第30話
部員集めも大事だけれど、つばさたちの目標は日本一になる事だ。そのためには他の学校のレベルを知ることも重要な事である。その機会がこんなにすぐそばにあるなんて、こんな幸運を放っておく訳にはいかない。つばさは即座に訊ねる。
「それって見学できるのですか?」
「それはワタシに聞かれても困るわヨ。優香子ちゃんは、明日も午前午後ともにフライトが入っているから無理だけど、二人は明日、聞いてみたら?」
モニカは二個目のウサギリンゴを食べ終えて答える。
「チーちゃん、明日はゆっこのためにも動画を撮らせて貰おうよ」
「そうね。ところで、モニカさん。フライングレース部に入って貰えませんか? スカイダイビングのインストラクター資格があるなら、ウィングスーツも大丈夫ですよね」
つばさの言葉に軽く答えて、千尋はもう一度ダメを押す。
しかし、モニカは、自分で買って来ていた甘いカフェオレを、一口飲んで、首を横に振った。
「ワタシは資格的には飛べるし、飛んだこともあるわヨ。でもいやヨ。ウィングスーツって身体にぴったりしているじゃない。ワタシがあんなの着られるわけがないでしょう。こんな身体で恥ずかしい。さあ、そろそろ、午後のフライトヨ。優香子ちゃん、お弁当ありがとうね」
モニカは優香子のお弁当の半分近くを一人で食べ終わると、スタッフルームへと戻っていった。
「あんなに食べて、午後のフライト、大丈夫なのかな?」
モニカを見て、つばさはちょっと心配になった。
そんなつばさの心配とは別に、悲しみの悲鳴が上がる。
「おはぎ、ほとんど食べられてる! 楽しみにしてたのに」
生粋の甘党の千尋は、楽しみにしていた優香子のおはぎをほとんどモニカに食べられて、思わず叫んだ。
「モニカさん……許さない」
今にもモニカを殺しかねない目つきで睨む千尋。
食べ物の、特に甘い物の恨みは怖い。
つばさはあわてて、自分の分のおはぎを千尋に差し出した。
「ボクの分を食べていいから、落ち着いて。チーちゃん」
「わたしの分も食べていいですよ」
優香子も危険な空気を感じ取ったのか、つばさ同様、千尋におはぎを差し出した。
「ありがとう、二人とも」
千尋は目をうるうるさせながら、つばさと優香子にお礼を言いながら、おはぎをほおばった。
つばさたちの機転で千尋は不機嫌にならずにすんだ。
こんな一波乱がありながらも、その日の優香子のフライトは全て合格し、無事に明日のマンツーマンでのフライトが出来るようになった。
そんな、訓練でヘトヘトの帰り道、お父さんの助手席に乗っていたつばさは『ああっ!』と突然大声を上げて、後部座席の二人に振り返った。
その声に抗議するように千尋が答える。
「な、何よ、つーちゃん」
「ねえ、モニカさんって、モニカ・シューティングスターって事ないよね」
「……」
「……」
つばさの問いに千尋も優香子も目を丸くして、言葉を詰まらせていた。
そしてしばらくの沈黙の後、千尋が口を開いた。
「まさか、そんな事ないでしょう。だって、体つきも顔も違っているでしょう。モニカさんにはそばかすなんてなかったわよ」
モニカ・シューティングスターにはチャームポイントのそばかすがあるのだが、モニカにはそれがなかった。しかし……
「体形は三年たてば変わるし、そばかすは化粧やレーザーなんかで消すことが出来るよ」
「そうかもしれないけど、モニカ・シューティングスターが表舞台から消えたのって、亡くなったか怪我でレースを続けられなくなったと言う考えが一般的よね。モニカさんにそんな様子はなかったよ。それに、あのモニカがレースを引退してもウィングスーツを辞めるとは思えないわ。スカイダイビングのインストラクターするくらいなら、ウィングスーツのインストラクターをするんじゃない?」
それはつばさも気になっていた。あのモニカ・シューティングスターが飛ぶことが可能なのにもかかわらず、ウィングスーツから離れられるとは思えない。それほどつばさには、彼女はウィングスーツで飛ぶことが大好きに見えた。だからこそ、つばさは憧れた。どんなにスゴイ選手でも、そのスポーツが好きだという気持ちが伝わらなければ、そのスポーツをやってみようと思わない。その点、モニカ・シューティングスターはフライングレースが好きで好きでたまらないと言うのが動画で見ても伝わってきた。
「……確かに、そうだけど……名前も一緒で」
「モニカって名前自体そんなに珍しくないし、モニカさんは橘モニカであってシューティングスターじゃないでしょう」
確かに千尋が言うように、モニカなんて名前はどこにもいる。
きっとつばさは、あの憧れがすぐ近くにいる。そんなマンガのような展開を心の奥底で望んでいたのだろう。
そう、現実的に考えれば、世界中が探している、あのモニカ・シューティングスターが、こんな近くにいるはずがない。
「でも、モニカさんを勧誘するの自体は賛成だけどね。ウィングスーツ経験者のモニカさんは新入部員としては理想的だからね。さて、どうやって入って貰おうかな」
そう言うと千尋の丸眼鏡がキラリと光った。




