第29話
食堂と行ってもプレハブ小屋にテーブルと椅子が用意されているだけで、持ってきたお弁当や近くのコンビニで買ってきたものを食べられるだけのスペースである。
つばさたちは、各々持ってきたお弁当を広げ始めると、つばさは優香子のお弁当を見て、驚きの声を上げた。
「ゆっこ、そんなに食べるの?」
そのお弁当はおせちのような三段重ねの重箱である。どう見ても、女子中学生一人が食べる量ではなかった。
「あの~恥ずかしいのですが、みなさんとスカイダイビングに行くことを話したら、ママがなんだか張り切って作ってくれたのですわ。みなさんで食べるようにって……」
そう言いながら広げた重箱は、一番上がおかずで、二番目がいなり寿司、三番目が果物とおはぎがぎっしりと詰め込まれている。
「ゆっこのお母さんがこれを一人で?」
「さすがにママひとりだときつかったみたいで、おばあちゃんも手伝っていましたわ」
ふたりがかりの力作を前にして、つばさと千尋は豪華なお弁当そのものは嬉しいながらも、そのあまりの量にちょっと引いていた。
というのも、このごちそうだけを三人がかりで食べるのなら、なんとかなるだろうが、自分たちのお弁当もあるからだ。
そうだ、お父さんがいる。つばさはそうも考えたが、父親はお母さんのご飯が大好きで、そんなお母さんの弁当を残さない。となれば、そんなにお腹に余裕があるとは思えなかった。
つばさたちがどうしようか戸惑っていると、モニカが声をかけてきた。
「すごいわね。運動会か遠足?」
つばさがモニカを見ると、その手には袋パンを持っていた。
それを見たつばさは、一秒でモニカに提案する。
「橘さんも一緒にご飯を食べませんか?」
「え、いいの?」
モニカは、嬉しそうに答えた。
パンならば日持ちがする。今、食べなくても明日の朝ごはんでもいいだろう。だったら、目の前のご馳走を優先するはずだ。そう考えたつばさの目論見は見事に当たった。
「ゆっこもいいよね」
「はい。いっぱいありますので、モニカさんも一緒にいかがですか?」
つばさが優香子に了解を取ると、モニカはパンとカフェオレを脇に置いて座った。
「あ、そうだ。空野さんのお父さんは、パパ達と一緒にスタッフルームでご飯食べるって言っていたわヨ。なんだか、娘の反抗期で相談があるとか、ないとか言っていたみたいけど」
父親は車の中のつばさの言葉を、気に病んでいるようで、子育て先輩の橘先生に相談するつもりだろう。
そのおかげで、女の子四人でご飯を食べることになった。
つばさは自分のお弁当を優先的に食べながら、優香子の重箱に入っている肉巻きやだし巻きなどをつまむ。ちょっと薄味の上品な味は白ご飯にモノ足らないかなとつばさは思ったが、味の濃いいなり寿司とのバランスがちょうど良かった。
そうして、モニカは優香子のお弁当の海老フライを食べながら、つばさたちに話しかけてきた。
「ところで三人はフライングレース部なのでしょう。なんで、フライングレースなんてやろうと思ったのヨ」
その問いに一番初めに口を開いたのは、優香子だった。
「私はお兄ちゃんの影響で、初めはハンググライダー部に入ろうと思っていたのです。でも仮入部期間中につーちゃんに助けられたのと、つーちゃんの動画を見て、私もやってみたいと思ったのですわ」
「そうなのね。高田君、がっかりしなかった?」
「がっかりしていましたけど、ちゃんと説明したら、俺の代わりに頑張れと行ってくれましたわ」
「うん? 俺の代わりに? なんかよく分からないけど、高田君は納得しているのね。空野ちゃんは?」
高田部長とつばさのかけレースの事情を知らないモニカは、コロッケを口に運びながら優香子の説明を聞くと、つばさにも聞いた。
「ボクはちいさい頃からサッカーやっていたんです。でも、ボクって小さいじゃないですか。どうしても男の子や身体の大きな子たちに当たり負けしちゃって、嫌になっていた時期があったんです。その上、悲しい出来事が重なってサッカーを止めちゃって……でも、そんな時にモニカ・シューティングスターのレースを見て感動したんです。小さな身体で大の大人たちを手玉にとって優勝する。何よりも全身で楽しそうに飛んでいた彼女に憧れて、フライングレースやろうって、決めたんです」
「ああ、あのレースで始めたパターンね。結構多いみたいヨ。そういう子。それで、飛鳥ちゃんはどうして始めたの?」
モニカはいなり寿司を飲み込むと、つばさの言葉を深く追求せず、千尋にも同じように訊ねた。
「わたしは、つーちゃんがフライングレースを始めるって言うので、始めました。わたしの夢は、つーちゃんを日本一のフライングレーサーにする事なんです」
「自分が日本一になるんじゃなくて、空野ちゃんを日本一にしたいの?」
「はい! それがわたしの夢で、目標で、生きがいなのです」
「その年で生きがいって……まあ、人それぞれだから、いいんだけどね」
そう言ってモニカは、唐揚げをつまんだ。
そんなモニカに、千尋が逆に質問する。その表情は真剣だった。
「橘さん、ちょっと聞いていいですか?」
「モニカでいいわヨ。何かしら? あ、これ、美味しい」
モニカは食べかけのいなり寿司を飲み込むと、にっこり笑った。
「モニカさん。ウィングスーツで飛んでいる私たちの動画を見ていますよね。それも一回や二回じゃなくて、何十回も」
千尋は、例の動画再生リストが出ているタブレットを、モニカに見せた。
「……」
モニカは黙ってタコさんウインナーを食べながら、千尋の続きの言葉を待っている。
つばさがタブレットを見ると、確かにモニカの再生回数が三十二回となっている。それは、元ハンググライダー部の人達を含めてもダントツの一番だった。
そうだ。同じ学校で、スカイダイビングのインストラクターが出来るくらいの力量なら、彼女にフライングレース部に入って貰えばいいんだ。つばさは千尋が言わんとすることに気がついた。
「モニカさん、フライングレースに興味はないですか?」
「ないヨ」
モニカは、おはぎをほおばりながら、あっさりときっぱりと答えた。口の周りにあんこをつけたままで。
しかし、それくらいで引き下がる千尋では無かった。
「じゃあ、なんで、わたしたちの動画をあんなに見てくれたのですか?」
「うーん、ワタシも飛ぶ者として気になっただけヨ」
「気になっただけで、三十回以上も見ないですよね」
三個目のおはぎを口に運んだモニカに、千尋が詰め寄る。
しかし、モニカは千尋の追求をものともせず、軽くかわすように、ぺろりとおはぎを食べて答える。
「ほら、うちってスカイダイビングスクールでしょう。あなたたちみたいにウィングスーツで飛ぶ人もいるから、気になっただけヨ」
「ウィングスーツで飛ぶ人ってうちの学校の人ですか?」
「違うわヨ。だいたい、大人や大学生ヨ。高校生もいるけど他の県ヨ。確か、明日も予約が入っていたわね。群馬の高校のフライングレース部」
「フライングレース部!!」
その単語に、つばさたち三人は顔を見合わせた。




