第33話
「ほーう。がっかりしたのか。まあ、今日はひよこたちの初飛行だからな」
ナタリーだ。
「ひやぁぁ! ブハッ」
あまりのことに、つばさは声を上げて、お弁当を吹きだした。
そして、口にご飯粒をつけたまま慌ててナタリーの方を振り返ると、その顔は若干引きつっていた。
「お前たち、彩珠学園だって言っていたな。いつの間にフライングレース部が出来たのか知らねえが、ひよこたちの飛行だけを見て馬鹿にされたままでは、ウチの先輩たちに申し訳が立たん。よって、お前たちに練習試合を申し込む。こっちの練習を見学させたんだ。断ったりはしないだろうな!」
ナタリーは有無を言わさず、畳みかけてきた。
つばさは、別に馬鹿にしたつもりはなかった。初めて見るフライングレース部の練習に、過度の期待を持っていただけだった。しかし、自分が言ったことを冷静に思い返すと、それは、ナタリーたちを馬鹿にしている言葉としか受け取れないものだった。
それに気が付いたつばさは。慌てて立ち上がり言い訳をしようとする。
「違うんです! 誤解です。そういう意味じゃなくて……」
「わかんねぇな。何が誤解なのか。ウチはただ、お宅の部に練習試合を申し込んだ。それ以上でも以下でもねえ。初対面のお前に見学飛行まで許したウチたちに対して、その申し出を断るって言う、不義理をするわけじゃねぇだろうな。日程は五月五日でどうだ? 祝日だし、天気予報では天気も風もちょうどいい。おお、先輩たちからオッケイも出たぞ。お前たちの練習場はここか? それとも学校か? どちらでも出向いてやるぞ」
ナタリーは自分のタブレットを操作して、天候を調べたり、学校の部員に連絡を取ったりしてどんどん話を進めていく。
「いや、ナタリーさんちょっと待ってください。あの、ボクたち、まだ正式な練習場がなくて……」
「わかった。じゃあ、ウチの学校に来い! 住所と時間を今から送る。じゃあな。当日楽しみにしているぜ!」
「ちょっと、まって……」
「あと、申し訳ねえが、午後の見学はキャンセルだ」
つばさに言い訳をさせてくれる暇も無く、ナタリーは言うだけ言うと、さっさと行ってしまった。
呆然と見送るつばさ。
「……どうしよう」
自分の不用意な言葉が、ナタリーを怒らせてしまった。
力なく椅子に座り込んで後悔しているつばさは、千尋に助けを求める。
「どうしよう、チーちゃん」
つばさはどうしたら良いか分からず困っていると、少し考え込んだ千尋は何か思いついたように顔を上げた。
「つーちゃん、これは逆にチャンスかも知れないよ」
「へ!? どういう事?」
「桜子先生が言ったことを覚えている?」
千尋は真剣な顔で、つばさに問いかけた。
しかし、ナタリーの事になんで桜子先生が関係するのか、つばさにはさっぱりわからなかった。
ただ、千尋がそんな顔で言うのならば、何か関係があるのだろう。
つばさは桜子先生が言ったことを思い出していたが、問題解決の糸口になるようなことはさっぱり思い出せなかった。
「わかんないよ。チーちゃん」
「忘れちゃったの? 実績よ、実績。部の設立に部員数と実績が必要って言っていたじゃない。今、部員数は一人足りないけど、逆に実績が先につけば、部員の件は時間を貰えるかも知れない。今、調べたら浅間山高校って去年は全国三位になっている強豪校よ、練習試合とは言え、強豪校に勝てば学校だって文句言えないと思うのよ」
千尋はタブレットを操作して去年の学生フライングレースの大会の記事を見せる。そこには一年生の頃のナタリーも写真に写っていた。
確かに、全国三位の学校に勝つことが出来れば、それは大きな実績かもしれない。
しかし、今、つばさが悩んでいるのはそんな事では無かった。
「チーちゃん、そうじゃないんだよ。確かにボクたちの部のことも大事だけど、問題なのはボクがナタリーさんを怒らせちゃったことだよ」
つばさはじわりと、涙が出そうになるのを感じた。
自分の浅はかな言動を後悔して、胸が苦しい。真面目に練習しているナタリーたちを馬鹿にするような事を言ってしまった自分が恥ずかしい。
後悔の念で一杯のつばさに、千尋があっさり答えた。
「ああ、その事?」
「その事だよ。ねえ、どうしたらいい?」
「ああ、それなら簡単よ」
千尋は自信満々で、タブレットに映る漫画を見せていった。
「タイマンはったら、ダチ公だ!」
それはずいぶん前の漫画だった。千尋はこう見えて漫画マニアである。
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだよ~」
「まあ、とりあえず、練習試合をしないことにはナタリーさんも納得しないでしょう。練習試合でつーちゃんの実力を見せてから、もう一度話をすれば良いんじゃない?」
「え?」
「え? じゃないの。だって、今、話をしてもナタリーさんも頭に血が上って話が出来る状況じゃないでしょうから、練習試合の後にしっかり話をするしかないんじゃないの?」
確かにあの感じでは、まともに話を聞いてくれそうにない。
だったら、全力で自分の気持ちをぶつけるような試合をするしかない。
つばさは覚悟を決めた。
「わかった。ボク、頑張る!」
「うん、つーちゃんは元気が一番!」
つばさは残りのお弁当を平らげる。
今、出来る事は、ボクのフライングレースにかける思いを練習試合でぶつけて謝ろう。そう、心に決めたつばさは気合いを入れる。
「よし、やるぞ!」
「あの~」
つばさが気合いの声を上げると、優香子が恐る恐る手を上げた。
「どうしたの、ゆっこ」
「盛り上がっているところ、申し訳ないのですが、ちょっと気になる事が……」
「なに?」
「学生レースって四人で一組ですわよね」
「そうよ、でも一人はナビゲーターだから、練習試合ならワタシがナビをしながら飛ぶから、三人いればとりあえず、練習試合は出来るわよ」
四人一組が基本だが、千尋が言う通りフライトをするのは三人である。最悪ナビゲーターがいなくてもレースはできる。練習試合だから、そこは向こうにも事前に連絡すれば問題ないだろう。
「それなのですが、ウィングスーツで飛べる人間が三人必要なのですわよね。まだスカイダイビングでも独りで飛べないのに、わたし、五日までにウィングスーツで飛べる条件をクリア出来るのでしょうか?」
優香子の言葉に、つばさと千尋はカレンダーとにらめっこした。
昨日が四月二十四日。五月四日まであと九日。たしかに学校をサボって練習したとしても、どう考えても足りない。そもそも学校をさぼるわけにも、いかない。
「ゆっこ! 実はフライト経験があったって事無い!?」
優香子は悲しそうに首を横に振る。
それもそうだ、それならば、ダイビングスクールに入会する必要ない。
「しまった!」




