第57話
「それで、作戦はあるのか?」
「ナビゲーターの飛鳥です。今回の変則ルールは、向こうのタッチ点は全て一点なので、ひとつのステージで最大三点の失点しかありません。ですから、タッチよりもリングポイントを優先してください。こちらがワンタッチ取れれば三人ともタッチされても同点ですから、タッチに行く場合は必ず三人で行って、最低でもワンタッチを取ってください」
「でも、伊吹選手も決して遅くはないわヨ」
千尋の作戦に、ドラゴン伊吹のことをよく知っているモニカが口を挟む。
「ですから、スピードのあるつーちゃんはまず、チェックリングを狙って。ナタリーさんとモニカさんはドラゴン伊吹のブロックをお願いします」
ドラゴン伊吹と一緒にレースをしたことがあるモニカに疑問が浮かぶ。
つばさは確かに速い。しかしそれはアマチュアの世界の中での話だ。決してドラゴン伊吹よりも速いわけではない。
だからこそ、二人でブロックをして、つばさをアシストする作戦は理解できる。
このルールとしては王道だろうし、連携の練習も、作戦を練る時間もない今、これしかないだろうと、モニカも無理矢理納得する。
しかし、ナタリーは納得がいかない様子だった。
「基本的にはナビゲーターの指示に従うが、流れによってはこっちで指示を出させてもらうぞ」
「それは、オッケイです。ただし、即席チームなので、指示は言葉に出してください。お願いします」
「そろそろ良いか? あまり遅くなると、暗くなるからな」
準備を終えたドラゴン伊吹は空を見上げながら声をかけてきた。
ドラゴン伊吹の言うとおり、少し日が傾いて、十分もしないうちに暗くなってくるだろう。
つばさにとっては泣きの一戦。
急に緊張が襲ってきた。
モニカに対して、今を楽しむと言いながらも、プレッシャーがのしかかってきており、堅くなる自分をつばさは自覚をしてしまった。
「行くぞ、チビ助」
「楽しんで行くんでしょう」
ナタリーとモニカがつばさの背中を叩いた。まるで萎縮してしまったつばさに気合いを入れるかのように。
そうだった。これまでは千尋とふたりっきりだったが、今は心強い仲間がいる。
「つーちゃん、ファイト!」
優香子の応援の声も聞こえる。
落ち着いたつばさの耳に、はっきりとスタートの合図が聞こえてきた。
それでも緊張したせいかつばさは一歩出遅れてしまったのに対し、ドラゴン伊吹は他の二人に比べても早いスタートを切った。
「チビ助、後ろに入れ!」
ナタリーがつばさを向かい風から守るように後ろに入れ、ドラゴン伊吹、モニカ、ナタリー、つばさの順番でファーストリングへ向かう。
やはり速い。全盛期のモニカであれば、十分追いつくのだが、今は引き離されないようにするのが精一杯だった。
やはり、ずっと現役で戦っているプロは違う。四年も練習していない自分が情けない。モニカは焦りを感じながらもドラゴン伊吹の後を追う。
焦りで周りの見えていないモニカを冷静にする声が、インカムに響く。
「ファーストリングは諦めて、セカンドリングに備えて、距離を取ってください」
「ナタリー、了解。隊列はこのままで距離を取る」
早々に見切りを付けた千尋が指示を出し、すでにその作戦を予想していたナタリーが即座に応答した。
しかし、早い見切りにつばさが反論する。
「チーちゃん! まだ、間に合う」
「チビ助、ここで無理すると、立て直しができないぞ。ここは眼鏡の指示に従え! モニカさんも、スピードを落としてください」
「わかった」
学生レースが不慣れなモニカは不満を残しながらも、ナタリーの言葉に従うことにした。
距離を取って、セカンドリングの位置が分かってからファーストリングを通過するという、風閒部長が行った戦略を取ろうとする。
「ガキ共が、半端なことを」
ドラゴン伊吹は呟きとともに、つばさたちと距離を離すようにスピードを上げる。
距離を開けすぎると、セカンドリングでも先行を許してしまう。
「三人とも。これ以上離されないように、スピードを上げてください」
ドラゴン伊吹との距離を見ながら、千尋が指示を出す。
三人が慌ててスピードを上げた頃、ドラゴン伊吹がファーストリングに到達しようとしていた。
千尋がセカンドリングの位置を確認しようとモニター全体を凝視していた時、ドラゴン伊吹は急ブレーキをかけ、チェックリング一杯に両手足を広げて、つばさたちが通過するのを阻止しようとする。
モニカは、そんなドラゴン伊吹の姿に見覚えがあった。あの最後のレースでドラゴン伊吹が、モニカ・シューティングスターに取った戦法。
瞬間的に、モニカはチェックリングとドラゴン伊吹との隙間を確認する。
無理だ。
あのときはすり抜けられたが、今のモニカにはそんな自信は微塵もない。
接触を避けるために急ブレーキをかけるモニカ。
そんなモニカの急ブレーキに吊られて、ナタリーとつばさも減速して体勢を崩す。
そうなれば、百戦錬磨のプロレーサーには良いカモである。
ドラゴン伊吹はファーストリングを通過直後、楽々と三人にタッチして、合計八点を取った。
「なに、なに! 何が起こったの?!」
「チビ助、落ち着け! それより、眼鏡、セカンドリングの位置を」
パニックになるつばさを一喝して、ナタリーが千尋に情報の提供を求める。




