第32話
つばさはナタリーについて更衣室を出ると、男の子たちはすでに準備を終えて整列していた。それを確認したナタリーは緑地に虎が描かれた、まるでスカジャンのようなウィングスーツを身につけている男の子に声をかける。
あの目付きの悪い、ツンツン頭の男の子だ。
「伊吹、男全員のウィングスーツの確認はしたな!?」
「全員、この目で確認したッス。問題なかったッス」
「よし、今日は一年生の中でも経験者のみの練習会だ。練習内容は事前のブリーフィングの通り。一本目は編成飛行。ウチが先頭で先導する。ひよこどもは伊吹を中心にV字編成でついてこい。ただし、ついて来られない場合は無理をせず、最後尾を飛んでいる華代の指示に従え。華代が問題ありと判断した場合、インカムに指示が入るから、自分が行けると思っても華代の指示に従え。それが守られない場合はその場で今日の練習は強制終了させる。いいな!」
ナタリーの説明に他の人達は、元気よくハイと返事するだけだった。
「それと、今回、特別にちびっ子見学者がつくが、いないものとして練習しろ。変にかっこいいところを見せようなんて思うなよ。特に伊吹!」
名指しされた伊吹は、心外だと言わんばかりに反論する。
「そんな事をしなくても、俺は普段から、かっこいいので大丈夫ッス!」
「おう、アホの伊吹は放っておいて……華代、ちびっ子の面倒もお願いできるか?」
背の高い華代さんはにっこり笑って頷いた。
「それでは全員、今日のインストラクターを務めてくださる橘さんに礼!」
そう言って、みんなが礼をすると、橘先生は今日の練習の注意点を説明し始めた。
それによれば、ナタリーたちは優香子たちと同じセスナで空に上がる。つまり、つばさの父親が操縦するセスナで上空に出るらしい。もちろん、スカイダイビングをする優香子たちも、同乗するのだが。
その後、優香子たちも合流しセスナに乗り込む前に、ナタリーさんたちはパイロットルームに向かって、頭を下げた。
「よろしくお願いいたします!」
「お願いします!!!」
思わずつばさもつられて、自分の父親に頭を下げる。すると、そんなつばさの様子を見て、つばさの父親は照れくさそうに笑っている。その時、つばさは父親が手伝ってくれるのが普通になって、これまでお礼を言っていないことに気が付いた。
それは駄目だよね、今日帰ったらちゃんとお礼を言おう。
そんなことを考えながらつばさはセスナに乗り込む。空高く舞い上がったセスナから初めに飛び立ったのは優香子たちだった。
優香子たちが飛び立つと、セスナは移動してウィングスーツ用の空域に移動した。
そこでまず、背中に骸骨を描いたウィングスーツを着たナタリーが飛び立った。それに続いて、他の生徒達が次々に飛び立ち、つばさと華代だけになると、華代はつばさに先に飛ぶように手で合図をする。
つばさは頷き、大空に飛び出すと、ナタリーたちに向かって飛ぶ。
編隊を組もうとする五人を邪魔しないように、少し離れたところから全体が映るように飛ぼうとするとインカムが鳴った。
「こちら華代。通常飛行に入りました。ナタリーおよび一年生五人プラスアルファを確認しました」
「こちらナタリー。了解です。ひよこども遅れないようについてこいよ」
ナタリーはそう言うと、ゆっくりと左に旋回を始める。それの動きに合わせながら五人も同じように左旋回を始めた。その動きは初心者だからなのか、なんだかぎこちないようにつばさには見える。一応、編隊飛行をしようとしているのだが、ナタリーの動きについていくのが精一杯のようだった。そして、生徒同士が近づきすぎたりすると、橘先生が生徒を引っ張り、距離を取らせる。
その後もナタリーは、伊吹たちの力量を試すように速度を変えて右や左に飛ぶ。
特に難しい飛行はないのだが、彼らの半分以上は上手く飛べていなかった。
それを見て、つばさはちょっとがっかりした。まだ、一本目だからなのだろうか? 高校生ならばもっと高度な練習をすると思っていた。しかし、二本目も同じような感じの飛行で終わり、昼食の時間になると、つばさは地上で先に降りていた千尋たちと合流した。
「ゆっこはどうでした?」
「順調ヨ」
当たり前のように、今日もモニカはつばさたちと一緒に食事をしている。
そのうえ、今日はパンすら持っていない。
そして優香子の重箱は、三段から四段にパワーアップしていた。
まさか、あの量を食べきると思わなかった優香子のお母さんが、あれでは足りなかったと判断して、もう一段増やしたらしい。
モニカは肉巻きおにぎりをほおばりながら、サムズアップする。
「午後もこの調子だと、今日中にタンデムは卒業出来るわヨ。でも、まだ経験不足だから、経験者と一緒に飛んで経験積んでね」
そして、千尋も画像を見て、今日の取れ高を確認している。
「撮影の方も順調。コレを今日、編集すればまた、チラシに乗せられるわ」
つばさは、優香子たちが順調なことに安心すると、少なめにしてもらったお弁当を大人しく食べ始める。
そんなつばさを見て、千尋は少し心配になった。
「こっちは順調だけど、つーちゃんは浮かない顔をしているね」
千尋が言うようにつばさには不満というか、気になることがある。しかし、それは口に出していい物なのかつばさは迷っていた。
しかし千尋にたいして隠し事が出来ない。つばさは素直に話をするにすることにする。
「午前中、高校のフライングレース部の練習を見学したんだけど……」
「まあ、そのために別行動したんだからね。それでそれの何が不満なの?」
「……なんか……ね」
「なんかじゃ、わからない。分かるように話して」
煮え切らない様子のつばさに千尋がせかす。
「あのね。高校のフライングレース部ってもうちょっと、こう、なんかね」
「なんか、何なの?」
「もっと上手な人達が、集まっているのかと思っていたんだけど、そうでもなかったんで、ボク、少しがっかりしたんだ」
その時、後ろから千尋や優香子ではない声がかかった。




