第24話
それによれば、在校生の中でハンググライダー部を辞めた生徒は全部で二十三人。
そのうち、五人は高等部三年生で、大学受験に集中するため自主退部をしたそうなので、入部をしてくれる可能性は低いだろう。
そして、残り十八人の内、十人はすでに別の部に転部していて、残りは八人。その内、六人は高等部の生徒で、動画を見てくれているのは三人だった。
結果、今日中にこの高等部の三人を勧誘することが、今日の放課後のミッションに決まったのだった。
そして、放課後、授業を終えたつばさと千尋は教室を飛び出した。そのまま、ふたつ隣の教室の優香子と合流して、高等部に走る。
メールで連絡する手もあったのだが、見ず知らずの中等部一年のメールなど、怪しすぎて誰も開かないだろう。だったら直接会いに行って話をするしかない。
人数的には、あちらは三人、こちらも三人。
千尋はつばさと優香子に再確認のために言った。
「いい、一人一殺。あ、間違った。マンツーマン勧誘だからね」
「うん、わかっている。高田さんもよろしくね」
「は、はい。わかりましたわ」
「大丈夫だって、相手は女性だから」
おとなしい高田には三人の内、唯一の女の子の勧誘をお願いした。
可愛い高田が、男の子を勧誘してくれるとイチコロのはずだが、男の子と話すのが苦手だと言う高田に無理をさせられない。そう考えたのだ。
なので、つばさは自ら男の子のところに行くことにした。
相手は高等部三年の森川卓。ハンググライダー部を辞めた理由は簡単。
『飽きた』
そんな理由で高等部一年の時に、ハンググライダー部を辞めたらしい。
どう飽きたかは知らない。でもただ、飽きただけなら、ハンググライダーとは違うフライングレースに興味を持つかもしれない。実際につばさの動画には興味を持っていた。だから、入部してくれる可能性は高いはず。
そう考えたつばさは、まだ半数以上の生徒が残っている高等部の教室を訪れた。
「失礼します!」
そこには金髪のぽっちゃりした女の人や肌の黒い男性、力士のようにでっぷりと太った男性に混じって、見知った顔を発見した。
「おい、空野じゃないか。なんで高等部の教室に?」
そこにはハンググライダー部の部長で、優香子の兄である高田部長がいた。
そうか、森川さんと高田部長って同じクラスだったんだ。それだったら高田さんにこっちを任せれば良かった。
つばさはそんなことを考えながらも、上級生の教室で知り合いを見つけたことで、ちょっとホッとする。
「高田部長、今、森川さんっていますか? 元ハンググライダー部だった」
「森川? ああ、いるぞ。おーい。卓、お前にお客さんだぞ」
「あ? どうした? 慎之助」
この時、つばさは初めて高田部長の下の名前が慎之助だと知った。
そんな高田部長の呼びかけに答えてこちらに来たのは、相撲部じゃないかと思うほど縦にも横にも大きな男の子だった。高田部長も背が高い方だけど、それよりも大きい。背の低いつばさからするとそこに壁が現れたようにも思える。ぬりかべって妖怪ってこんな人から出来たんじゃないだろうかと思うほどだった。
そのとき、ぬりかべ、ではなく森川は、呆然とするつばさを物理的に見下ろして話しかけてきた。
「俺が森川だけど?」
本人はそんなつもりはないだろうが、かなりの威圧感があるその言葉に、つばさは勧誘のための勇気を絞り出す。
「森川さんは、元ハンググライダー部ですよね」
「ああ、そうだけど……もしかして、あれか? 朝、チラシを配っていた子か? フライングレース部の……」
「はい、そうです。森川さんを勧誘に来ました」
森川は見た目に反して察しが良くて、つばさは助かった。
しかも、その口調は柔らかく、話しやすそうな雰囲気もある。その上、知り合いの高田部長が側にいる事もつばさには心強い。
「何だ。告白じゃないのか。俺にもやっとモテ期が来たと思ったら違うのかよ。悪いが、フライングレース部は入らないぞ。だいたい、こんな体形でウィングスーツなんて着られないだろう」
そう言って森川は自分の身体を見せるように、両手を開いておどけて見せた。その姿はまるで力士が土俵入りの時に両手を開いているみたいだった。
そんな森川に、教室の向こうから金髪のぽっちゃりとした女の子が、笑いながら声をかけた。
「そう思うなら、少しは痩せる努力をしなさいヨ。そんな身体じゃモテないわヨ」
「うるさい、ブタカ。お前にだけは言われたくないわ。世の中にはデブ専って言う尊い女子だっているんだぞ」
「うるさい、デブル。ワタシはプリぽっちゃであって、豚じゃないわヨ」
お互い、言い合っているようで、なんとなくお約束な感じで二人とも笑っていた。
つばさはなぜか、その金髪の女の子に初めて会った気がしなかった。どこか懐かしい感じのする女の子は赤い瞳を細くして笑っていた。
二人のやりとりを聞いていたつばさに気が付いたのか、高田部長が森川に話しかけてくれた。
「ほら、二人とも空野が驚いているじゃないか。それで、森川はフライングレース部に入らないのか?」
「入らないよ。そもそもこんな体形だとハンググライダーも乗れないだろう。いま110キロあるんだぜ」
「森川さん、体重だけの問題ですか? それだったら、ボクたちと一緒にトレーニングしましょう。確かに重すぎるのは問題ですけど、フライングレースの中のファイトは、ある程度体重があった方が有利なんですよ」
つばさの言うように、接触が前提のファイトはお互い同時にぶつかれば当然、身体の軽い方が跳ね飛ばされる。そんななか、今の部員は全員女の子で体重も軽い。特につばさは女の子の中でも背の低い部類で、三人の中でも多分一番体重が軽いだろう。そのため、真っ向からぶつかって来る相手に対し、あのモニカ・シューティングスターのように躱していくスタイルしか出来ない。そこに森川さんのように正面からぶつかれる人がチームにいれば、戦略の幅は広がるはずだ。
そんなつばさの考えを否定するように、森川はつばさの勧誘を断った。
「悪いけど、ハンググライダーもフライングレースも俺の中ではやるモノじゃなくて、見るモノなんだよ。応援はしているから、頑張れ。慎之助も今年こそ日本一になるんだろう。大会には応援に行くからな」
そう言うと、森川は鞄を持って教室から出て行ってしまったので、つばさは追いかけてその大きな背中に呼びかけた。
「森川さん、気が変わったら、一度見学に来てください。ボクの学生番号はコレです。まだ、正式な部じゃないので、裏山での練習出来ないですが、土日は自主練していますので、メールくれれば迎えに行きます」
「女の子からメールのアドレスを貰う理由が、部の勧誘か。色気ないな。はははは。まあ、気が向いたら連絡するよ」
そう言って、森川はそのまま帰って行ってしまった。




