第3話 プロローグ3
「さあ、これでモニカ選手の優勝は確実になりました!! さて、このまま完全優勝を狙っていくのでしょうか?」
「チームの作戦次第ですが、このスピードを見る限り、彼女は狙っているようですね。しかし、今期トップのトム選手が簡単に一位を譲るとは思えません。どのようなファイトを見せてくれるでしょうか。おっと、トム選手が進路を譲った」
コース上では、司会者の言葉通り、ファイアマークを施したウィングスーツを身に着けたトムは進路を譲るように、横にスライドした。
つばさは、千尋に尋ねる。
「トムは諦めたの?」
「トム選手はすっごくプライドの高い選手よ。新人のモニカ相手に、簡単に譲るとは思えないわ。逆に順位に関係なく、意地でも一泡吹かせようって思っているんじゃないの?」
実際、千尋の言葉通り、トムは『抜けるものなら抜いてみな、お嬢さん』と言わんばかりに、身体を小刻みに横スライドさせて挑発している。
横についたとたんにタックルが来る。そんな、つばさでも分かる見え透いた罠。
しかし、そんな見え透いた罠に、モニカはまっすぐ突っ込んだ。
一見、無策で突っ込んだように見える彼女の行動に、司会者は不思議そうな口調になっていた。
「これは、こんな簡単な罠にかからないだろうという心理を、逆についた心理戦でしょうか。それとも、自分のスピードに絶対の自信があるからでしょうか。しかし、トム選手、冷静にタックルを仕掛ける。これには減速か、上へ逃げるかしかないでしょう」
減速すれば当然抜くことができない。それを見越して、下に加速して逃げられないように、トムはセオリー通り、斜め上からタックルをかける。
大人と子供ほどの体格差のある二人がぶつかれば、モニカは吹き飛ばされるだろう。そうなれば良くても順位を大きく下げる。悪ければそのまま非常用のパラシュートが開き、棄権になってしまう。そうなれば、総合優勝も危うくなる。
絶体絶命。
そう思ったとき、つばさの口から自然に応援の声が出た。
「頑張れ! モニカ!」
次の瞬間、誰もが接触したと思ったその時、つばさはあり得ない風景を見た。
これまでのフライングレースにおいて、見たことがない動き。
それは、トムの背中に倒立するモニカ。
まるで二人で示し合わせて行っているような、美しい倒立。この種目がテクニカルだとしても、高い評価点が与えられるとさえ思えるほどの流れるような動き。そんな動きをモニカを倒すために猛スピードで飛ぶトムの上で行ったのだ。
「何、ナニ、なに! ねえ、チーちゃん、フライングレースって、あんなこと出来るの! かっこいい!」
「なっ、なに! あれ! 初めて見た!」
それまで、興奮するつばさに対し、冷静に説明していた千尋が初めて驚きの声を上げる。
それは、千尋と一緒にいるつばさにとっても、めったに聞かない彼女の興奮した声、それだけで、モニカの動きが特別な物だと誰よりも分かる。
そんな動きを間近で受けているトムは、完全にモニカの姿を見失っている。
そして、つばさたち二人だけでなく、司会も、解説者でさえ全ての観客が息をのんだ瞬間、モニカは大きく足を振り降ろしてトムを蹴り落とした。
予想外の方向から加えられる衝撃になすすべのないトムは、そのまま急降下していった。
そんなトムを踏み台にしたモニカは、悠々と最後のチェックリングであるゴールを通過する。
そんな様子に言葉を失っていた司会者が、自分の仕事を思い出した。
「な、なんということでしょう。ウィングスーツであのような動きが可能なのでしょうか!」
「私も初めて見ました。逃げるでもなく、タックルで押し返すでもない第三の選択肢。これはフライングレースの歴史が変わったと言っても過言ではありません」
興奮する司会と解説者の熱は、観客を増々ヒートアップさせた。
そんな中、三種のレースを全てトップで終え、文句なしの完全優勝を決めたモニカは、悠々とウィニングフライトをして、見上げる観客たちを沸かせている。
まるで本物の鳥のように悠々と空を駆けるモニカ。
そして、その熱狂する観客の中で、そんなモニカの姿をうっとりと見つめているつばさはひとつの決意をした。
「チーちゃん、ボク、決めた!」
「何を?」
「ボクもフライングレースをやる! そして、モニカのようなプロレーサーになる! 岬のかわりに」
「つーちゃんが、フライングレースを? うん、いいと思う。わたしも手伝うよ」
ずっと元気がなかったつばさを半ば無理やりレース観戦に連れてきた千尋は、目を輝かせているつばさを見て、ほっとしたように、その夢に賛成する。
こうして、九才の少女二人の未来を決めてしまうほど、そのレースは衝撃的で、伝説と呼ばれるのにふさわしいレースとなったのだった。
そして、そのレースは天才少女モニカ・シューティングスターの最後のレースでもあった。