表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

覆面作家

作者: 藤咲一

 困った。

 そう貴方は思った。

 目の前に広げられた文章の束に、眉間に皺を寄せている。

 貴方は一人の小説家だ。文字を連ね、物語を紡ぐ一人の小説家。そんな貴方に一通の手紙と、二十作品の短編小説が同封された茶封筒が、差出人不詳で届いたのだ。

 手紙には、機械で記された明朝体が、丁寧な挨拶と共に、企画の概要を告げている。


“拝啓 秋も深まり朝夕はめっきり冷え込む様になりましたが、貴殿は如何お過ごしでしょうか。

 さて私事、この度、ある企画に参加する事となりました。

 其の企画とは、覆面作家企画と申します。

 簡単な概要を説明いたしますと、同人誌を綴る者達で、その技術、友好を深める為にと開催された、言わば祭りの如き企画であります。

 それぞれの名前を伏せ、それぞれの作品が誰のものであるかを検討する。それが、簡単な概要です。

 その企画に参加された皆様は、精錬された物語を綴る方々ばかりで、私は少し場違いではないかと何度も筆が止まった次第です。

 そこで、古くよりこの様な私の小説を贔屓にしていただいている貴殿に、泣き事と申しましょうか、お願いを致したく、筆を執った経緯に御座います。

 勘の働く貴殿であれば、もうお分かりでしょう。不躾なお願いとは存じます。が、祭りを盛大に致したいが為、申し上げます。

 どの作品を、何方が綴られたか、読み解いて戴けはしないでしょうか。

 さすがに、作者全ての作品を同封するわけには至らず、当便箋裏に、アドレスを記しておきました。お手数ですが、パソコン・携帯電話等で、確認していただけると幸いです。

 真に身勝手なお願いだと思っております。が、貴殿のお力添え、是非ともお願い申し上げます。 敬具”


 それを読んだ貴方は、一つ溜め息をついた。この手紙の差出人すら分からない。同人誌を綴る知人がいない事が無いだけに、判断もつきづらい。

 さてどうするかと、目の前に広げた短編集に視線を移す。

 そして、それを手に取った貴方は、全ての短編に目を通す事にした。

 この中に、差出人もいる事だろう。ならば、それを探し出してやろうと。


 文章には個性と呼べるものが存在する。それは、文体、構成、句読点の位置、漢字と仮名の振り分け、そして、一派があるとすれば、その一派の雰囲気だ。

 その事を念頭に、貴方はそういった特徴を書き出し、物語を振り分けた。


 特徴が見られたのは大きく分けて二つ。

 一つは、どうも物語の色が二極化されていた。色と比喩したが、それは比喩であって、比喩でない。

 つまり、これらの物語は二つの配色で分けられる。それは《真紅》と《群青》だ。

 それが、総数の半分となる図が出来上がった。

 もう一つは、文章の中に見られる。

 括弧で括られた、同一の言葉が二種類。文体こそ違うが、同じ文字が使用されていた。

 要約すれば【もう忘れてしまった】と【別に〇〇のために、〇〇したわけじゃない】である。

 なかなか凝った企画だ。その一文がそれぞれの個性となっている。同じ文字でも、文脈や、その言葉を放つ人柄によって、こうまで違ってくるのかと、貴方はつい膝を打ってしまいそうになった。差出人が手紙の中で記した“技術を深める”という意味が良く理解できる。


 そこで貴方は、インターネットにアクセスし、便箋の裏面に描かれたアドレスを入力した。

 すると、そのアドレスが示していたのは、参加者一覧が記されたサイトだった。

 そこには、男性・女性、また、それらを判断するには難しいペンネームが、作品数だけ並んでいる。

 丁寧な事に、それらが書かれている横には“作品一覧”として、それぞれの作者が今まで記した作品へ行ける様になっていた。

 しかし、貴方はそこで、更に首を傾げる事となる。なぜなら、その作者一覧に、貴方の知る名前が無かったからだ。


 いったい誰だ?


 全ての作品に目を通し、誰が作者であるかというある程度の見当をつけたが、全く分からないものがある。

 それは、手紙の差出人だ。

 少なくとも相手は、貴方の事を知っている。そして、手紙を送り付けるだけの情報も持っている。だが、それを満たした知人を探しても、全く見当たらない。参加者一覧の中や作品の中にも、それを見つける事は出来なかった。


 誰なんだ?


 便箋・作品・過去作品、それらに何度も何度も目を通した貴方は、他に手掛かりは無いかと、封筒にも目をやった。

 そこには、便箋と同じ明朝体で、郵便番号・住所・貴方の名前が記されている。

 その時、貴方の心臓が一つ大きく脈打った。


 切手と、その消印が無い。


 貴方は急に怖くなった。

 貴方の知らない誰かが、貴方の事を知っている。

 それに貴方は、蓋をする事にした。何かに急かされる様に、封筒に全てを入れ込むと、まるで、見なかったのだと言いたげに、引き出しの中へ抛り込む。

 もう、これを見るのはよそうと。



 しかし、次の日貴方は、もう一通の葉書で、その封筒を取り出す事となった。


“前略 重ねて申し上げます。

 貴殿の事ですからもう既に、作品と作者は繋がっている事と存じます。

 ですが、私について、疑問を抱いている事ではないでしょうか。

 私は一体誰なのであろうかと。

 しかし、私に辿り着くには、少し、現実から離れて戴かなくてはなりません。

 もしかしたらという、フィクションの中で私は存在しています。

 それを受け入れるか、受け入れないかは、貴殿の自由で御座いますが、この手紙が存在する以上、事実なのです。

 しかし、これ以上貴殿に不安を与える訳にはいきません。

 二度と、私が表に出る事はないでしょう。

 ですので、私のお願いは、忘れて戴ければと思います。

 草々”


 慌てて引き出しから短編集を取り出す。貴方の脳裏には作品の中で一つ気になっていた物語があった。

 それは、貴方に酷似した文体を持つ、自分好みな構成の物語。

 改めて目を通すと、疑念が確信に変わる。

 体が震えるよりも早く、貴方はその小説と切手も消印も存在しない葉書を握り締め、一つの結論を胸に、洗面台へと向かった。

 目の前には一枚の鏡。それに映る貴方の顔。それを見つめる真っ直ぐな瞳。

 その相手に、貴方は言葉を投げかける。


「差出人は……まさか……」


 見つめた目が、微かに細くなった。


 はい。――私です。


―了―


読了ありがとうございます。藤咲一です。

某覆面企画において、イントロダクションとして紹介していただいた短編を、ちょこっといじりました。

全然変わってませんが、楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最初は「なんだろう? 何が言いたい作品なんだろう?」と怪訝に読んでいましたが、最後になって急にぎょっとしてしまいました。ああ、なんてミステリアスな展開なんだろう。 とても面白かったです、あり…
[一言] 面白いというか、怖いです。 未だにドキドキしてます。 すばらしい文章力です。 すごくはまりました。これからもよろしくお願いします。
2010/01/21 19:04 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ