなった。
「こりゃ~、おじさん、一本取られたな」
「クソ親父! 何のんきに言ってるんだよ、サードリングは山手方向だ」
「了解! 次も連携を取ってくるぞ。三人の位置も教えてくれ。すぐに追いつく」
言葉の通り、追い風をつかんだドラゴン伊吹は三人を目前に捕らえた。
追い付いたドラゴン伊吹は、ふと悲しい気分になった。
あの頃のモニカなら、このまま逃げ切られていただろうにな。
モニカ・シューティングスターの速さとテクニックは、これからのフライングレース界を変えていく。そう考えたドラゴン伊吹は徹底的にスピードを磨いた。ハイスピードでのコントロールを身につけることで、副作用的にテクニカルの精度も上がった。モニカ対策で徹底的に自分を追い込んだあの一年が、結果として自分のレーサー寿命を飛躍的に延ばしたのだった。
それに対して、四年のブランクでモニカは並のプロレーサー以下になっている。
哀しいこと。
でも、彼女はまだ若い。元々の才能はある。この一戦で、彼女がレースに戻るきっかけになってくれれば良い。
そんな、ドラゴン伊吹の気持ちを知ってか知らずか、モニカは久しぶりのレースで、作戦通り行ったことで高揚していた。
先ほどとは打って変わって、飛ぶ楽しさもこみ上げてくる。
「伊吹選手が迫っています。タッチされても良いので、サードリングは死守してください」
現在、同点だからつばさ達が全員タッチされて三点失っても、リングポイントで五点取った方が有利である。
サードリングの位置の関係から、ナタリーを先頭に、モニカ、つばさの順番になっていた。
ドラゴン伊吹はつばさのすぐ後ろに迫ってくる。
「ボクに任せて!」
「つーちゃん、何をする気!?」
千尋の言葉が終わるよりも先に、先ほどドラゴン伊吹がしたように、上半身を起こし、風を受けて急ブレーキをかける。そして身体全身でドラゴン伊吹の進路を防ごうとした。
衝突しても良いつもりだった。そうすれば、二人が先にリングを取れる。そして、大きなタイムロスをドラゴン伊吹に与えられれば、そのままゴール出来るかもしれない。
「甘いな、嬢ちゃん。リングがないんだから、嬢ちゃんの側を通る必要はないんだよ。それにタイミングが早すぎる」
急ブレーキをかけたつばさは自由落下状態になり、ドラゴン伊吹は少し避けただけで易々とつばさを抜いていく。
タイミングが合えば、かなり有効な進路妨害ではある。しかし、レース経験の低いつばさがナビゲーターの千尋の指示無く行うにはまだ、難易度の高い技である。
何の役に立たなかったつばさは、体勢を立て直しながら素直に謝る。
「ごめん、二人とも。止められなかった」
「つーちゃん、もー、一言言ってからやってよね。モニカさん、ナタリーさん、アホなつーちゃんの代わりになんとか、サードリング取ってください。右斜め後ろから、強風来ます」
「右斜め後ろからの風? 伊吹さんの得意な風じゃない!」
思わず、モニカは叫んだ。




