第55話
「先ほどのレース結果、ポイント数は十八対十四ですが、最後の空野さんからの風閒君へのアタックは、危険なアタックと見なし失格となります」
「え! 何で? だって、モニカがやってた技じゃないですか?」
竹本先生の判定に、つばさは文句を言った。
あの伝説のレースを見てから、何度も練習をしていた技。それが反則だと言うのならば、モニカもあのレースで失格になっていたはずだ。
なんとかつかみ取った勝利。学校から言われた実績。
竹本先生に詰め寄るつばさを諫めたのは、千尋だった。
「つーちゃん、最後のキックが余計だったのよ。学生レースは安全のために多少の接触とタッチしか認められていないのよ」
「え、そんなー」
「分かってもらえましたか。タッチまでは完璧なタイミングでした。飛鳥さんの言うとおり、そこで終わっていたら良かったのですが……次から気をつけてください。さあ、これで全ての合同練習を終わります。皆さん、片付けしてください」
合宿の終了を告げる竹本先生に、つばさが食らいついた。
ここで終わってしまえば、今年の創部がなくなり、一年を棒に振ってしまう。これまでの努力が泡と消える。それも自分のミスで。
「先生、もう一回、試合させてください。お願いします。」
「時間ももう遅いですし、申し訳ないですが、これ以上は許可できません。それに練習試合なら今後も受け付けますから、今日のところは終了です」
「そこをなんとか、お願いします。このままだと、ボクたち、廃部になるんです。今後は来ないんです」
そこに、涙目の優香子も加わった。
「私からもお願いします。グスン、もう一度チャンスをください。お願いします」
流れる涙を落ちるままに、二人の少女はなんとかチャンスをもらおうと、頭を下げる。
そして、感情的にチャンスを得ようとする二人とは対照的に、千尋はどうにかこの状況を妥協する方法がないかを冷静に模索していた。
先ほどの判定を覆せれば一番良いが、どう考えてもつばさの行為は反則でしかない。その上、レースをしてみて、風閒部長のチームとの実力差ははっきり分かった。初心者のお客さんチームに対して、風閒部長達は明らかに手を抜いていた。つばさに対する風閒部長もそうだが、その気になれば、キャンディは千尋に何度もタッチが出来ただろう。そして、そもそも、三人が本気でつばさを狙っていれば、セカンドエリアでそうであったように、他のエリアでも簡単にタッチされていると千尋は冷静に分析する。そしてなによりも、千尋の目から見ても優香子は十分頑張ってくれていたが、それでもナビゲーターの差はどうしようもなかった。次のリングの出現位置がランダムなファイトレースで、これほどナビゲーターの差がチームの差になるとは千尋にとっても勉強になったくらいだ。
唯一、実力の底が見えないのは、同じチームのモニカであった。危なげなく相手のタッチを避けるのだが、当然ながらつばさや千尋との連携が取れない。飛行技術自体は千尋が思っていたよりもずいぶんと高いようだが、レースに対する経験が少ないように千尋には感じられた。
このままでは、何度やってもこのチームには勝てない。
しかし、ここで引き下がっては、創部が出来ない。チャンスを勝ち取ると言うことはつばさと優香子に任せて、再戦になったときの作戦を千尋は考えていると、助け船は思わぬ所からやってきた。
「そうは言われましても……」
「まあ、良いじゃないですか」
ぐいぐいと来るつばさに困っている竹本先生に助け船を出したのは、ドラゴン伊吹だった。
いつの間にか、ウィングスーツを身につけて、二人の側にやってきた。
「お嬢ちゃん、プロになって、モニカのようにトップレーサーになるって言っていたな。だったら、こんな所で泣いている暇はないんだろう。ピークを過ぎた、ロートル一人くらい、ここで倒してみな」
「……良いんですか?」
「ああ、昨日、約束しただろう。せっかく埼玉から群馬まで来たんだ、勉強して帰りな。それにあんな綺麗なモニカ・クラッシュを見せられちゃ、レーサーの血がうずくってもんよ」
「いえ、そうじゃなくて、倒しちゃっていいんですか?」
プロレーサーを倒すと言う、失礼なつばさの言葉に伊吹は嬉しそうに答える。
「ははは、さっき泣いたカラスが、もう笑ってやがる。良いぜ、若い子の踏み台になるなら、おじさんなんぞいくらでも倒してみろ」
真剣に真面目な瞳のつばさを見て、ドラゴン伊吹は嬉しそうに笑った。




