第39話
桜子先生はすでに目的地をセットし終わっているらしく、道路に出るとすぐに自動運転に切り替えた。これで、あとは二時間ほどで浅間山高校に到着のはずなのだ。リラックスし始めたつばさたちは移動中、お菓子を広げて話し始める。
「ゆっこの所は、合宿のこと何も言われなかった?」
「ええ、お兄ちゃんが部活でよく合宿に行くので、特に気にしていませんでしたわよ。あのままハンググライダー部に入っていたらゴールデンウィーク前半は合宿でしたので」
ハンググライダー部もゴールデンウィークの前半に合宿をしていた。そういえば、桜子先生はその合宿にも参加していたはずだ。そのことで、つばさは心配になって桜子先生に聞いてみた。
「先生、ゴールデンウィークはずっと合宿の引率ですが、大丈夫なんですか?」
「まあ、仕事だからな。それに今回、あたしは指導なんてできないから、送り迎えだけで、のんびり見学させてもらうよ」
「そう言う意味じゃなくて……」
「どういう意味だ?」
バックミラー越しに、コーヒーを口に運びながら不思議そうな顔をしている桜子先生につばさが問いかける。
「彼氏をほったらかしにしていて、大丈夫なんですか?」
「ブッファ! ゴホン、ゴホン。おまえ、何を……変な所に入ったじゃないか」
コーヒーを吹き出した桜子先生に、優香子が慌ててティッシュを渡す。
そしてつばさを諭すように、千尋が桜子先生の代わりに教えてくれた。
「つーちゃん、何言っているのよ。今、後藤先生に彼氏はいないのよ。三年前のクリスマスにふられて以来」
「ちょっとまて、飛鳥。お前、なんで、そんなことを知っているんだ?」
「大丈夫ですよ、後藤先生。仕事が忙しくて、ちょっとくらい会えなかったくらいで、怒るような彼氏はさっさと別れて正解です」
千尋は腕組みして、うなずきながら桜子先生の過去を暴露し始めた。
その言葉に優香子が哀れみの視線を、桜子先生に投げかける。
「そうなのですか? 後藤先生、可哀想」
「ち、違う! あいつがうるさかったから、あたしの方からフッたんだよ。決してあたしがフラれたわけじゃないからな!」
必死に言い訳をしている桜子先生につばさは優しい言葉を投げかける。
ほぼ追い打ちでしかない、優しい言葉を。
「……そのうち、いい人が現れますよ」
「うるさい! そんなことより、お前達は今、話し合うことがあるだろう。試合前のミーティングでもしてろ!」
「はーい」
言われたとおりに、怒った桜子先生から離れて、つばさたちは今回の合宿の話をし始めた。
「ところで、モニカさんは、よく合宿に参加してくれましたね」
車に乗ってすぐ、お菓子を食べ始めていたモニカは、赤い瞳をカラコンでオレンジにして、金色の髪も黒く染められていた。結局、流石にマスクは逆に目立つだろうと言うことになり、メイクでどうにかすることになったのだった。
「一応、明日までは部員だって約束だからね。それに合宿ってなんかワクワクするじゃない」
「そうなんですね。でも向こうの先生が厳しくて、ビシバシ鍛えられるかもしれませんよ」
旅行気分のモニカに、千尋が意地悪そうに言うと、優香子まで青ざめていた。
それを見たモニカは、自分に言い聞かせるように、そして優香子を力づけるように顔を見合わせる。
「ほ、ほら、向こうからしたら、ワタシたちってお客さんじゃない。多分大丈夫よね。優香子ちゃん」
「そうですよね。モニカさん」
「あら、でもわたしたちって向こうの高校に喧嘩を売った形になっているのよ。ただで帰してくれるかしら?」
そう、つばさはその気はなかったのだが、ナタリーたちの気を悪くさせてしまったのは事実だった。初めての試合も楽しみだが、この合宿の間に誤解も解かなければいけない。
千尋の一言につばさがもう一つの目標を思い出して、気を引き締めていると、青い顔をしたモニカがお菓子を渡してきた。
「食欲がなくなってきたからあげるヨ」
「あ、ありがとう」
つばさは食いしん坊のモニカがお菓子を渡してきたことを不思議に思いながらも、それを受け取って口の中に放り込んだ。
~*~*~
そうこうしているうちに、お昼前につばさたちは浅間山高校に到着した。浅間山高校は遠目にも綺麗な学校で、最新鋭の校舎の校門は自動で開き、つばさのテンションを上げてくれた。
そして、バスを降りると、若い男の先生と男子生徒が出迎えてくれた。
顧問の竹本先生と、部長の風閒である。
「遠いところ、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ合宿のお誘いありがとうございました」
桜子先生は挨拶をしながら、竹本先生の左薬指をさりげなくチェックする。
指輪なし。心の中でガッツポーズした桜子先生は、猫をかぶることにした。
そんな桜子先生を尻目に、風閒部長は爽やかな笑顔で挨拶をする。
「今日から二日間、よろしくお願いします。午前中は施設の説明をさせていただき、昼食時にミーティング。午後から本格的な練習というスケジュールで考えています」
お昼まで少し時間があり案内は長くなりそうだが、つばさ達は移動疲れでヘトヘトだったので一息つける余裕があるのはありがたかった。
宿泊場所、食堂などを案内されていると、そこはとても綺麗で行き届いていた。食堂などは自動調理機を設備しているらしく、生徒は食料を準備して、料理を選択すれば良いだけらしい。当然、食器も自動洗浄だった。
「じゃあ、次にフライングレース部の施設を案内します」
そう言って連れて行かれた施設を見て、つばさたちは驚いた。




