第23話
つばさと千尋は次の日のお昼休み、お弁当を持って、職員室にダッシュで行くと、そこには昨日約束をすっぽかされて不機嫌な桜子先生が待ち受けていた。
つばさたちは平謝りしたあと、優香子が入部してくれた事を桜子先生に報告する。
「まあ、お前たちが興奮して、あたしとの約束をすっかり忘れた理由はわかった。しかしな、部活がなく、早く帰って、ビールを飲みたかったのを我慢してお前たちを待っていたあたしの気持ちも考えてくれ。せめて、あたしの電話に気が付いてくれよ」
「本当にすみませんでした。お詫びと言っては何ですが、先生の分のお弁当を持ってきました。この間、桜子先生、ボクの唐揚げを欲しそうに見ていたから自分でお弁当を作らないのかなって思って」
千尋の情報では、桜子先生のお昼ご飯はいつも学食かカップ麺と言うことらしい。
給料日後はしばらく学食だが、給料日前になると、安売りで買ったカップ麺を食べていると言うことなのだそうだ。
だから、お弁当でも作って行けば、機嫌を直してくれるだろうと言うのが千尋のアイデアだった。
しかし、つばさとしては、そんな食生活でこのプロポーションの維持がよく出来るなと不思議に思い、まじまじと見てしまう。
「そ、そうか。だが、生徒が先生にこんなことをするもんじゃない。いらぬ疑いをかけられる」
職員室で桜子先生は、他の先生を気にしているように、キョロキョロあたりを見て言った。そして、桜子先生は、つばさに顔を近づけて小さな声で付け加える。
「今度から、人がいないところでこっそり渡してくれ」
どうやら桜子先生の機嫌は直ったようだった。
そうして桜子先生はつばさたちを理科準備室に連れて行って、一緒にお弁当を食べ始めた。
「それで……昨日の用事は何だったんだ?」
「あ、先生、その前に、高田さんってまだ、ハンググライダー部に入っていないんですよね」
「高田? ああ、妹の方な。この前の事故の時は、まだ仮入部で入部届けは出ていないから問題ないぞ。しかし、ハンググライダー部でも大事な経験者だったんだがな。まあ、本人の希望なら、別にあたしが口出しする事ではないからな……おい、飛鳥、本人の希望なんだろうな?」
桜子先生の言葉に千尋は、猫かぶりの最大の可愛い笑顔を浮かべて答える。
「なんで、わたしに聞くのですかぁ~? 当然、高田さん自身の意志ですよぉ~」
「お前なら、何か策を弄してそうで、怖いんだよ」
「あら、先生。心外ですわ。わたし、こんなに素直ですのにぃ~」
「嘘つけ。それと、そのしゃべり方は気持ち悪いから、普通にしろ。それで、昨日の用事はそれだけか?」
桜子先生は、千尋が顧問のサインを騙してさせた事を根に持っているようだった。
もちろんそのことで、千尋は目的のために手段を選ばないところがあることに、この短期間で桜子先生は気が付いてもいた。そして、わざわざメールで呼び止めてまで、千尋が用もなく桜子先生に会いに来ることがない事も。
そんな警戒をする桜子先生に千尋は元ハンググライダーの人を教えて貰おうと、口を開いた。
「先生、ずっとハングライダー部の顧問なんですよね」
「ああ、そうだけど」
桜子先生は唐揚げを頬張りながら、答える。
それは、桜子先生のために母親にわざわざリクエストをした唐揚げ。そんな母の唐揚げを美味しそうに食べている桜子先生を見て、つばさはホッとした。
すると、唐揚げを美味しそうに飲み込んだ桜子先生は不思議そうに尋ねる。
「それがどうした?」
千尋は桜子先生に、元ハンググライダー部部員で動画を見た人に対して、勧誘をかけたいと説明する。
「あの動画にそんな仕掛けをしていたのか。やっぱり飛鳥は腹黒だな」
「仕方がないじゃないですか。つーちゃんとふたりっきりで、部員捜ししなければいけないのに、先生も手伝ってくれないし……」
千尋は顔を伏せて、眼鏡を取って、ハンカチでも目を押えた。
「飛鳥、嘘泣きはあたしには効かないぞ」
「嘘泣きじゃないんです。涙が出ていないだけで、心では泣いているんです」
「はいはい、わかった。まあ、それくらいは協力してやるが、無理強いはするなよ。あと、あたしから情報を流したことは秘密にしておいてくれよ」
そう言って、お弁当を食べ終わった桜子先生はタブレットを操作すると、名簿を千尋に送った。そしてそれから理科準備室の窓を開けて、換気扇を強で回し始めると、タバコを吸い始める。一応、匂いの出にくい電子タバコなのだが、校内全面禁煙のこの学校で足が付かないように気をつけているようだった。その手慣れた様子から、桜子先生がいつもここで吸っているのは明白だ。
それを見た千尋は、追加で秘密を守ることを約束する。
「大丈夫ですよ。タバコの件も秘密にしておきますから」
「あ! そうだった、こっちも秘密にしておいてくれ。特に他の先生方にはな。ああ、空野、お母さんにお弁当のお礼を言っておいてくれ。美味しかったですと」
こうして、名簿を手に入れた千尋は、放課後までにリストアップを終えたのだった。




