第42話
「あんたのところの一年坊主は、恐ろしいな」
「ん? 千尋ちゃん? そうね。一番得体が知れないわね」
「しかし、あんたがフライングレースをやってるなんて初めて聞いたよ。うちの高校はちょくちょく、あんたの所で飛ばせて貰っていただろう。それなのに、あんたがウィングススーツを着てるのを見るのは、初めてのような気がするんだけど」
新入部員の引率を任せられるほど、教師からの信頼度の高いナタリーは、他の生徒を連れて橘スカイダイビングは何度も使ったことがあり、特にゴールデンウィークや夏休みにはかなりの本数を飛んでいる。その時に、周りのインストラクターや上級者の動きを勉強しようと観察して、地上に降りてからも話しかけて勉強させて貰った。そのため、モニカが橘スカイダイビングの関係者だと言うことは知っていたのだが、ウィングスーツではなく、通常のスカイダイビングのサブインストラクターをやっている姿しか見たことがなかったのだ。
「ほら、ワタシの家、アレだから、みんながいないときに遊びで飛んでいたのヨ。だから、あっちの二人みたいなガチ勢じゃないのヨ。だから、お手柔らかにね」
「ふん、そのわりにはウィングスーツの着こなしが慣れてるみたいだけど」
「あら、そう? ありがとう。ナタリーちゃんも似合ってるわヨ」
ナタリーは、初心者と言いながら余裕な態度を見せるモニカに軽いいらだちを覚えた。モニカの態度は、真面目にフライングレースに取り組んでいる自分を馬鹿にされているように感じてしまう。
「まあ、いい。お手並み拝見だな」
モニカがシミュレーターに入ると、ナタリーはコントローラーの前で、その飛行を確認する。
上昇気流だけでなく、前後左右からも風を送る事が出来る。
五キロを飛び、そのタイムを図る。当然直線距離ではなく、左右の移動、上昇下降を含んだ基礎飛行。全員の条件は同じに設定している。普通の生徒は三分から四分の間でクリアする設定である。
シミュレーターから出てきたモニカは、ヘルメットを脱ぐと、コントローラーの前にいるナタリーに話しかけた。
「どうだった?」
「タイムは平凡ね」
モニカのタイムは三分三十六秒と平凡な物だった。
「あんた、真面目にやった?」
「え? そんなにおかしかった? 結構頑張ったんだけど」
ナタリーはその飛行に違和感を覚えていた。モニカの飛行は、そのスピードの割にはフォームが綺麗すぎる。移動もスムーズで、まるでわざとスピードを落として流しているようだった。
「まあ、いいわ。まだ、先が長いんだから」
ナタリーがそう言った時、つばさのいるシミュレーターでどよめきが起きていた。
すでに飛行を終えているナタリーは、そのシミュレーターへ近づいた。
「シミュレーターとは言え、真面目にやらないと怪我をするぞ! 何があった、華代」
「ナタリーちゃん。今、つばさちゃんが、三分を切ったのよ」
「はぁ? トップスピードから測定したんじゃないのか」
どんなレースもそうだが、スタートからトップスピードにどれだけ短時間で達するか、つまり加速度が重要である。
特に今回のような、データー取りのための短距離フライトでは、特にトップスピート自体よりも、加速度が重要になる。
「いえ、測定方法自体には問題ありません。トップスピード自体、部長クラスですが、何より初期加速が恐ろしく速いんです。動画再生してみますか?」
測定を担当した二年生のナビゲーターが、データーを確認しながら、説明をした。コンピューターで各種データーを自動測定し、動画の記録もある。動画を見ながら、データーを確認できるため、フォームの変更など新しいことをするには、このシミュレーターは最適なのである。
先ほどのつばさの動画を確認しながら、ナタリーはうなるしかなかった。
確かに速い。
落下速度を上手く飛行速度に変換して、スムーズに加速していた。
普通の中学一年生が出来る事ではない。
「これじゃあ、ウチのひよこどもの飛行を見て、期待外れだと言うはずだな」
平均程度のタイムであれば、文句のひとつでも言ってやろうと思っていたが、つばさの言葉を肯定するしかなかった。
そしてナタリーは、思ったように飛べて喜んでいるつばさを見て、呟いた。
「まあ、速いだけではフライングレースは勝てないけどな」
そして、その日の内にナタリーの言葉は証明されたのだった。




