第16話
二人は次の日もチラシ配りをして、放課後はハンググライダー部と一緒に陸練、つまり地上でランニングや筋トレなどのトレーニングを行ったが、部員に関しては相変わらず増える気配がなかった。
そんな日々が続いた、その週の金曜日の昼休み。
「おーい、空野、飛鳥。いるかー?」
のんきにそう言いながら桜子先生が教室にやってきた。
フライングレース部活創立の連絡だろうか? メールで連絡くれればいいのだが、わざわざ来てくれる桜子先生は律儀だな。そんな事を考えながら、お弁当の卵焼きを飲み込んだつばさは手を上げて返事をする。
「はい、なんですか?」
「おお、まだメシを食べているのか。そのまま食べていろ。そっちに行くから」
そう言いながら、桜子先生が教室に入ってくると、生徒達がざわつき始めた。
サバサバお姉さん系美人の桜子先生は、生徒に人気が高い。男子生徒からだけでなく、むしろ頼れるお姉さんとして女子生徒からの方が人気である。
「せ、先生、椅子をどうぞ」
「ありがとうな」
その証拠に、つばさの隣の席の女子バレー部の田所が、桜子先生に椅子を自ら差し出していた。それはそれは嬉しそうな顔をして。
「お、美味しそうな唐揚げだな」
「あげませんよ。最後のお楽しみにしているんですから」
「つーちゃんの最後のお楽しみはいつも卵焼きでしょう」
「いらん。唐揚げを食べるとビールが欲しくなるから、昼間は食べないことにしているんだ。いや、それよりフライングレース部のことなんだが」
桜子先生は椅子に座ると真剣な顔つきになる。
その顔を見てつばさは期待を込めて尋ねる。
「創部は承認されましたか?」
「そのことなんだが、条件付きで承認されたよ」
「条件付きって何ですか? 部創立の条件はクリアしているはずですよね!」
事前に情報を確認していた千尋は、桜子先生に噛みついた。
当然、彼女のそんな反応を予想していた先生は、まあ落ち着けと説明を始めた。
「条件というのは部員数だ。フライングレースとなると、ハンググライダーと同様、設備費がかかる。普通の部と同様に二人と言うわけにはいかないんだよ」
「じゃあ、何人だったらいいんですか?」
「四人だ。本当は十人という案が出たのだが、大会に出られる最低人数四人で、あたしが抑えた」
あと二人であれば、元々部員を集めるつもりだったから、それ自体は問題なかった。どちらにしろ、練習時間なんかを考えると1学期中にあと二人入部させないと今年の大会参加はできない。そうつばさも考えていたから、つばさにとっても、もちろん千尋にとっても、むしろ思ったよりも常識的な条件だといえた。
「じゃあ、あと二人入るまで同好会になるんですか?」
「その件なんだがな……新部創立申請は四月いっぱいなんだ」
「え?」
虚をつかれて呆然となる二人。
そんな二人に、桜子先生は、申し訳なさそうに告げた。
「つまり四月中にあと部員が四人にならないと、部の創立は来年になる」
それは、つばさにとって寝耳に水で重大な宣告。桜子先生の言葉に、つばさは激しく混乱した。
四月まで部員が四人に満たないと、十代の貴重な一年間を棒にふるって言うことになるってこと? ここまで三年間準備してきた。あと、一年待たないといけないの? 嫌だ! 一年は長すぎる。
そして、つばさは感情のままに思わず、大きな声を出した。
「どうして何ですか!? 桜子先生は顧問なんでしょう。どうにかしてください。欲しければ唐揚げをあげますから。何だったら卵焼きもどうですか?」
「後藤先生な。ちなみに卵焼きはしょっぱい派か? 甘い派か? いや、そんな問題じゃない。逆に問題はあたしが顧問と言うことなんだよ」
「へ!? どういう事ですか? 先生以外にフライングレース部の顧問にふさわしい先生がいるってことですか?」
興奮気味のつばさの言葉に、桜子先生は困ったような顔をして答えてくれた。
「あたしはハンググライダー部の顧問だろう。ハンググライダー部は結構部費を使っているんだが、他の先生は私がフライングレース部と言うダミー部を作って、ハンググライダー部の経費に使おうとしているんじゃないかと言っているんだよ。その疑いを晴らすためにも、部員数を増やし、活動結果を示す必要がある。しかし、そこは少し譲ってもらえて活動結果自体はすぐに示すことは出来ないが、部員数の確保は出来るだろうという話の流れになってしまったんだ。それでも、十人以上という無茶な要求を、なんとか四人に抑えたんだから勘弁してくれ」
桜子先生の言葉に、そんなどうしようもない事を考える人がいるんだと、純粋なつばさはびっくりした。すると、ここまで黙って聞いていた千尋が疑問を投げかけた。
「でもそれって、私たちの問題ではなく後藤先生の問題じゃないんですか?」
「まあ、あたしの問題だと言われれば、否定は出来ないんだが、かといってあたし以外だと、フライングレース部の顧問なんて出来ないのも事実だから、そこは諦めてくれ」
「でしたら、ハンググライダー部の誰かを兼部させて貰えませんか? そう言えば、部長は私たちの奴隷でしたよね」
「そんな事をすると、それこそフライングレース部がダミー部と思われるぞ」
桜子先生はそう言って、千尋をたしなめた。
そしてつばさも、千尋のその意見には反対だった。一時的に部が出来ても、一緒に飛ぶことは出来ないなら、大会にも出られない。それに真剣にやっている人達の邪魔はしたくない。
曲がりなりにも小学生の三年間、つばさは真剣にフライングレースの準備をしてきた。だから、真剣に取り組んでいるハンググライダー部の人達の三年間がどういうものか分かっているつもりだった。
とはいえ、四月いっぱいと言うと、あと二週間くらいしかない。時間が経つほどに、みんな部活を決めてしまう。早くしないと状況は悪くなる一方だろう。どうしていいか分からない不安が、つばさの胸からわき上がってきた。
そんなつばさを置いて、桜子先生が状況だけを説明して教室から出て行った。
そうして残された二人が困っているのを見かねたのか、男の子が声をかけてきた。
「空野、なんか困っているのか?」




