第45話
つばさの言葉に満足そうなナタリーは、自分とそんなに変わらない背丈のつばさの頭を撫でながら言った。
「こっちは期待に応えたんだ。お前はこっちの期待に応えてくれるんだろうな」
それは、つばさの言葉に怒っているのでは無く、お互い競い合えるライバルになるに足りるか、その期待に答えて欲しいというナタリーの期待の言葉だった。学生フライングレーサーは全国でも数が少ない。そのため、スキルの格差が激しい。昨年全国三位になった浅間山高校も、エースチーム四人が全国三位になっただけで、その他の選手の層も厚いかと言えばそうでもない。だからこそ、これからのことを考えて、部長の風閒は部員のスキル底上げのため、早い段階でナタリーを一年生のコーチ役に任命したのだ。来年のためだけではない、五年後、十年後まで考えてのことである。もちろん、それはナタリー個人の練習時間を奪うものではある、しかしそれはナタリー自身の性格に合っているのか、ナタリー自身のスキルアップにもなっていた。
「いい勝負くらいしてもらわないとな」
高橋ナタリーは負けず嫌いである。
昔からその背の低さを馬鹿にされては、跳ね飛ばしていたからか、相手が強ければ強いほど燃える性格である。それは自分自身も理解しており、自分より弱い相手には競争心が湧かず、保護意識が働いてしまう。そのため、自分を高みに連れて行くのは、強力なライバルだと思っている。
だからこそ、ナタリーは五才も年下のつばさに、強力なライバルになるように期待しているのだった。
なぜつばさにそんな気持ちになったのかはナタリー自身、上手く説明ができなかった。あえて言うのならば、その瞳の奥に見える覚悟だろうか。先を見据えているようで、今を全力で生きる覚悟。そんな物がつばさにあるように感じてしまったのかもしれない。
そんなナタリーの気持ちを感じたのか、つばさもナタリーの瞳をまっすぐ見て答えた。
「スピードでは完敗でしたが、テクニカルとファイトは負けませんよ。残り二つを勝てば二勝一敗でボクたちの勝ちですから」
「ほう、偉い自信だな。期待してるよ」
「部長チームのタイムが出ました! 高橋チームを抜いて現在トップです」
つばさとナタリーがにらみ合っていると、いつの間にか風閒部長のフライトが終わっていた。
つばさは慌てて、千尋を見ると、なにやらナビゲーターに話をしている。どうやらフライトレコードをダビングしてもらうように交渉しているようだった。
「ちーちゃん、風閒部長さんたちのフライトはどうだった? すごかった?」
「今、フライトレコードをダビングしているから後でゆっくりと見てみて。それで、すごいかどうかって言われると……すごくなかった」
「え!? どういうこと?」
「まあ、そうだろうな」
千尋の感想にナタリーが相づちを打った。前回、自分たちフライトがたいしたことが無いと言われて怒った時と、打って変わった態度だった。しかし、千尋とナタリーの言葉とは裏腹に、タイムはトップなのである。二人の言葉につばさは納得いかなかった。
「二人ともどういうこと? トップタイムなのにすごくないって?」
「言葉通りの意味よ。派手なところがない代わりにミスが無い。無駄の無い動きで最短でゴールをしたのよ」
「基本に忠実に。これが風閒部長のモットーだ。それを極めているから派手な動きは無いけれど、大きく崩れることも無い。いわば鉄壁の守りのタイプなんだよ。浅間山高校は、誰でも最低限の結果が出るように、徹底的に基本を仕込まれるんだ」
つばさが初めてナタリー達のフライトを見たときも、基本的なフライトをずっと繰り返していた。そのため、つばさは『たいしたことがない』と思ってしまったのだが、それこそが、浅間山高校を全国三位にしたと言われれば、つばさは自分の見る目がないと反省するしか無かった。
「どうだ見たか! チビ助ども! これが浅間山高校の実力だ! ワハハハ」
部長チームのフライトレコードを見ているつばさ達に、大いばりの伊吹が近づいてくる。まるで、自分がトップタイムをたたき出したような態度で。
「そうですね。浅間山高校の皆さんの実力が本物だって、思い知りました」
つばさは、モニターから目を離すこと無く、素直に伊吹の言葉に答えた。
その言葉に伊吹は気を良くして、胸を張って鼻を鳴らした。
「フン、そうだろう、そうだろう。やっと俺様のすごさが分かったか!」
「何を言ってるの? つーちゃんが言ったのは、風閒部長チームやナタリーさん達のことであって、先輩におんぶに抱っこで、タイムを出させてもらった伊吹さんにじゃないんですよ」
「な、何を! 誰がおんぶに抱っこだ! お前だって、接触したじゃないか」
「それは、初めて三人で飛んだんだから、仕方が無いじゃないですか。それに比べて伊吹さんたちは十分な練習時間があったはずですよね」
伊吹の言葉に、千尋は苦しい反論をする。練習時間があったか無かったなんて関係ない。本当は、その時間を作らなければならなかったのだ。それを出来なかったのは自分たちの問題であり、伊吹には関係ない。
しかし、そんな千尋の言葉に、伊吹は言葉に詰まらせた。
「そ、そうなのか……」
伊吹自身、一年生の中では、実力が頭一つ抜けていると自信がある。しかし、昨年の全国大会を勝ち抜いたナタリー達と比べると、まだまだ実力不足だと自分自身でも感じている。そして、それはサードリング手前でナタリーに助けられて痛感している。だからこそ、千尋の挑発じみた言葉に対応できなかった。
そんな伊吹をナタリーがフォローする。
「おい、ウチのひよこをあんまりいじめてやるな。これでも、期待のひよこなんだからな」
「ナタリーちゃん、俺に期待してくれているんッスね!?」
「誰が、ナタリーちゃんだ! ナタリー先輩だろうが! 期待してなきゃ、チームに入れんわ。今年はこのチームで、部長チームを倒してエースチームになって、全国一位を取るぞ」
そう言って、ナタリーは伊吹の背中を叩いた。
期待していると言われた伊吹は、千尋の言葉など吹き飛んだように嬉しそうな声を上げる。
「ナタリーちゃん、俺の力が必要なんッスね。しょうがないッスね、ナタリーちゃんはもう、甘えん坊なんだから」
「何だと、このクソ虎」
「ほらほら、ナタリーちゃんも伊吹くんも喧嘩しないの。大事なチームメイトなんだから」
そんなやりとりをしている二人の頭を撫でながら、背の高い華代が諭した。
「東郷先輩、子どもじゃ無いッスから、そうやって簡単に頭を撫でるの止めてくださいッス」
伊吹は優しくその手を払って、照れていた。その言葉を聞いた千尋は、普段からこんなことをしているんだろうと想像が付く。そして伊吹はまんざらでも無い様子だった。
しかし、拒否する伊吹に華代は、残念そうな声を出した。
「えー、そう? ナタリーちゃんは、これ、好きなんだけどなー」
ナタリーは、まるで首を撫でられて目を細めて喉を鳴らしている猫のように、気持ちよさそうな顔で撫でられるままに華代に身を任せていた。
しかし、周りの視線を感じたのか、嫌々ながら華代の手から逃れ、しっかりした先輩の顔に戻り、咳払いをする。
「ウォッホン。まあ、華代がそう言うのなら、仕方が無い。明日もしっかりやれよ」
そんなナタリーを見て、可愛いと思いながら、そんな姿を見せるからナタリーちゃんって呼ばれちゃうんだろうなとも、つばさは思った。
そんな一日の終り、つばさたちにとってもサプライズな出来事が起こった。




