第51話
早速、優香子はインカムを付けて、モニターに向かうと、その後ろで清水が様子をうかがう。
そのまま、優香子がインカムの音量を調整していると、何か音が聞こえて不思議に思い、清水は訊ねた。
「ところで、清水さん。このインカムって、どこかにつながっているのですか?」
「つながっているわよ。あなたのチームの子たちのインカムに。向こうにはリハーサルだって伝えてあるわよ」
「え! 本当ですか?」
『本当だよ。よく聞こえるよ。ちゃんと指示出してね~』
驚く優香子のインカムにつばさの元気な声が、飛び込んできた。
すでに空色のウィングスーツを身につけたつばさが、スタート位置近くから手を振っている。
練習とは言え、まさか聞かれているとは思わなかった優香子は、驚いたと同時に緊張した。
「つーちゃん、ちーちゃん、モニカさん、インカムクリアですか?」
『つばさ、クリア。ゆっこ、ファイト!』
『千尋、クリア。期待してるわよ』
『モニカ、クリア。頑張ってね』
ここまではスピードの時でも行った。しかし、その後は千尋の指示で、情報を報告しているだけだった。つまり、これが優香子の初めてのナビゲーションである。
まず飛ぶのは浅間山高校のセカンドチーム。
仲間の三人が、視聴者として聞きながらのナビゲーションだ。
「はい! 頑張りますわ!」
「ほら、実際のチームがスタートするわよ。合わせて」
つばさたちの言葉に興奮気味な優香子に、清水が指示をすると、優香子はスタートを合図する。
「風、微風。五秒後、スタートしてください。五、四、三、二、一、スタート」
モニターにレーサーの三人が、順次飛び立った。
先ほどの三パターンを飛ぶために予定高度に乗ると、優香子は指示を出す。なるべく、風を読み、選手間の距離を含めて、全体を見ながら指示を出す練習をする。時折、清水から指摘と説明を受けながら、最後までナビゲーションをやりきったのだった。
「ナイス、ゆっこ。次は実践だよ」
一息ついた優香子に声をかけたのは、すでにフライト準備を終えたつばさだった。
その後ろには、千尋とモニカも控えている。
つばさは、優香子にサムズアップして笑いかけた。
「それじゃあ、しっかり指示出してね」
「分かりましたわ。三人とも、スタートラインに移動してください」
つばさたち三人がスタートラインにつくのを確認すると、優香子は、集中するようにひとつ大きく深呼吸する。そして、モニターが正常に作動しているのを確認して、つばさたちに呼びかけた。
「こちらナビゲーター優香子です。各自クリアですか?」
優香子の自信を持った声に、つばさたちは応える。
「つばさ、クリアです。たのんだよ、ゆっこ」
「千尋、クリア。おちついてね」
「モニカ、クリアですヨ」
「今回は直列スクリューから、直列チェンジして、並列散開ですわ。ファーストはモニカさん、セカンドはチーちゃん、サードはつーちゃんでお願いします」
さきほどの浅間山高校が行ったものと同じ、基本的なトリックを行うことを優香子は確認すると、スタートの合図を出した。
モニカ、千尋、つばさの順番で次々に空に飛び出す。
三人はスピードの時のように、真っ直ぐ一列になる。
安定したのを確認して、優香子は指示を飛ばす。
「ファーストスクリューお願いします。セカンドスクリュー……サードスクリュー」
モニカがきりもみ飛行に入った直後に、千尋が同様にきりもみ状態になり、つばさも優香子の合図で身体を回転させる。
きりもみ飛行から戻ったつばさの瞳に、千尋の姿が映る。
近い!
「危ない!」
「つーちゃん、距離を取って!」
つばさの悲鳴と優香子の指示が重なる。
つばさは身体を起こして、ブレーキをかけ、千尋との距離を取った。
「良かった。気をつけないと」
優香子はほっとしながらも、さきほどのトリックに入るタイミングが早すぎたと反省し、浅間山高校の清水が言っていたことを思い出す。
『全体を見回せるのは、ナビゲーターだけ。そして、選手の安全を最優先に考える』
テクニカルでのタイミングはナビゲーターの仕事だ。もっと全体を見て、指示を出さないと事故につながる。優香子はナビゲーターの重要性を再認識した。
「チーちゃん、つーちゃんはもう少し距離を取ってください。モニカさんはそのままで」
「了解」
千尋とつばさの距離が取れたところで、優香子は次のトリックの指示を出す。
「三秒後に直列チェンジに入ります。二、一、ファーストチェンジ」
先ほどのミスを繰り返さないために、モニカがバク転の要領で千尋とつばさの上空を通過したのを確認してから、千尋に指示を出す。
「セカンドチェンジ」
モニカがつばさの後ろについたタイミングで、千尋が同様にモニカの後ろに回る。
「サードチェンジ」
最後につばさが空色のウィングスーツを煌めかせながら、バク転をして、千尋の後ろについた。
危なげなく、トリックが成功する。
しかし、優香子は不満だった。
美しくない。
トリック自体に問題無い。
しかし、ただ、やっただけのイメージを受ける。
優香子は頭をフル回転して考えて、叫んだ。
「そうですわ、リズム。リズムがバラバラなのですわ!」
「な、なに? ゆっこ!」
急な優香子の声に、つばさが思わず声をかけた。
「みなさん、私の声をよく聞いてください。スタートのタイミングだけでなく、トリックのリズムもお知らせします」
優香子はダンスの練習を思い出した。
先生は必ず、リズムを刻んでダンスのタイミングを教えてくれる。それがダンサーみんなの動きを合わせて、一体感を出すのに有効だと知っているからだ。
優香子はそれをテクニカルに活かそうと考えた。
「なんか、よくわかんないけど、ゆっこの言うように飛ぶよ」
つばさの言葉に、優香子は指示を飛ばす。
「デルタ隊列に移ってください。みなさん、スピードを合わせて、五秒で飛行隊形を整えてください。それでは三、二、一、隊列変更」
優香子はモニターを見ながら、直列隊列から三角形の隊列デルタ隊列への変更を指示した。
「五、四、三、二、一」
優香子がカウントダウンすると、三人はそれに合わせて動き始める。
すると一番後ろのつばさが真ん中に、モニカと千尋はそれに合わせて左右後ろに移動する。
三人の動き初めから、動き終わりまでぴったり合った。
「やりましたわ。びったり、合いました!」
優香子が思い描いていた動きになった。
「そのまま、三秒後、散開。十秒で同時にパラシュートを開いてください。三、二、一散開」
優香子の合図でつばさは風を受けて上昇する。左右にモニカと千尋が距離を取りながら同じように上昇していくのが見えた。
その時につばさに優香子の指示が飛ぶ。
「つーちゃん、他の二人に合わせて、すこし速度を落としてください」
「分かった」
直線のつばさは、左右に広がるモニカと千尋より距離が短くなる。そのため、そのままではつばさが突出してしまう。
優香子の指示で三人の足並みが揃った。
「三、二、一、パラシュートを開いてください」
三つの大輪の花が一斉に開く。
こうして、優香子が初めてのナビゲーターとしてスタートしたテクニカルは、無事に終了した。
元々、スタンダードなパターン演技。突風など突発的なことが起きなければ、つばさたちの技量であればナビゲーションが不要なほどではあるが、三人とも優香子の指示で、その精度は上がっていた。
戻ってきた三人に、優香子が心配そうに尋ねる。
「私のナビゲーションはどうでしたか?」
「バッチリだったよ。ゆっこの性格が出てた」
つばさはヘルメットを取って、優香子に抱きついた。
その言葉に、優香子は首をかしげた。
「わたしの性格?」
「そう、繊細で丁寧なナビゲーション。細かなところまで情報をもらえるから、やりやすかったよ」
「本当ですの! 良かったですわ。ドキドキしましたわ」
嬉しそうにそう言った優香子を見て、三人は顔を見合わせて言った。
「ドキドキしているのも伝わったよ。もっと、自信持ってね」
「えっ! はい、次はもっと頑張りますわ」
そうこうしているうちに、テクニカルの基礎クラスの演技は全て終了し、二、三年生による演技が始まった。そのチームもまだまだ、完成度としては高くはないチームもあったが、即席メンバーであるつばさたちとは比べものにはならなかった。




