第5話
「失礼します。部の設立の件で、相談に来ました空野つばさです」
「失礼します。同じく中等部一年の飛鳥千尋です。空野さんと同じ要件で来ました」
つばさと千尋の言葉に、近くにいた女の先生が近づいてくる。
彼女は、つばさが見上げるほどに背が高く、明るい栗色の長い髪はポニーテールにまとめられていた。気の強そうな大きな目は少し釣り目ではあるが、美人だった。いわば、ワイルド系の美人である。そして、その言葉遣いもまた、ワイルドだった。
「新入生が入学初日からどうした? 部活紹介は明後日だぞ。教室で説明を受けただろう」
「ボク、いや私たちは部を設立したいんです。ですから部活紹介に興味はないんです」
当然、部活紹介の話は聞いている。その上でフライングレース部がないことも知っているからこそ、部活紹介を待たずに職員室にやってきたのだった。
「ほ~う。一年生から、部の創立を考えているのか。ちょっと待っていろ、部活創立の申請書をメールしてやるから、学生番号を教えてくれ」
そう言って、先生は手に持っているタブレットを操作し始めた。
つばさは、今日割り当てられた学生番号を言うと、申請書が学校から支給されたタブレットにメールされてくる。
「部の申請期間は四月いっぱいで、許可が出るかどうかは遅くとも五月中旬には分かる。まあ、承認されないこともあるから、既存の部活に仮入部をすることをお勧めするね」
「わかりました。申請書は誰に出せばいいですか?」
「あたしでいいぞ。さっき送ったメールに返信してくれれば申請しておく」
つばさは送られたメールのアドレスを確認する。そのアドレスの初めはゴトウサクラコ。
「桜子先生ですか?」
「後藤先生、だ。ところで、何部を作る気なのだ?」
「フライングレース部です」
つばさは聞き間違えがないようにはっきりと言ったにも関わらず、桜子先生は聞き直すように驚きの声を上げた。
「え!?」
「フライングレース部です」
予想をしていたつばさは、間髪入れずにはっきりと言った。
聞こえていないわけではないとわかっている。理解できなかっただけだと。だから、理解できるようにしっかりと二回言った。
そうすると桜子先生は困ったように頭を掻いて、申し訳なさそうに言った。
「フライングレース部は、難しいぞ。通常、新しい部活は、申請書が来ると職員会議でその部の創立の可否と同時に顧問決めを行うんだが、フライングレースとなると、顧問も経験者でないと、誰もやってくれないだろう。それとも顧問のアテはあるのか?」
「ありませんが、この学校にはハンググライダー部があるじゃないですか。ハンググライダー部の顧問の先生が兼任してもらえないのですか?」
顧問の問題も初めからわかっていた。
変な話、顧問の問題はこういう部活を作って活躍するようなスポーツ漫画でもよく出てくるところだったから、その対策も考えていた。そして、適任だと二人で考えたのがハンググライダー部だったのだ。というのも、ハンググライダー部の顧問になるくらいなら、空のレースであるフライングレースにも対応できると考えたからだ。
それならばフライングレース部を兼任してもらえる可能性は高い。ほかの空に関する部活のない学校よりは顧問を受けてもらえる確率は高いはずだ。
そんな考えを胸に秘めているつばさたちに桜子先生は言った。
「そのハンググライダー部の顧問はあたしだ」
「桜子先生、ハンググライダーの技能証は何ですか?」
「後藤先生、な。タンデムパイロットだよ。一応、顧問だからな」
その言葉を聞いて、つばさと千尋は目を見合わせた。
フライングレース部設立に向けての勉強の中で知ったことだが、ハンググライダーのタンデムパイロットは二人乗りを許可されるハンググライダーの一番上の技能証。つまり、彼女は空のエキスパートだという証。
だから、桜子先生の言葉を聞いて二人は色めき立ち、つばさは桜子先生にお願いする。
「先生、ぜひ、ボクたちのフライングレース部の顧問になってください。これはもう運命なんですよ。たまたま対応してくれた先生が、ハンググライダーの顧問なんて」
「後藤先生、お願いします。わたしたちの顧問になってください」
千尋はその長いおさげを勢いよく振り下ろすほどの勢いで頭を下げた。
それを見てつばさもショートカットの頭を下げる。
そんな二人を見て、桜子先生は困った表情を浮かべた。
「いやいや、だからあたしは、ハンググライダー部で手がいっぱいなんだよ。今年こそ全国制覇ってみんな盛り上がっているんだ。逆にお前たち、フライングレース部を作ろうってくらいなんだから、飛べるんだろう? 今度の土曜日に新入生の体験入部で飛ぶから来てみなよ。ハンググライダーもいいもんだよ」
「それに行ったら、顧問になってくれますか?」
つばさの言葉に桜子先生は少し考える。
フライングレース部は無理だろうが、空に興味があるならばハンググライダーにも、はまるはずだと、桜子先生は考えた。
「なってやるとは約束できないが、来ないとその可能性もないかな?」
「わかりました。土曜日にボクとチーちゃんで行きます」
「チーちゃん?」
桜子先生は誰のことが分からず、おもわず聞き直した。それに対して、千尋は補足して説明する。
「わたしの名前が千尋で、空野さんからチーちゃんって呼ばれています」
「ボクはつばさ。チーちゃんからはつーちゃんって呼ばれています」
「お前ら二人幼馴染か? 仲がいいな。じゃあ、土曜日な。場所や時間など細かなことはメールで連絡するからな」
桜子先生の言葉に、千尋は冷静に学生番号を桜子先生に伝えると「必ず、ですからね」と念を押して職員室をあとにした。