第26話
昨日の夜、つばさは優香子に土日の自主練のメールをしていたのだった。優香子はハンググライダーの技能証持ちではあるけれど、スカイダイビングの経験が全くない。ウィングスーツで飛ぶ資格にはハンググライダーの技能証は必須ではないが、持っていればスカイダイビングの規定回数がかなり緩和される。
それでも、単独でのスカイダイビングの経験は必須なのだ。
さらに、単独でのスカイダイビングを行うには、座学の他、最低七回のインストラクターと一緒に飛ぶタンデムフライトをこなさなければならない。
この辺りがウィングスーツで飛ぶだけでもハードルが高いと言われる所以である。
つまり優香子がフライングレースに選手として参加するための道は、まだまだ長いのだ。
今度の土日を使って、とりあえず単独でのスカイダイビングができるようになっていなければ、秋の試合までの日数を考えても、時間的にかなり厳しい状況なのだ。
そのため、つばさは土日をフルに使って、スカイダイビングに行こうと連絡していたのだった。
優香子も部員集めに気を取られていて、忘れていたようで、慌てて答える。
「すみません、連絡遅くなりましたが、大丈夫です」
「じゃあ、インストラクターの先生に連絡しておくね」
なお、単独フライトに必要な座学や七回のタンデムフライトはただ、受ければいいというものではない。インストラクターに合格と認められなければ、先に進むことはできない。
そんな時間の無駄を回避するために、千尋は優香子の勉強を提案した。
「新入部員のことは、各自考えるとして、ゆっこの勉強をしようか」
「ちなみにわたし、この学校で友達と呼べる人は、お二人が初めてなのですわ」
そう言って優香子はちょっと恥ずかしそうに笑った。もちろん優香子の言葉にそんな意図はなかっただろうが、それはつまり、勧誘する友達がいないと言うことを意味する。
そんな優香子の言葉に二人顔を見合わせて少し苦笑いしながら、優香子のためにスカイダイビングの勉強を始めたのだった。
~*~*~
そして、優香子が初めてスカイダイビングをする土曜日になった。つばさの父親に連れられて、つばさたちは優香子のためにスカイダイビングスクールに向かっていた。あの元木が逃げ出したスカイダイビングスクールに。
ちなみに、これまで新入部員問題は全く進展がなかった。
「今日は女の子か。お父さん、うれしいな」
「お父さん、キモい。黙って運転して」
元木の時と明らかに違う態度の父親に、つばさは助手席から文句を言う。
でも、まあ、お父さんの気持ちはわかる。ゆっこもチーちゃんも可愛いもんね。つばさは心のなかでそう思いながらも、父親のにやけ顔の嫌悪感の方が勝った。
そんなつばさに後部座席から優香子がおそるおそる聞いてくる。
「つーちゃん、インストラクターの方はどのような方ですか?」
人見知りで特に男性が苦手な優香子は心配そうに聞いた。
これまで、色々と習い事をしている優香子だが、そのたびに講師とは必ず事前の顔合わせをして相性を確認している。ところが、たった二日間とはいえ、今回は事前に顔合わせをしたわけではない。なので、人見知りの優香子としてはインストラクターがどんな人なのか、気になって仕方が無い様子なのだ。
そんな不安そうな顔をしている優香子を元気づけるように、つばさは明るい声で答える。
「今日、お願いした橘先生は、ボクもチーちゃんも習っていた優しい先生だよ。だからゆっこも怖がらなくて大丈夫だから」
「本当ですの?」
つばさの言葉に優香子は、ぱっと花が咲いたような顔になる。
優しい先生という言葉もそうだが、二人が習っていた先生と言うのに安心したようだった。
「本当、本当。そうだよね。チーちゃん」
「まあ、優しいよ。普通にしていれば」
「普通に……ですか」
千尋の言葉に優香子は、なんだか花がしぼんだような表情になっていた。
つばさは、せっかくゆっこの不安が和らいだのにと、千尋に文句を言おうとすると、千尋は言葉を続けた。
「そう、普通にしていればね。ゆっこもハンググライダーをしていたなら、わかっているでしょうけど、安全対策はしっかりしているとはいえ、空って危ないのよ。だから、真剣に空に向かい合っていない人には厳しいのよ」
「真剣に……空に向かい合う」
優香子は。自分に言い聞かせるように千尋の言葉を繰り返した。
つばさは千尋の言葉に、自分たちが習っていた頃を思い出していた。
橘先生は、厳しくそして、優しい人である。だからこそ、小学生だったつばさの夢を話したとき、一切ふざけもせず、真剣に話を聞いて指導をしてくれた。橘先生だったからこそ、つばさたちはフライングレースを続けられたと言っても過言でない。
そして、そんな先生だからこそ、つばさたちはまず、フライングレースの厳しさ、危険をたたき込まれた。だから、実は元木事件のあと、千尋は橘先生にもこっぴどく怒られていたのだ。
「分かりましたわ。私、真剣に頑張りますわ」
そんな気合いを入れた優香子を含めたつばさ達は会場に着くと、優香子はつばさたちに手を振って、座学教室に入っていった。




