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2章

「なあ、涼」

ホームルームも終わり、掃除当番だった僕らは教室に残っていた。

黒板を拭いている僕に、自在箒で床を掃いていた昭雄が話しかけてきた。

「ん?何?」

「それ、付けてくれてんだな」

昭雄が僕の右手首にはめていたリストバンドを指差した。

4月に昭雄から譲ってもらったものだ。

「ああ。せっかくもらったんだし、付けないと勿体ないと思って」

7月に入って暑くなってきたし、汗を拭うにはちょうどよかったから、こうして活用させてもらっていた。

「そうか。ありがとうな。お前に渡してよかった」

昭雄は口元で笑顔を浮かべた。

「これ終わったらどうする?」

そして再び自在箒で床を掃き始め、僕にそう聞いてきた。

「僕は特に予定はないけど」

「じゃあ、駅前の喫茶店でも行くか。馴染みの店があるんだ」

「喫茶店?」

「なんつーか、昔ながらの喫茶店って感じの場所なんだけど、そこのコーヒー、マジでうまいから」

意外だった。

昭雄みたいなスポーツ系の男子だったら、軽食にラーメンか牛丼か、もしくはハンバーガーでも食べそうなイメージなのだが、まさか喫茶店でコーヒーを嗜むとは。

「わかった。そうしようか」

「オッケー」

そんな会話をしている間に、他の掃除当番が机を元の位置に移動させ始めたので、僕らもそれを手伝った。

「しかしあれだな。美咲が郡山をね」

机を運びながら、昭雄はそう呟いた。

「何が?」

「いや、あいつが郡山を誘うって言った話」

「ああ、その話ね」

昼休みに美咲が真白を旅行のメンバーに加えると言った話。

美咲は今日中に真白に声を掛けてみると言っていたが、どうなのだろう。

「俺、前から思ってたんだけどよ」

「ん?何を?」

「美咲、前から郡山のこと、心配している感じだったんだよな」

「そうなのか?」

それを聞いて少し驚きつつも、美咲の正義感と使命感の強さなら、クラスで孤立している真白のことを心配しても不思議ではないような気もする。

「ただ、なんというかさ。ちょっと気になることもあるんだよな」

一方で、昭雄はどうにも何か違和感を感じているようだった。

その時、廊下の方で何やら騒がしい音がした。

よく耳を澄ませてみると、女子が言い争っている声に聞こえる。

「なんだ?」

昭雄も、他の掃除当番のクラスメイトも、その声に気づいたようだった。

皆手を止めて、廊下の方に顔を出した。

僕も昭雄と廊下の方に出てみる。

すると、女子が5人ほど、廊下のトイレの前で言い争いをしていた。

その一人は後ろ姿だが間違いなく美咲で、彼女の前に立ちはだかるように上野とその取り巻きたちがいた。

そして美咲の隣で、真白が無表情で立っていた。

「しらばっくれても無駄よ!あんたたちが郡山さんにしたことは全部わかってるんだから!」

「はあ?さっきから何怒ってるわけ?訳わかんないんだけど」

「うちらに難癖つけてんじゃないわよ」

美咲は一人でヒートアップしているようで、上野たちは白々しい感じで笑っていた。

「そんなに言うなら証拠はあるわけ?」

「そうそう。どうせないんでしょ?」

上野は美咲の前で手を出し、挑発的な笑みを浮かべてきた。

「証拠なんかなくても、日頃の行いからしてあんたらは黒だって誰にでもわかるわよ」

「は?馬鹿にしてるわけ?」

美咲も上野もバチバチにメンチを切っているが、その横で真白は他人事のように静かに佇んでいるだけだった。

状況的にも真白のことを巡って言い争いをしているようなのだが。

「あんまり調子に乗ってっと、あんたも何があるかわかんないよ?」

「もしかしたら学校に来れないってことになるかもね」

「それは脅迫ってこと?」

「これ以上この根暗の肩を持つなら、あんたも同じ末路かもねって話」

「だいたいさあ、こいつはハブられて当然でしょ?そういうオーラを自分から出してるしさ」

「そうそう。自分からいじめてくださいって言ってるようなもんじゃない」

「あんたたち・・・」

美咲が拳をぎゅっと握りしめている。

「行こう」

「ああ」

このままだと美咲が上野に殴り掛かりそうな勢いだったので、昭雄と僕は美咲の下に急いだ。

「まあまあ、落ち着けよ」

昭雄は飄々とした態度で美咲と上野の間に入った。

「こんなところで喧嘩したら、先生に見られちゃうだろ?」

「はあ?こいつがうちらに喧嘩ふっかけてきたんだけど?」

「だって!こいつらがトイレで郡山さんに・・・」

「はいはい。わかったって」

上野を指差す美咲を、昭雄がなだめた。

「それより、さっき誰かが先生呼びに行ってたから、そろそろ来るんじゃねえか?」

昭雄はそう言って、上野の方をちらっと見ると、上野は舌打ちして踵を返した。

その後に、取り巻きたちも続いていく。

「言っとくけど、今度また難癖つけてきたら、ただじゃ済まさないから」

最後に上野はそう捨て台詞を吐いた。

「美咲・・・」

僕が心配して声を掛けたものの、美咲は悔しそうな顔で唇を噛んで上野たちを睨んでいた。

「郡山さん、大丈夫?」

昭雄はというと、真白の顔をじっと覗き込んだが、真白はくいっと顔を横に背けた。

「あいつら、さっきトイレで郡山さんに掴みかかってたの」

美咲は吐き捨てるようにそう言った。

「なるほどね。まあ、いじめって大抵見えないところで行われるからな」

昭雄が溜息混じりにそう呟くと、真白はそのまま回れ右をして立ち去ろうとした。

「ねえ、待って」

そんな彼女を美咲は呼び止める。

「さっきの話、考えてくれない?」

真白は立ち止まって、横顔だけこちらに向けた。

「・・・私に関わらない方がいいよ」

そして小さな声で呟いた。

「あいつらは本気であなたを潰しにかかる。私を庇ったり、関わろうとすればするほど、あなたとお友達は不幸になるだけ」

「そんなことないよ!私は大丈夫だから!」

美咲は大声で真白の言葉を否定したが、真白には響かなかったらしい。

僕らの様子をじっと見た後、真白は前を向いて、ゆっくりと廊下の奥へと歩き出した。


掃除を終えた僕と昭雄は、美咲も一緒に連れて、昭雄の馴染みの喫茶店に向かった。

美咲は先程から浮かない顔をして、ずっと俯きながら歩いている。

前を行く昭雄も、無言でひたすら歩き続けるだけだった。

「ここだ」

やがて昭雄は横を向いて立ち止まり、目の前の建物を指差した。

茶色い木製タイルの壁と大きな窓ガラスのある趣のある店構えの喫茶店だった。

店の出入り口には「喫茶 ノギ」と書かれた看板が立っている。

昭雄に続いて店内に入ると、髭を蓄えたメガネの大柄な中年男性がカウンターで僕らを出迎えた。

「いらっしゃい。おっ、昭雄か」

「野木さん。久しぶり」

昭雄は慣れた様子で店主らしき中年男性に返事をした。

「最近顔見せてなかったが、元気にしてたか?」

「まあね。あっ、3人なんだけど、大丈夫?」

「ああ、奥のテーブルが空いてる」

「サンキュー」

店内は横長に狭く、カウンターと4人がけのテーブル席が3つあるだけだった。

カウンターには杖を隣に立てかけた老人が一人座っており、入り口手前のテーブル席におばさんが2人いてケーキを食べていた。

「ちょっと待っててな。今お冷持っていくから」

店主はニッコリと笑顔を浮かべていた。

昭雄に促されて、僕達は残りのテーブル席に座った。

「知り合い?」

「ああ」

僕がそう尋ねると、昭雄は自慢げに頷いた。

「お袋の学生時代の友達。昔から良くしてもらってんだ」

「へえ、そうなんだ」

そんな会話をしている間に、店主が水の入ったコップを3つを持ってきてくれた。

「昭雄はいつものブレンドでいいとして、他の二人は?」

「あっ、えーっと」

僕はテーブル横のメニュー表を開いてみた。

とっさに目に止まったものを注文する。

「じゃあ、アイスコーヒーで」

「・・・私はアイスティーを」

僕に続いて美咲も注文した。

元気はないものの、彼女は店主に笑顔を浮かべていた。

「はいよ。ちょっと待ってな」

店主はまたニッコリと笑顔を浮かべて、カウンターに戻っていった。

その後、店主はカウンターの老人と「暑いね」などと雑談しながら、僕らの飲み物を用意してくれた。

「まあ、ここに連れてきた理由は他でもないんだが」

昭雄はゆったりと椅子に腰掛けながら、僕と美咲を交互に見た。

「夏休みの間、ここでバイトしないか?」

「えっ?」

「は?」

僕と美咲は同時に上ずった声を上げた。

「旅行に行くのに金が必要だろ?だったらここで稼げばいいじゃん。野木さんもぜひそうしてくれって言ってるんだ」

「・・・そういうことか」

端からそういう提案をするために僕をここに誘ったらしい。

「お前が珍しく喫茶店に誘ってくるから、何か裏があると思っていたけど」

「まさか、私も?」

「美咲は成り行きで連れてきただけだよ。だってお前、他にバイトしてんだろ?」

「ああ、カラオケのこと?」

昭雄がそう言うと、美咲はなんだか不機嫌な様子で顔を背けた。

「あそこなら今月いっぱいで辞める予定」

「そうなのか?」

「うん」

僕がそう聞くと、美咲は溜息混じりに愚痴りだした。

「あそこの店長、人使い荒いし、何かと難癖つけて給料減らそうとするから」

「じゃあ、ちょうどよかったな。ここはそういうことは一切ないし、時給もそれなりには良いから」

昭雄は嬉しそうに笑っていた。

そんな昭雄をちらっと横目で見た後、仕方なさそうに美咲は頷いた。

「まあ、次のバイト探す手間は省けそうだし、私はいいよ」

「オッケー。で、お前はどうするんだ?」

昭雄は嬉しそうに頷いた後に、僕の方をまっすぐ見ながら聞いてきた。

いきなりのことで、正直どうしたらいいかわからない。

バイトなんて、今までやったことはない。

つまり、これが人生初の労働ということになる。

色んなことを考えてしまい、すぐに答えを出すのは難しかった。

「・・・とりあえず、家の人に許可取ってみてからでいいか?」

「ああ、別にいいよ。今すぐここで決めろって言うわけでもないし」

昭雄はあっさりとそう答えた。

「はいはい。おまたせ」

その直後に、店主が僕らの飲み物を運んできてくれた。

僕らの前に飲み物を置いていく店主に、昭雄が話しかける。

「野木さん。この間のバイトの件だけど」

「ん?ああ、それで?」

「とりあえず彼女はオッケーだってさ。あっ、名前は美咲」

「どうも」

昭雄が美咲を紹介すると、美咲は苦笑いして軽く会釈した。

「おお、そうか。いつから入れそうかな?」

店主は朗らかな笑みでそう尋ねてきた。

大きな体格だけど、笑顔に愛嬌があって、かなり良い人そうだった。

「夏休みが始まったら、すぐにでも」

「おお、それは助かる。昭雄もそのタイミングでいいか?」

「うん。俺もそれで」

「よし。決まりだな」

昭雄と美咲の話はすぐに決まった。

残るは僕だけである。

「あとこいつ、涼っていうんだけど、とりあえず家に確認取ってからにしたいってさ」

「えっと、すみません」

僕は店主に軽く謝ったが、店主は朗らかな笑みを崩さなかった。

「ああ、いいよいいよ。大丈夫そうなら、昭雄か俺に連絡ちょうだい」

「はい」

「それじゃあ、ごゆっくり」

店主はそう言って手を振りながらカウンターに戻っていった。

「とりあえず、飲んでみろよ。ここのコーヒーうまいから」

昭雄に促され、僕と美咲は自分の飲み物に口をつける。

「ここでバイトするなら、ここのコーヒーがまかないで飲めるんだから、かなりお得だと思うぜ」

昭雄はそう豪語しているが、残念ながら僕はコーヒーの良し悪しはまだわからない。

でも、あの人の良さそうな店主と、この店の雰囲気は悪くないと思っている。

叔父と叔母は許可してくれると思うが、祖父がなんていうだろうか。

でも、旅行のお金を貯めるにはやっぱりバイトをした方がいいとは思う。

祖父のことは、叔父と叔母がなんとかしてくれると願うしかない。

「確かに、美味しいね。紅茶も」

美咲がうっとりとした顔を浮かべる。

「少し落ち着いたか?」

「うん。そうだね」

昭雄の問いに、美咲は窓の外を眺めながら答えた。

「・・・郡山さん、誘えそうになかったよ」

そして、今度は寂しそうに話し始めた。

「彼女、家の人が少し厳しいみたいで、学生だけの旅行とかは許可してくれないってさ」

「そうか」

昭雄はうんうんと頷いていた。

「一緒に課題をやろうって話もしたけど、そこにあいつらが来て、郡山さんをトイレに連れて行ったの」

「上野たちが?」

僕がそう聞くと、美咲は目を細めて頷いた。

「すぐに追いかけたけれど、あいつら、私達が話してるのを見て、すぐに馬鹿にしてきた。『こいつと話してたら根暗が伝染る』って。何よそれって感じ」

先程のやり取りを思い出してしまったのか、美咲はまた不機嫌そうな顔に戻り、アイスティーをストローで啜った。

前から美咲は正義感が強かったし、いじめとかも絶対に許さないタイプだったらしい。

中学でもいじめを失くそうと活動していたことを昭雄から聞いていた。

「昔から変わらねえな。お前は」

昭雄が笑ってそう言うが、美咲はそれに答えずに頬杖をついて窓の外を見るだけだった。

普段ならそれなりに反応を返すところだが、なんだか今の彼女は少し違っているように感じた。

なんというか、気が強い彼女は、人に馬鹿にされたくらい、気にもとめることはないし、笑い飛ばすようなタイプだ。

でも、今の彼女は真白と上野のやり取りを必要以上に思い詰めているように見えた。


家に帰った後、早速叔母にバイトのことを話そうとしたが、叔母は生憎、パート先から帰ってきていなかった。

なので夕食を食べた後、祖父が自室に戻ったのを見計らって、食後の一息を入れている叔父と叔母に話をした。

「その、夏休みにバイトをしようと思っていて」

少し控えめな感じでそう言うと、叔父と叔母はぱっと顔を明るくした。

「あら、いいじゃない。どこでやるの?」

「昭雄の知り合いがやってる喫茶店」

「そうかそうか。昭雄くんの知り合いの店だったら安心だな」

2人は特に否定もせず、むしろやるべきだと勧めてくれた。

「良い社会経験になるからな。自分で汗水たらして働いた分の報酬を得る。早いうちにそういう経験を積むのは良いことだ」

「昭雄くんの知り合いだったら、変なこともないだろうし、きっと何かあっても大丈夫そうね」

叔父はうんうんと頷き、叔母はニッコリと笑っていた。

「もちろん、勉強を疎かにしないようにな」

「シフトは無理なく入れるのよ」

「ありがとう」

祖父が聞いていたら、間違いなく否定されていただろう。

その辺については、2人の方から祖父の様子を見て話してくれるとのことだった。

家族からの許可が得られたことを昭雄に連絡すると、すぐに返信があった。

「やっぱりそうだと思った。涼の叔父さんと叔母さんなら、きっと許可してくれるって」

僕もそれは思っていた。

問題は、僕にバイトをする覚悟があるかどうかだった。

「夏休みが始まったらでいいか?」

そうメッセージを送ると、昭雄から蛙のキャラクターがサムズアップしているスタンプが送られてきた。

「詳しいことはまた後で連絡する」

続けて昭雄から返信が来て、僕は深呼吸をした。

これで後には引けなくなった。

叔母も言っていたが、昭雄の知り合いがやっている店ならば、たぶん変なことはないだろうし、トラブルも少なそうだと思う。

問題は、僕がうまく接客をこなせるかだった。

はっきり言って、僕は不器用な方だ。

サービススマイルなんてものは持ち合わせていない。

お客相手に失礼なことをしないだろうか、などと不安がこみ上げてくる。

とはいえ、今日の店内の状況を見る限り、常連客のたまり場のようにも見えたし、言葉は悪いが、そこまで忙しい感じでもなさそうだった。

きっと問題はない。僕にもできる。

そう信じたかったが、やはり一抹の不安というのはくすぶってしまう。

僕はどうにも、初めて挑戦することに臆病になってしまう。

少し外の空気が吸いたくて、部屋の窓を開けて、顔を出してみた。

真っ暗な闇夜から、虫や蛙の鳴き声がそこら中に響き、そこに川の流れる音も被さっている。

辛うじて橋の付近に街路灯が2つ灯っているだけなので、夜空を見上げれば、星が静かに散りばめられているのがはっきり見える。

ここに来て本当によかった。

ふと、そんな言葉が浮かんでくる。

千葉から静岡に来た頃も、色んな不安があった。

僕はこれからどう生きれば良いのか、新しい土地で上手くやっていけるのか。

でも、そんな僕を、叔父と叔母は温かく迎え入れてくれた。

今の学校に入学する前日も、大きな不安を抱えていた。

クラスに馴染んでいけるのか、僕は普通の人間としてやっていけるのか。

そんな僕の前に、昭雄と美咲が現れた。

彼らのおかげで、僕は今楽しい学校生活を送れている。

ここまで色んな不安に襲われてきたけれど、僕はそのどれもうまく打ち破ってきた。

だったら今回のバイトだって、きっとうまくやっていけるはずだ。

僕ならきっと大丈夫。昭雄も美咲もいるんだから、なんとかなるはずだ。

そう自分を信じてみると、少し気が楽になった。

少し笑みを作ってみた後、僕は網戸を閉めようとした。

その時、視線が下に移動した際に、見えてしまった。

あの日の音楽室で、真白の背後にいた少女がこちらをじっと見つめているのを。

「うわっ!」

驚いて変な声が出てしまった。

すると、少女はそのまま横を見て、すっと橋の方を指差した。

少女の指の先に視線を送ると、橋の欄干に身を乗り出す白いワンピース姿の少女がいた。

真白だった。

こんな真夏の夜に、白いマスクを着けているのは、彼女くらいだ。

そして、少女はまた僕の方に顔を向けた。

その表情は酷く寂しげで、何かを訴えているように見えた。

再び真白の方に視線を移すと、彼女は履いていたサンダルをそっと脱ぎ始めていた。

これから起こることに、嫌な胸騒ぎがした。

考えるよりも先に、僕は階段を駆け下りて、玄関で素早くサンダルを履いて外に出ていった。


真白は欄干に座っていた。

僕の足音に気づいてさっと振り向き、驚いた顔で僕をじっと見ていた。

彼女のもとに駆けつけた僕は、息を切らしてその場で膝に手をついた。

「・・・何、しようとしてたの?」

僕がそう聞くと、真白はまた無表情な顔に戻って、橋の下を見つめだした。

「別に、君には関係ないでしょ?」

彼女の言葉に、なんだか僕は苛立ってしまった。

「関係なくなんかない!」

そのまま強引に、欄干を掴んでいた彼女の手を取った。

その瞬間、ある光景が頭の中に流れ込んでくる。

光が遮られた森林が目の前に広がり、次には地面に仰向けで倒れる少女が映った。

真白に取り付いているあの少女が、地面に寝転んで、一筋の涙を流していた。

白昼夢のような光景はそこで途絶えた。

思わず僕は、真白から手を放した。

「どうしたの?」

真白が不思議そうに聞くが、僕は呼吸をするのがやっとだった。

なんとも言えない息苦しさ、そして絶望。

それらが胸の中で渦を巻いている感覚だった。

「・・・見えたんだね?」

そして、真白は察したかのように、目を細めて僕を見た。

この感覚は知っている。

これは、真白の中にある強い記憶だった。

こんなに強い記憶を感じたのは、一度きりだった。

かつて経験した忌まわしい感覚に襲われ、僕は気持ち悪くなった。

「うっ!」

真白のいる前だったが、僕は欄干から身を乗り出して吐瀉した。

胃の中のものが全部、暗い闇の中に消えていく。

「大丈夫?」

真白もさすがに心配になったのか、欄干から降りて、僕の背中をさすろうとした。

その手を僕は払いのける。

今は真白に触れてほしくなかった。

また、あの記憶が僕の中に流れ込んでこないとも限らないから。

「・・・ごめん」

拒絶された真白は、申し訳無さそうに俯いた。

一通り落ち着いた後、僕は口元を袖で拭って、欄干に背を向けて座り込んだ。

「それより、何をしようとしてたの?こんな時間に」

もう一度、僕は真白に尋ねた。

俯いたまま小さな声で答える。

「さっきも答えたけれど、君には関係ないでしょ?」

決してそんなことはない。

見るからに彼女は、ここで身を投げようとしていた。

そんなこと、僕は許さない。

「うちの近所で自殺なんてされたら困る」

「えっ?」

真白は驚いた表情をした後、マスク越しにふっと笑みを浮かべたように見えた。

「私がここから飛び込もうとしたって思ったのね」

「違うのか?」

「どうだろうね」

結局、はぐらかされたものの、その様子からして、別に飛び込み自殺をしようと思っていたわけではなさそうだった。

「仮にそうだとしても、よく気づいたね。私に」

「ああ」

「普段から気づかれないようにここに来ていたのに」

「前からここに?」

「うん。気分転換にね。そこまで頻繁ではないけれど」

真白は深い闇夜に包まれた川の先を見つめて言った。

その顔は少し清々しく見えた。

「それより、今日はどうして気づいたの?私がここにいるって」

「教えてくれたんだ。君に取り憑いている霊が」

すると、真白は目を見開いて、僕を見た。

「・・・彼女、ここにいるの?」

「ああ。今もそこで僕らを見ている」

僕は街路灯の方を指差した。

先程から、霊の少女が僕らのことをじっと見つめている。その表情は柔らかくて、今ちょうど僕らに微笑んでいるところだった。

「そう」

真白は視線を街路灯の方に移した後、少し目を伏せた。

「本当に、君には見えているんだね」

「・・・・」

僕は何も言わずに、溜息だけ吐いた。

「この間のことはごめん」

「何のこと?」

真白は謝ってきたが、僕は敢えてとぼけたように答えた。

「私の家に、プリントを届けに来てくれた日のこと」

やはりそのことだったか。

まあ、そんなことじゃないかとは思っていた。

「・・・僕も悪かったよ。逃げるように出ていったのは申し訳なかった」

真白の家にプリントを持っていった日、僕は真白から、「霊と話ができる」事実について確認された。

あの時、僕はとぼけてみせたけれど、彼女は思いの外、色んなことを知っていたのだ。


「君は本当に幽霊と話せるの?」

初めて真白の部屋に入ったあの日、彼女の言葉に僕は動揺を隠せなかった。

「・・・何のこと?」

敢えてとぼけてみたけれど、僕は嘘を突き通せるほど器用ではなかった。

あの時の僕の動揺を見れば、白を切っても無駄だったろう。

「君は千葉にいたよね?しかも私と同じ中学だった」

真白は僕に狙いを定め、僕は視線を逸らすのがやっとだった。

「その頃から噂はあった。君がお兄さんと一緒に、霊視をして荒稼ぎしていたことは」

「やめろ!」

真白の言葉を、僕は途中で遮った。

「それ以上言わないでくれ。忘れたい過去なんだ」

顔を背けた僕を、真白はまだ無表情な顔で狙いすましていた。

「誰だって忘れたい思い出の一つや二つはある」

そして一旦間をおいた後に、彼女はまた話し始めた。

「私は君の過去をほじくり返す気はない。ただ、少し願いを叶えてほしいだけ」

その願いが何なのかはすぐにわかった。

兄が亡くなり、霊媒の仕事を受けなくなった後も、僕のもとに仕事を頼みに来る人間はたくさんいた。

「悪いけど、その望みは叶えたくない」

すぐに逃げ出したくて、僕は急いで立ち上がろうとした。

「待って」

「待たない!」

真白が伸ばしてきた手を振りほどき、僕は襖を開けてその場を駆け出した。

後ろから真白が追いかけてくる気配はなかった。

でも、慌てていた所為でフロントに声をかけるのを忘れてしまったことに、途中で気がついた。

思い出した頃には旅館へと続く道路に出てしまっていて今更戻る気にもなれなかった。

もう一度、西都やの方に目を向ける。

おそらく、真白はあのセーラー服の少女のことについて、霊視してほしかったのだろう。

先程、真白の手を振りほどいた瞬間にも、強い感情が僅かに流れてきた。

悲しみと後悔。

真白はあの霊の少女に、そういった感情を抱いているようだった。誰もが死者に抱く、ありふれたものだ。

彼女の力になる気にはなれなかった。

もう、僕はあの力を二度と使わないと誓った。

あの力は、僕の本当の家族を狂わせたから。

再び力を使えば、今の幸せが失われる。そんな気がしている。

僕は踵を返し、家までの道を歩き出した。

項垂れながらズボンのポケットに手を突っ込んだ時に、また思い出したことがあった。

真白が万引きをした日に、スーパーで拾った彼女の黒いマスク。それがまだ鞄の中に入っていた。

布マスクだったので、叔母に洗ってもらい、そのまま預かっていた。

今日、それを返す予定だったが、もうあそこに行くことはできない。

「どうしたもんかな」

思わず溜息が出た。

捨てるわけにもいかないし、だからといってずっと預かっているわけにもいかない。

渡そうにも、彼女の話ではしばらく学校に来れないようだし、このまま持っているしたかないのか。

結局、それから僕は真白のマスクを預かったままだった。

彼女が6月に入ってまた学校にやってきた頃には、僕はマスクのことをすっかり忘れてしまっていた。


「あっ」

マスクのことを思い出し、思わず変な声を上げてしまった。

「何?」

「ねえ、ちょっと待っててくれる?」

「・・・うん」

怪訝そうな顔の真白を残し、僕は一旦家に帰って、自室にしまっていた真白の黒いマスクを持ち出した。

家族に見つかると、外で何をしているか聞かれるだろうから、慎重に外に出て、また橋へと戻ってきた。

「これ。渡しそびれてごめん」

黒いマスクを差し出すと、真白はゆっくりと目を見開いた。

「・・・どこで見つけたの?」

「君が4月にスーパーで万引きしたときから。君が落としたのを拾ってそのままだった。一応洗濯はしておいたから・・・」

すると、真白はさっと僕の手からマスクをひったくり、胸の前でぎゅっと握りしめた。

その反応に驚きつつも、仕方ないことかもと納得した。

自分が身につけていたマスクが、男子の家で預けられていたんだから、気恥ずかしくもなるだろう。

真白は案の定、後ろを向いてしまった。

「・・・ありがとう」

だが、次には真白は小さな声でそうお礼を言ってきた。

「いや、別に」

なんとなく、素直に礼を受け取れなくて、僕は頬をかいた。

「それと、あのときはごめん」

続けて、真白は謝ってきた。

「何が?」

「あの日、君の過去を蒸し返すようなことを言ったから」

「・・・ああ」

真白の部屋でのことを思い出し、僕は視線を地面に落とした。

確かに、あのときは驚いてしまったけど、思えば彼女は僕と同じ中学校だったのだ。

「ねえ。僕のことは、どこまで知ってるの?」

だから、僕も好奇心で真白に尋ねることにした。

真白は戸惑ったように僕の方をちらっと見たあと、また後ろに向き直った。

「あのときも話したけど、あくまで噂程度のことしか知らない」

「どんな噂?」

「君が霊と話ができて、お兄さんと一緒に霊視でお金を稼いでいるとか」

「・・・・」

「あとは、それが原因で君のお兄さんが死んだとか」

その言葉に、僕はまたビクッと体を震わせる。

「ごめん。思い出したくないことだよね」

真白の声色から、彼女が本当に後悔していることは読み取れた。

だから、僕は責める気にはなれない。

それに彼女が僕と同じ学校に来て、しかもクラスメイトになった時点で、いずれこの話が出ることはそれなりに予想はしていた。

覚悟まではできなかったけれど。

「いいよ。別に」

僕はそう言って、欄干に手を付いた。

「全部、本当のことだし」

さらにそう付け加えると、真白は僕の横にすっとやってきた。

「本当に、霊と話ができるの?」

「・・・うん」

一呼吸置いてから、僕は頷いた。

「どんな感じで霊と話すの?」

「その人の体に触れると、強い思いを持つ霊と話せるんだ。でも、こちらから話しかけても、答えてくれないこともある。一方的に、向こうが訴えかけてくることが多いかな」

それからは真白は色々と僕に質問を重ねてきた。

「常に霊は見えているの?」

「そういうわけじゃない。その人に触れても、霊が見えるのは一瞬だけってこともある。その逆もあって、唐突に見えることだってある。でも、あくまで一度その人に触れることが条件だけど」

「だったら、色んな人と握手しただけで、見えてしまうんだね」

「いや、そういうわけでもない。あくまでその人に対する強い思いを持つ霊がいることが条件だから。そんな人と合う確率は、まあ五分五分って感じかな」

「いつからそうなったの?」

「小学6年生の時かな。一度、交通事故に遭ったことがあって。その時から見えるようになった」

「そっか」

そこまで聞いて、真白は唐突に黙った。

まるで、なにかを考えているかのように。

「君は・・・」

だから、僕が先に聞いてみることにした。

彼女に向き直り、単刀直入に尋ねてみる。

「僕の力に用があるんじゃないの?」

そう聞かれた真白は、目を少し見開いた後、少し顔を伏せた。

「まあね」

そして深呼吸をした後、静かにこう切り出した。

「話したい霊がいるの」

「だろうね」

僕はふっと笑ってみせた。

二度とこの力は使わないようにしようと誓っていたけれど、ここまで聞いた以上、もう引き下がることはできなさそうだった。

「もし、話してくれるのなら、それなりにお礼はするつもり」

真白はそう言って、真剣な眼差しで僕を見た。

「お礼なんかいいよ」

僕はそう言って目を逸らした。

「まだ、受けるかどうかもすぐに決められないし」

それを聞いた真白は、少し残念そうに俯いた。

「・・・もう少し待ってくれないか?近日中には、答えを出したいから」

「本当?」

「ああ」

僕も力を無限に使えるわけではない。

霊と話をするのには、それなりに体力を消耗する。

今すぐにその力を使うには、今日は疲れ過ぎていた。

「だったら、なおのこと無料というわけにはいかない」

「いや、僕はもうそういう仕事はしてないから・・・」

「お願い」

見返りを拒絶する僕に、真白は強い声で言った。

「私の気が済まないから」

普段の真白からは想像できない、意思の強さが見えた気がした。

「私達は友達でもなんでもない。だから、これは取引になる。そうでしょ?」

その様子だと、そこは一歩も引く気はないらしかった。

溜息を吐きつつも、僕はあることを思い出した。

「だったらさ。一つ条件がある」

「何?」

金を受け取らない代わりに、僕は真白にあることを約束させた。

僕の要求を聞いた真白は、少し戸惑いつつも、「わかった」と頷いた。


翌日、教室の雰囲気はどことなく浮かれていた。

明日から待ちに待った夏休みということもあり、誰も彼もが別の意味で熱を帯びている。

「夏休みだからって浮かれてばかりじゃ駄目だぞ?来年に向けての準備をもう始めている人間だっているんだからな」

そんな教室の熱気に水を差す担任の佐藤の声は僕らに届いていない。

来年から受験戦争というのであれば、今年は最後に羽目を外せるチャンスだ。

皆がそういう思考になるのは、佐藤だってわかっているだろうに。

「とにかく、羽目を外しすぎないようにな。それじゃあ、2学期にまた会おう」

HRの終了を告げるチャイムが鳴り、佐藤が教室から出た途端に、周囲はまた喧騒に包まれた。

「よっしゃー。今日から羽目外してやろうっと」

「おいおい」

うんと伸びをした昭雄に、僕は苦笑いをした。

「だったら、今日はお疲れ様会でもしない?」

すると美咲が持ち物を鞄にしまいながら、そう提案してきた。

真面目な彼女が珍しくウキウキしている様子だった。

「お疲れ様会?」

「そう。今学期を乗り越えたことを労って、これからの夏休みに向けてがんばろーって会」

「なるほど。で、具体的に何するんだ?」

「例えばカラオケでパーッと歌いまくるとか」

「カラオケはちょっと飽きたな」

「じゃあ何がいいの?」

「焼肉とか」

美咲と昭雄がああでもない、こうでもないと会話をしている中、僕はちらっと真白の方を見た。

昨日僕が返した黒い布マスクを早速付けていた彼女は、荷物を片付けながらこっちをチラチラと見てきた。

僕は静かに、彼女にうんと頷いてみせた。

「なあ、ちょっといいか?」

「ん?」

「何?」

僕が呼びかけると、2人は同時に顔をこちらに向けた。

「そのお疲れ様会に呼びたい人がいるんだ」

「えっ?」

2人は意外そうな顔をして僕を見ている。

確かに、普段から僕は2人以外のクラスメイトとつるむことは少ないから、当然の反応だと思う。

「誰だ?」

「それは会ってみてからのお楽しみ。でも2人も知っている人だから安心して」

そして僕が鞄を持って席を立つと、昭雄と美咲は顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

「・・・その人って、まさかこれ?」

ふと、美咲は怪訝な顔をしながら、僕の前で小指を立てて見せた。

「いや、違うよ」

「だよなー。俺が知らない間に涼が彼女作るわけないもんな」

僕が首を横に振ると、昭雄はニヤニヤと笑いかける。

「ともかく、僕達がこれから行くところに、その人も呼びたいんだけど、いいかな?」

改めてそう聞いてみると、昭雄と美咲は一度顔を見合わせた後、二度も頷いた。

「うん。いいよ」

「俺も気になるし」

「ありがとう」

そのまま僕は昭雄と美咲の後に続くように教室を出ていく。

再び背後を確認すると、真白はまだ荷物を鞄にゆっくりと入れているところだった。

マスクで表情は見えにくかったから、嬉しいのかそうでないのかはわからない。

ただ、僕らの会話は間違いなく、彼女にも聞こえていたと思う。

「カラオケでもいいでしょ?今日はぱーっと発散したい気分だし」

「えー、でも俺、肉食いたいんだけど」

「そんなの、いつでも食べれるじゃない」

「カラオケだっていつでも行けるだろ」

校舎を出る間もずっと、昭雄と美咲は「お疲れ様会」の開催場所を巡って押し問答をしていた。

ふと、校舎を出た後に、僕は視線を感じてまた背後を見た。

真白に取り憑いている少女が、僕をじっと見ていて、少しニコッと笑顔を作っていた。

まるで、真白のことをよろしく、とでも言っているようだった。

「ん?涼、どうした?」

背後を見ていた僕に、昭雄が不思議がって声を掛けてきた。

「えっ?ああ、ちょっとね」

「もしかして、忘れ物?」

「いや、そうじゃない。ただ、あれだよ。もうここにはしばらく来なくていいんだなって思って」

昭雄と美咲の問いに、僕はそれとなく誤魔化しを入れてみた。

そんなことをする必要はないかもしれないが、やはり2人には僕の力のことはまだ秘密にしておきたかったので、つい口を突いて出た。

「そうだな。束の間の自由だ」

「なにそれ?」

納得した昭雄の言葉に、美咲は苦笑した。

「気の利いた台詞でも言いたかったの?」

「別にいいだろ?今日はそれぐらい」

「言っとくけれど、今の台詞はなんてことなかった」

「それ、余計な一言」

傍から見ると、昭雄と美咲の方が、カップルらしいと思う。

でも、昭雄の話では美咲は僕の方に好意を持っているらしい。

なのに、今日まで美咲は僕にそれを匂わせるようなアプローチはしてこないし、むしろ普段のように友達として僕と接してくれている。

結局どっちなんだろうな、と困惑するが、美咲が普通に接してくれている以上、僕も普通な感じで美咲と一緒にいることが出来ている。

今年の夏休み、僕らはどんな思い出を作ることができるのだろうか。

「ねえ、涼はどうしたい?」

「は?」

気づいたら、昭雄と美咲はまた僕の方を見ていた。

「俺たちじゃあ埒が明かねえから、お前がこの後どうしたいか決めてくれ」

考え事をしている間に、2人はまた「お疲れ様会」の話題に戻っていたみたいだ。

「うーん。そうだな・・・」

とはいえ、僕もとっさに何がしたいかが思い浮かばない。

もしこのままご飯に行くというなら、叔母に連絡をしないといけないし。

暫しの間、色々と考えてみて、僕は一つだけ思い付いた。

「だったらさ、あそこに行かない?」

「あそこって?」

「昭雄の知り合いがやっている喫茶店」

それを聞いた2人は、「ああ」と一緒に声を上げた。

「確かにそれはいいかもね。軽食取るぐらいにはちょうどいいし」

「野木さんなら、少しはサービスしてくれそうだからな」

意外とあっけなく僕の案が決まって、逆に僕が戸惑った。

「えっ?いいの?カラオケでも焼肉でもないけど・・・」

「まあ、涼が言うことは基本間違いないからな」

「涼ってそういうセンス持ってるし、信用してるもの」

どうやら、僕のチョイスは2人に一目置かれているらしかった。

こうまでさっぱり言われると、嬉しいを通り越して照れ臭くなる。

「それはありがとう」

「よーし、じゃあ行こうぜ」

「うん。ちなみにあそこのお店のおすすめは?」

「やっぱりオムライスだな。あっ、フライドポテトも絶品だぜ」

「へえ!楽しみ!」

前を進む友人2人を交互に見た後、僕は少し胸が熱くなった。

後は、真白が彼らと仲良くやれるかどうかだが、きっと昭雄と美咲なら、うまくやってくれると思う。

それを信じて、僕も歩き出した。


叔母に「昼ご飯はいらない」と連絡した後、僕は真白にも「喫茶 ノギ」に来るように連絡した。

店に入ると、店内には誰もいなかった。

「野木さん。こんちはー」

昭雄が声をかけると、カウンターの奥の暖簾から、店主である野木さんが出てきた。

「おー、こんにちは。随分早い時間に来たな」

「今日は終業式。テーブル席使ってもいい?」

「ああ、どうぞ」

野木さんに促され、僕らは店の奥のテーブル席に移動した。

「珍しいね。この時間に閑散としてるのも」

昭雄が水を持ってきた野木さんにそういうと「まあな」と野木さんは頷いた。

「ランチタイムのピークが終わったから落ち着いてはいるが、それにしても今日はお客さんは少ない方だったよ。あっ、ご注文は?」

「じゃあ、俺はオムライスとフライドポテト」

「私もオムライスで」

「僕も」

昭雄のオススメだというオムライスを、僕らも頼んでみた。

「オッケー。オムライス3つとフライドポテトだな。食後にコーヒーもサービスできるがどうする?」

それを聞き、僕らは顔を見合わせて頷いた。

「じゃあ、お願い」

「わかった。ちょっと待ってな」

野木さんは伝票にサラサラと注文を書き込み、カウンターの奥の暖簾をくぐっていった。

「さて、そんじゃあ今学期も終わったことだし」

「うん」

昭雄と美咲が水の入ったコップを掲げたので、僕も同じように持ち上げた。

「お疲れ様ー!」

「お疲れー!」

軽く乾杯をして、ほてった体に水分を補給した。

「はあー。しかしこれからまた暑くなるな」

「そりゃそうよ。夏なんだし」

昭雄の言葉に、美咲は当然とでも言うように言った。

「暑くない夏休みなんて、つまらないじゃん」

「そうだろうけど、もうちょっとなんとかならないかって話だよ」

「まあね。私もこの暑さはちょっとね」

「まあそれはともかく、これで当分は朝早くに起きなくてすむな。いやー、心置きなく夜ふかしできるってもんよ」

「何よそれ」

昭雄の冗談に美咲が笑ったりツッコミを入れたりして、僕も2人の会話を聞きながら、度々相槌を打ったりしていた。

そんな他愛も無い会話をしばらく繰り返しているうちに、オムライスが3つ運ばれてきた。

「おっ!待ってました!」

「美味しそう!」

黄金という言葉がしっくりくるぐらいに、綺麗な焼き卵が上に被さっていて、ケチャップが真ん中にぷっくらと丸まって乗っていた。

これは、食べる前から美味しいとわかるやつだ。

「ゆっくり楽しんでな」

野木さんは笑顔を浮かべた後、またカウンターの方に戻っていった。

「いただきまーす!」

美咲と昭雄は相当腹が減っていたのか、すぐにオムライスにスプーンを突っ込んだ。

僕も、それを見た瞬間にお腹が空いてきた。

スプーンを卵に突き刺し、軽く掬ってみると、中のチキンライスが顔を出した。

これもまた、見事な焼き加減だった。

「んふー!美味しいー!」

「野木さんのオムライス、やっぱ最高だわ!」

「また調子良いことを。でもありがとうな」

美咲と昭雄の声に、野木さんが照れくさそうに笑っていた。

美味しい食べ物には、愛情がある。

以前に叔母がそう言っていた。

これは、まさにそれを体現しているかのようだった。

僕が二口目を食べようとした時、店のドアベルが鳴った。

僕らが入り口付近を見ると、そこに真白が立っていた。

「はい。いらっしゃい」

野木さんが声を掛けると、真白は無表情のまま軽く会釈をした。

「えっ?郡山さん?」

美咲も昭雄も軽く驚いていた。

そんな2人を尻目に、僕は真白に向けて手を上げた。

僕が手を振ると、真白はそれに気づき、僕らの席にやってきた。

「やあ」

「こんにちは」

真白は小さく挨拶して、食事をしている僕らの隣に立ち、じっと見下ろしていた。

「もしかして友達って、郡山さん?」

「うん。実はもう一度誘ってみたら、旅行に参加してくれることになって」

「えっ!マジで?」

それを聞いた美咲は素っ頓狂な声を上げた。

「お前、意外とやるな」

昭雄は感心したように言った。

まあ、これも彼女の霊と話をするという取引の結果なのだが、それは口が裂けても言えない。

「まあ、座りなよ」

「うん」

僕の隣の席に促すと、真白はスクールバッグを置いて、すとんと座った。

「とりあえず、何か頼む?」

「・・・ブレンドコーヒーをホットで」

「オッケー」

僕は野木さんを呼んで、真白の飲み物を注文した。

「ご飯とかは大丈夫?」

「ええ。お腹は空いてないから」

「わかった」

注文を終え、改めて昭雄と美咲の方を見てみた。

昭雄はふむふむと頷きながら笑っていて、美咲は少し複雑そうな顔をしていた。

「まあ、とりあえず、一緒に旅行に来てくれるってことだよな?」

改めて昭雄がそう聞くと、真白はこくりと頷いた。

「そっか。よろしくな」

昭雄はにこっと笑った。

しかし、美咲はなんだか腑に落ちない感じで、こう聞いてきた。

「私が頼んだ時は断ってきたのに、なんで急に?」

「それは・・・」

真白は少し言いにくそうにしていたので、代わりに僕が答えた。

「あれから、もう一度考え直して、やっぱり行きたくなったんだってさ。で、近所に住んでいる僕に直接頼みに来て、今に至るってわけ」

「本当に?」

しかし、美咲はどこか訝しげに聞いてきた。

「本当だよ。彼女が頼んできたときには、僕も驚いたけれど」

僕がそう言うと、真白はちらっと僕の方を横目で睨んできた。

「そう。でもよかった」

僕の嘘を聞いた美咲は、少しほっとした顔になった。

そこに真白のコーヒーが運ばれてきたため、昭雄は「よし」と声を上げた後、自分のコップを掲げた。

「じゃあ改めて、俺たちの夏休みに」

「ああ」

「うん」

僕らがコップを掲げるのを見て、真白は何をするのかと困惑していた。

「あっ、これから乾杯するから」

「・・・・」

僕がそう説明すると、真白はおずおずとコーヒーカップを持つ。

「よし!じゃあ、最高の夏休みにしようぜ!」

「かんぱーい!」

昭雄の音頭に合わせて、僕らはコップとコーヒーカップを軽くぶつけあった。


昭雄と美咲は真白を普段通りの様子で受け入れてくれた。

そして話題は真白のパーソナルに関する質問になる。

確かに僕らも、真白という存在をもっと知る必要があった。

だが、僕が思った以上に真白は難しい人間だった。

「郡山さんは普段、お休みはどんなことしてるの?」

「強いて言うなら、勉強してる」

「えっと・・・それ以外は何かしないのか?例えばゲームとかゲーセン行くとか、筋トレするとか」

「それはあんたの趣味でしょ」

昭雄の質問に美咲は鋭くツッコミをいれた。

でも、真白は目を伏せながら首を横に振る。

「趣味とかはない。今まで、何かに没頭したことはないから」

「そ、そっか」

「まあ、これから好きなものも増えていけるだろうし、大丈夫だって」

昭雄も美咲も、笑顔を繕ってはいるが、対応に困ったような顔をしていた。

だから、僕は少し助けを出そうとした。

「でも、普段から本を読んでるじゃん」

「あー、そうそう!どんな本読んでるの?」

僕の言葉に、美咲が食いついた。

しかし、真白は表情を変えずにこう答えた。

「凍てつく森」

「えっ・・・」

美咲の表情が、一気に凍りついたようになった。

「それって本の題名?」

「ええ」

昭雄が不思議そうに聞くと、真白はこくりと頷いた。

「ふーん。聞いたことねえな。誰が書いた作品だ?」

「きっと知らないと思うよ。有名な人じゃないから」

僕も聞いたことのないタイトルだった。

本を読むのは好きだったので、少し調べてみようと思った。

「ごめん、ちょっとトイレ」

すると、美咲はすくっと立ち上がり、逃げ出すようにトイレに走っていった。

僕も昭雄も不思議そうにそれを見ていた。

美咲がなんだか辛そうに顔を歪めていたから。

「・・・私、そろそろ行かないと」

すると、真白も立ち上がり、スクールバックを肩にかけ始めた。

「えっ?まだコーヒー残ってるけど?」

昭雄がコーヒーカップを指さして言ったが、真白はふるふると首を横に振った。

「そろそろ帰らないといけないから」

「そうか。じゃあまたどっかで集まろうな。旅行の計画とかも立てたいから」

「うん」

その時、席を立った真白が、僕をじっと見て目で何かを訴えていた。

「・・・ごめん。ちょっと席を外すな」

「えっ?ああ」

僕も立ち上がり、お会計を済ませた真白の後を追った。

店の外に出ると、真白が僕の方に振り返った。

「私、つまらないでしょ?」

「えっ?」

「私なんかと旅行に行っても、どうせ楽しくない。それに、私は人を不幸にする才能しかないから」

「そんなことないって」

「君は何もわかってない」

否定しようとした僕の言葉を、真白は遮った。

「私と一緒にいれば、君たちはきっと苦労するし、良くないことが起きる。今までも、ずっとそうだったから」

それは、これまで相当な辛い経験をしてきた人間の声だった。

かつて、兄と仕事をしてきた時に、何度か聞いてきた声だ。

業を背負った人間が放つ、独特の気配も感じた。

「でも、これも君との約束だから」

そして真白は溜息を吐いた後に、前に向き直って言った。

「君にあの子と話をしてもらうためにも、今回の約束はちゃんと守る。でも、つまらない結果になっても怒らないでよね」

「ああ」

「それじゃあ、また」

さっさと歩き出した真白の背中を見送りながら、俺は考えた。

彼女をあそこまで殻に閉じ込めたものは何なのだろうか。

人に死なれて殻に閉じこもった人は、これまでにも見てきたけれど、彼女はどうもそれだけではないような気がする。

まるで、自分自身が死を運んでいるとでも言わんばかりの冷たさと、雨雲のような灰色の雰囲気を感じてしまった。

僕も溜息を吐いた後、店に戻った。

すでに美咲は席に、戻っていたが、その表情は浮かない。

「どうした?大丈夫か?」

「うん。一応」

美咲は僕の方を見て、力なく笑った。

「とりあえず、これ食ったらもう行くか」

「そうだな」

昭雄の提案に、僕らは頷いた。

その後は黙々とオムライスを食べ切り、さっさと店を出た。

「じゃあバイトの件、よろしくな」

店を出るときに野木さんにそう言われ、バイトのことを思い出す。

また不安な気持ちが首をもたげてきたけれど、頭を振って、その気持ちを一旦消した。

「じゃあ、またな」

「うん。じゃあね」

美咲と別れた後、昭雄と一緒にバス停に向かった。

「それにしても、よく誘えたな」

「何が?」

バス停前のベンチに腰掛けた後、昭雄に唐突に聞かれた。

「郡山さんだよ。美咲は断られたのに、お前は誘えた」

「どういう意味?」

「別に」

含みのある言い方に、僕は眉をひそめた。

「お前、まさか郡山さんのこと・・・」

「そんなんじゃないよ」

皆まで言う前に、僕は昭雄の言葉を遮った。

「ただ、家も近所だし、美咲が誘いたがっていたから」

「・・・そうか。ならいいけど」

おそらく、昭雄は僕に、美咲の気持ちを裏切ってほしくないんだと思う。

でも、そもそも美咲が僕のことをどう思っているのか、僕は確認すら取れていない。

単に昭雄が早とちりしている可能性だってある。

そんな状態で、美咲のことをどう考えるかなんて・・・。

そのタイミングで、急に僕のスマホが震えた。

叔母からの電話だった。

「はい。もしもし?」

「もしもし、涼くん?今大丈夫?」

「うん。大丈夫」

僕は昭雄をチラッと横目で見た後、叔母にそう言った。

「よかった。申し訳ないだけど、ちょっと頼みたいことがあるのよ。今から太陽書堂に来れるかしら?」

太陽書堂とは、叔母のパート先の古書店のことだ。

ここからそう離れていない。

「わかった。今から向かう」

「ありがとうー。助かるわー。それじゃあよろしくね」

叔母は嬉しそう言って電話を切った。

以前にも、叔母から頼まれ事をされて、書店の在庫整理の手伝いをしたことがあったから、たぶん同じような類のことかもしれない。

「なんか用事か?」

「ああ。悪いけど叔母さんのところに行かないと」

「そうか。わかった」

僕は鞄を肩に下げて、ベンチから立ち上がる。

「それじゃあ、また」

そう言って去ろうとした時、背後から昭雄に「涼!」と呼び止められた。

「バイトは明後日の10時からだから、よろしくな!」

振り返ると、昭雄がそう大声で伝えてきた。

「わかった!」

僕が返事をした直後に、バスがロータリーに入ってきて、バス停にゆっくりと停車した。


駅から徒歩5分の距離を歩くと、「太陽書堂」と書かれた白い古ぼけた看板を掲げたレトロな一軒家が見えてくる。

店の前にも古本を積んだカートが出ていて、店内は大きな本棚によって迷路のようになっていた。

店内に入ると、叔母が奥のカウンターで店番をしていた。

「あっ、涼くん。来てくれてありがとうね」

「うん」

ハンカチで汗を拭いながらカウンターに来ると、早速仕事を頼まれた。

「悪いんだけど、奥の部屋に積んである本を仕分けしてくれない。こっちは手が離せなくて」

叔母はカウンターに置かれたノートパソコンとにらめっこしている状態だった。

「すでにバイトの子が作業しているんだけど、一人だと大変だろうから、お願いね」

「わかった。すぐに取り掛かるよ」

適当なところに鞄を置いて、僕はカウンターの奥の部屋に入った。

店の奥は普通の和風な居住空間なのだが、所狭しと古本が積まれている。さらに奥の部屋は倉庫になっていて、一人の若い男性が汗を垂らしながら作業していた。

「すみません。叔母に頼まれて来ました」

「ああ、よろしく」

バイトの男性は細身で身長が高く、それでいてしっかりした体躯をしていた。

汗を垂らしながらも爽やかな笑顔を浮かべてきた。

よく見ると、かなりイケメンだ。

黒いエプロンには「八城」と書かれた名札がクリップで止めてあった。

「まずは、こっちの本を五十音順にまとめてほしいんだ。終わったら呼んでくれ」

「はい。わかりました」

早速バイトの男性に言われた通りの作業に取り掛かった。

周囲には染みや日で褪せた本が山のように積まれている。これらを仕分けるのは骨が折れそうだった。

埃っぽい中で、僕はひたすら仕分けを行い、バイトの男性は本に値札を付けていた。

30分ぐらい黙々と作業をしていると、叔母が僕らのために冷たい麦茶を持ってきてくれた。

「今日はありがとうね。翔平くんもお疲れ様」

「いえいえ」

翔平と呼ばれたバイトの男性は、またもや爽やかな笑顔で叔母から麦茶のコップを受け取った。

「涼くんも、急にこんなこと頼んでごめんね」

「いや、大丈夫。いい運動になるから」

僕も笑顔を浮かべてみるが、翔平さんの笑顔には敵わないと思う。

叔母から受け取った麦茶を、その場でゴクゴクと飲み干した。

「そう言えば、帳簿の誤差は大丈夫ですか?」

「それが、やっぱり少し合わないのよ。何度か確認はしているんだけど」

「もしかしたら、どこかに埋もれているのかもしれませんね。今日明日で部屋を探してみますよ」

「それはさすがに大変だけど、いいの?」

「ええ。任せてください」

何の話かはわからないが、翔平さんはぐっと親指を上げて余裕そうに笑っていた。

「そう。じゃあ、お願いしてもいいかしら?私はもう一度チェックしてみるから」

そのまま叔母はまたカウンターに戻っていった。

その直後に店の引き戸が開く音が聞こえ、叔母が「いらっしゃいませ」と声を掛けていた。

「君、澄江さんの甥っ子なんだよね?」

すると、唐突に翔平さんから声を掛けられた。

「はい。そうです」

「そっか。以前にもこういう仕事はしていたの?」

「どうしてですか?」

「いや、なんだか手際が良いなと思って。慣れている感じがしたから」

翔平さんは笑顔で僕の手元を見た。

「まあ、何度か叔母に手伝いを頼まれていたので」

「そっか、道理で。あっ、俺は八城。八城翔平。君は涼くんって呼ばれていたよね?」

「はい」

それから僕は翔平さんと雑談を交わしながら作業を進めた。

「涼くんは〇〇高校に通ってるんだね?」

「ええ。そうですけど」

「やっぱり。俺もそこ出身だからね。その制服も懐かしいな」

翔平さんとの話は楽しかった。

会話からして頭が良さそうだったし、それに社交的な雰囲気を感じさせる。

叔母からも信頼されているように思えた。

「もしかしてバスケ部?」

「いえ、帰宅部です」

「えっ?マジで?」

僕がそう答えると、翔平さんは意外そうに言った。

「いやー、てっきりそのリストバンドしてたから、バスケ部だと思って」

「えっ?」

翔平さんは僕の右手首のリストバンドを指差した。

「そのリストバンド、〇〇高校のバスケ部員がもらえるやつだから」

「ああ、そうなんですか?」

「俺もあそこのバスケ部だったからね」

リストバンドのことは初めて聞く話だった。

でも、クラスでバスケ部に所属している連中は、こんなリストバンドは着けていなかったように思う。

「だからてっきり、俺の後輩かと思って」

「これは、友達にもらったものなので」

「ああ、そうなんだ」

そこまでの会話でふと思う。

昭雄は僕と同じ帰宅部なのに、なんでこのリストバンドを着けていたのか。

昭雄はうちの高校のバスケ部と全く関わりを持っていないのに。

そう言えば、4月に冴島とかいう男子も、昭雄のリストバンドのことを言及していたように思う。

そんなことを考えながらも、黙々と作業をしているうちに、ようやく半分ほどが片付いた。

「いやー、おかげでだいぶ捗ったよ。ありがとうね」

「いえいえ」

翔平さんは汗を拭いながら嬉しそうに言った。

「二人共、お疲れ様」

叔母もカウンターの方から顔を出してそう労ってきた。

「とりあえず、今日はここまでで良いですか?」

「そうね。明日は店長も戻ってくるし、今日はこの辺で大丈夫だと思う」

「そういうわけで、ご苦労さま。ありがとう」

翔平さんはそう言って、僕に握手を求めてきた。

「いや、こんなことでよければ・・・」

差し出された手を、僕は適当に握り返した。

「それじゃあ、涼くん。今日はお疲れ様。家に帰ったら、ご飯だけでも炊いといてくれる?」

「うん。わかった」

「ありがとう」

叔母に頼み事をされた僕は、鞄を持って店を出ようとした。

そして、店の引き戸を開けて外に出た時、目の前に一人の男が立っているのに気づいた。

坊主頭で日焼けした肌をしているものの、この雰囲気は間違いなく霊だった。

霊はうちの高校の制服を着ていて、悲しそうな目で僕の方を見ていた。

「涼くん」

その直後に、背後から翔平さんに声を掛けられた。

「また機会があれば、よろしく」

翔平さんは店の奥から笑顔で手を振ってくれた。

僕も作り笑いを浮かべて手を振り返す。

再び前を見ると、霊の姿はいなくなっていた。

一体、あの霊は何に反応して見えたのだろうか。

もしかして、翔平さんと握手したから?

疑問を抱きつつも、僕は引き戸を閉めて、バス停へと戻っていった。


バスに揺られながら、先程の現象を思い出していた。

真白に触れてからというもの、また自分の中に眠っていた力が目覚めてしまっているように思う。

とはいえ、頻繁に力を使っていた時に比べて、霊が確認できる時間は短いし、体力の消耗は大きい。

先程、霊が見えた時も少しだけ目眩がした。

久々に、それも思わぬ形で力が発動したから、やはり体が慣れていないのだろう。

真白との約束が、ちゃんと果たせるのか不安になっていた。

そもそも、彼女の頼みを受けた理由が、自分でもよくわかっていない。

あの時は、真白に気圧されて渋々受け入れたが、やっぱり断るべきだったかもしれない。

とはいえ、一度受けてしまったわけだし、彼女も交換条件である昭雄たちの旅行計画に乗ってしまった。

さすがに今から、「やっぱりあの話は無し」というわけにはいかない。

まだ気は進まないが、やるしかないようだ。

バスから降りた後、少し気分を変えようと、イヤホンを取り出してスマホで音楽をかけた。

映画音楽をランダムに流しながら、深い緑に覆われた山々を眺めつつ、ゆっくりと家路を歩いた。

夜はとてつもなく恐い道だが、明るいうちは幻想的な雰囲気があって好きだった。

所々で野鳥がさえずり、蝉もあちこちでわんわんと鳴いている。

僕は今、全身で夏を感じながら歩いている。

やがて家の前の橋に差し掛かると、橋の欄干にもたれかかり、じっと遠くの景色を眺めている真白がいた。

喫茶店から直接来たのか、制服姿のままで足元には鞄が置かれていた。

その佇まいはまるで、僕を待っていたかのようにも見えた。

「この辺り、蚊が多いよ?」

そんな真白に、僕はそう話しかけた。

すると、真白はくるっとこちらに顔を向け、欄干から離れた。

「虫除けスプレーはしてるから大丈夫」

「そう。ところで、ここで何を?」

「君に聞きたいことがあったから、ずっと待っていた」

抑揚のない真白の声は相変わらずだが、僕のことを待っているなんて、なんだか彼女らしくない感じがしている。

「もしかして、約束のこと?」

「それもあるけれど、君たちのグループに入ることについても今一度確かめておきたい」

「確かめるとは?」

「改めて聞くけれど、私を君たちのグループに入れていいの?それで君たちは本当に満足?」

以前に美咲が上野たちと言い争った時にも、真白はそんなことを言っていた。

僕は気にしていないという言葉を飲み込み、次の真白の言葉を待った。

「さっきも見たでしょ?私はコミュニケーション能力が著しく欠如してるの。私といたって何のメリットはないし、それどころか不快にさせるだけ」

マスク越しだから表情は見えにくい。

けれど、真白は自分の放った言葉に苦しんでいるように一瞬見えた。

根拠はないし、あくまでなんとなくだけど。

「・・・僕はともかく、それを昭雄や美咲には聞かないの?」

「・・・・」

僕がそう聞くと、真白は黙ってしまった。

「たった1時間くらい過ごしただけで、そんな簡単に君を突き放したりはしないよ。僕の友人はそういう人間じゃない」

そう言ってはみたが、真白はそれでも納得のいかない顔をしている。

「それを言うなら、君たちだってたった1時間くらい過ごしただけで、私を理解したわけではないでしょ?」

「それはそうだ」

「さっき、私はわずか3分で清水さんの気分を害した。それだけでも私がどういう人間なのかを充分理解できたと思っていたけれど?」

「・・・・」

今度は僕が黙る方だった。

確かに、美咲は何かをきっかけに気分を悪くしてしまったように見えた。

先程、美咲に大丈夫かとメッセージを送ってはみたが、まだ返事はない。

でも、なぜそうなったのかについては、僕も昭雄もよくわかっていない。

あからさまに、真白が気分を害するような発言をしたかと言われれば、そんなことはないと思っている。

「正直、僕は君という人間がまだよくわかっていない。昭雄も美咲もそうだと思う」

僕は落ち着いた感じでそう言った。

「なぜ、君たちは私に関わりたいの?」

真白は少し目を細めてそう聞いたので、僕は少し考えた後に、こう答えた。

「もともと君を誘おうって言い出したのは美咲だ。彼女がどういう了見で君を誘ったのかはいまいち僕もよくわかっていない。ただ、僕は少なくとも、美咲がそうしたかった願いを叶えただけかな」

そう答えると、真白は少し視線を逸した。

納得がいっていないようだったが、そんなのは関係ない。

「あとは、君の依頼のためでもある」

僕がそう付け加えると、真白はまた僕の方に視線を戻した。

「君が僕に依頼をして、交換条件を提示してきた。だから僕はせっかくだからと、美咲の願いを叶えてみた。それだけだよ」

「・・・私の依頼を受けようと思ったのはなぜ?」

「君に取り憑いている霊が、どうしても君と話したがっていたから、かな?」

なんとなく、あの霊をこのまま放っておくのは可哀想と思えた。真白と約束をしたあの夜、僕はなんとなくそう感じたことを思い出した。

理由はそれぐらいしか思い浮かばない。

「君たちは物好きだね」

そう言った後、一瞬だけ真白が笑ったかのように目を細めた気がした。

「まあそれはともかく、約束は守ると決めた以上、君も私の依頼を果たしてもらわないと」

「そうだね」

相手が真白というのはやはり気が進まないが、やるだけやってみるかと気を取り直した。

「そういうわけで、早速やりましょう」

「えっ?」

そう言って、真白は僕の方に近づいてきた。

「ここじゃあ何だから、私の部屋に来て」

そのまま真白は僕の横を通り過ぎて、前を進んでいく。

「ちょっと待って。今からやるのか?」

「私だってついさっき、いきなり君たちのところに連れてこられたんだけど?」

そう言われてしまえば、僕は何も言えなくなってしまう。

「・・・わかった」

断れる雰囲気でもなかったので、僕は渋々と真白の後に続いた。


真白の後に続いて西都やに入ると、フロントで以前僕を出迎えてくれた従業員が立っていた。

「おかえりなさいませ。真白様」

真白の姿を見た従業員は深々と頭を下げて、彼女を出迎えた。

一方の真白は、従業員を一瞥するだけで会釈すらもせずにずんずんと廊下を進んでいく。

一応、僕は気持ち程度に「お邪魔します」と言っておいた。

館内は適温で、外と中の寒暖差を全く感じさせなかった。

しかし、真白は体を少し擦っていた。

「寒いのか?」

「ええ。冷え性なの」

僕が聞くと、真白はそっけなく答えた。

そう言えば、僕が橋で真白の手を掴んだ時も、彼女の手は真夏の屋外にいたとは思えないくらい冷たかった。

「体温調節がうまくできない」

真白は腕を擦りながらそう言った。

僕にとっては過ごしやすい温度でも、真白にとっては寒いらしい。

「だったら、夏場はそこまで暑さを感じないのか?」

「そうだね。でもここまで酷いと流石に熱中症にはなる」

「それはそうかも」

暑さを感じにくいからといっても、今年の異常な暑さの前ではどうしようもないらしい。

そうこうしているうちに、見慣れた襖の部屋に辿り着いた。

靴を脱いだ真白は、「ちょっと待ってて」と言って、先に部屋に入った。

片付けでもしているのか、部屋の中からガサゴソと音がした後、やがて「どうぞ」と襖の奥から声がした。

僕は靴を脱いで、遠慮がちに中に入った。

「失礼します」

真白の部屋は相変わらず簡素なものだった。

ちゃぶ台の前で彼女は正座をしていた。

「別にそこまで律儀にならなくていいよ。私の部屋なんだから」

僕の言葉に対して、真白は怪訝な顔でそう言った。

「いや、一応女の子の部屋だし」

「でも期待外れでしょ?」

真白は部屋を見渡しながら、自嘲気味に言った。

「そんなことないって。それにこういう時に性格が出る方なんだよ。僕は」

真白と向き合うように、僕も荷物を置いて正座をする。

そして、一呼吸を置いてから、真白は切り出してきた。

「それで、どうすればいいの?」

僕も深呼吸をした後、真白を見据えていった。

「それじゃあまず、両手を出して」

「こう?」

真白はちゃぶ台の上に真っ白な両腕を伸ばしてきた。

「霊と交信するには、相手の体に触れるのが一番だから」

と言いつつも、僕自身まだ自分の能力のことなのに、わからないことはまだ多い。

相手の体に直接触れる方が、交信がしやすいというところははっきりしているが、それでも不発に終わるときもある。

「それじゃあ、少し待ってて」

真白の両手をそっと手に取り、少し集中した。

一旦目を閉じてから、また目を開けると、真白の後ろにあの少女が立っていた。

無表情で、呆然とした様子で立っている。

「・・・今から僕が霊と話をする。つまり、僕が君と霊の通訳になるから」

「なるほどね」

真白は理解したように頷いた。

「それじゃあ、何か聞きたいことはある?」

そう尋ねた時、真白の手が小刻みに震えている事に気づいた。

意外と緊張しているのかもしれない。

「・・・私に付き纏っている理由を知りたい」

真白がそう言った後、僕は霊の少女を方を見た。

少女は唇を震わせて、「探してほしいの」と呟いた。

「探してほしいものがあるんだって」

次に真白にそう伝えた。

真白は何のことかわからない様子で、首を傾げて目を細めた。

「・・・何を探してほしいの?」

真白の言葉に幽霊はゆっくりと唇を動かした。

「私達をつなぐ、大切なもの」

「それはどんなもの?」

「・・・・」

具体的に言及されるのを避けたいのか、霊はそっぽを向いた。

仕方なく、僕は真白に霊の言葉のままを伝えた。

すると、真白は目を見開き、すっと僕からゆっくりと手を離した。

「・・・とりあえず、今日はもういい」

そして立ち上がり、僕から背を向けた。

「君の顔、真っ青だよ」

「えっ」

真白にそう言われて、僕は自分の顔に手を触れた。

次の瞬間、鼻からポタポタと赤い雫が落ちた。

「やばっ!」

鼻血だった。

ちゃぶ台に数滴落ちてしまい、急いで鞄からポケットティッシュを取り出そうとした。

「はい。これ」

それより先に、真白はボックスティッシュを僕に差し出した。

「ありがとう」

僕は急いでティッシュを丸めて鼻に詰めた。

「・・・ごめん。汚しちゃって」

そう謝ると、真白はふるふると首を横に振った。

「霊視をすると、いつもそうなの?」

真白は無表情な顔でそう聞いてきた。

「いや、たぶん久々に力を使った所為かもしれない。それに疲れていたし」

「やっぱり、無理をさせていたみたいだね。ごめん」

真白は申し訳無さそうに僕から顔を逸した。

「いや、こっちこそ」

鼻が詰まった状態だったので、うまく声が出にくかった。

「鼻血、止まるまでしばらくいたら?」

「そうだね。そうさせてもらう」

真白の提案に、僕は乗ることにした。


真白が飲み物を取ってくる間、僕は鼻に詰め物をしながら、スマホを弄っていた。

昭雄と美咲のグループチャットにて、美咲が課題を一緒にやる日にちについて提案していた。

「8月の初めぐらいに、一度お互いの進捗具合について、確認しない?」

美咲のチャットに、昭雄がすぐに「OK!」という吹き出しのスタンプを送ってきた。

僕もサムズアップのスタンプを送る。

「それと、郡山さんにグループに入るように言っておいてね」

続けて、美咲がそう送ってきた。

そういえば、まだ真白にグループチャットの存在を教えていなかった。

「わかった。あとで入るように言っておく」

「よろしく」

僕のチャットの後に、美咲が敬礼する猫のスタンプを送ってきた。

課題については何を調べるかは、ある程度は頭の中に浮かんでいる。

一応、僕が今住んでいる家と、五島家の歴史なんかを調べてみるというのは面白そうだと感じていた。

僕の家には蔵があって、その中に先祖の収集品や古い資料が沢山眠っている。

それらを漁れば、ある程度課題のテーマになりそうなものは見つかると思っていた。

とはいえ、蔵の中に入ることについて、祖父はあまりいい顔をしないだろうから、もちろん黙ってやるつもりである。

「おまたせ」

ゆっくりと襖が開き、真白がお盆を持って部屋に入ってきた。

お盆の上には氷が浮かんだ麦茶の入ったグラスが2つ乗っていた。

「ありがとう」

丁寧な仕草でグラスをちゃぶ台に置き、そのうちの一つを手に取った真白は、マスクを外してゆっくりとグラスに口を付けて飲んだ。

その時に、また右頬に残った火傷の痕が見える。

「・・・気になるよね。やっぱり」

そう言うと、真白はマスクを外して、僕の方に右頬を向けた。

「これ、誰に付けられたと思う?」

尋ねられても、僕は答えられなかった。

真白自身も、当ててほしくてそう言っているのではないのだろう。

「私の母は、この家が嫌で仕方なくて、千葉に引っ越して、父と結ばれた」

そこから、真白の過去の話が始まった。

僕はスマホをポケットにしまい、何も言わずに真白の話に耳を傾けた。

「父は仕事一辺倒の人で、母は専業主婦になった。私が生まれた頃から、2人は会話らしい会話がなかった。母はずっと、寂しさと後悔を抱えていたんだと思う。父に相手にされない寂しさと、父と結婚してしまった後悔。自分が思い描いた理想の家族が作れなくて、母は苛立っていた。その苛立ちのはけ口が、私に向けられるのにそう時間はかからなかった」

淡々と無表情のまま語る真白を見て、僕は少し背筋が寒くなった。

「その火傷は、お母さんにやられたのか?」

「・・・小学2年生の頃、父のワイシャツをアイロンがけしていた母に、背後から抱きついたことがある。この頃、私は今で言うネグレクトを受けていた。父のいない間、母は私を家に一人で残して遊びに出ていた。後で知ったことだけど、浮気をしていたみたい。その日は珍しく母が家にいたから、私は嬉しくて、母に甘えたくて、かまってほしくて抱きついた。そしたら母は、私のことを叫びながら投げ飛ばして、手に持っていたアイロンを私のここに当てた」

真白は自分の右頬を指差した。

僕は思わず、唾を飲み込んだ。

「頬を押さえながら泣き叫ぶ私に、母は容赦なく罵声を浴びせてきた。あんたなんか産まなければよかった。そうしたら、私は自由になれたのにって。休日だったから、家にいた父がすぐに駆けつけてきたけれど、父はその状況をただただ冷静に見ていただけだった」

「虐待じゃないか」

僕は思わずそう呟いた。

「そうね」

そんな僕の言葉に、真白はそっけなく答えた。

「でも、父はこの事実を隠し通そうとした。自分の仕事に響くからか、家族の汚点を隠したかったからかはわからない。父はただ、私にマスクを渡して、その火傷の痕を誰にも見せるな、なにか聞かれても答えるな、としか言わなかった」

そこまで言い終えて、真白はまたグラスを手にとって、麦茶を一口飲んだ。

「私が中学を卒業したタイミングで、母の浮気が父にバレて離婚騒動になった。それから父も母も親権を放棄して、私は伯母の家に預けられて今に至る。・・・これが、火傷の痕の真相」

「・・・なんで、僕にその話を?」

僕は別に、真白の過去を知りたいと思ったり、その火傷の痕について聞きたいとは思っていなかった。

すると、真白はこう答えた。

「フェアじゃないから」

「どういう意味?」

「私は、君が秘密にしている能力のことを知っている。でも、君は私のことをほとんど知らない。契約を結んだ以上、それでは公平じゃないから。あくまで今の私達は、対等な立場でないと」

「・・・そこまでしなくても、僕らは最初から対等な立場だったよ」

僕がそう言うと、真白は少し目を見開いた。

「僕らの仲間になった時点で、すでに対等だよ。でも、話してくれてありがとう」

真白は複雑な表情を浮かべながら、僕から目を逸した。

「・・・わからない」

そして、小さな声でそう呟いた。

「私には、今ひとつそういうのがわからない」

「そういうのって?」

「友達とか、仲間とか。今の私には、そういう人はいないから」

その言葉に、少し引っかかるものがあった。

真白に取り憑いている少女。彼女は真白の友達だったのではないのか。

「さっき、君が話したがっていた霊は、君の・・・」

「それはまたおいおい話すつもり」

僕の問いかけを、真白は遮った。

「今は、まだ話す気にはなれない」

「・・・わかった」

真白がそういうなら、まだその時ではないのだろう。

僕はグラスに入った麦茶を一気に飲み干す。

鼻に詰めていたティッシュを取ると、すでに血は止まっていた。

「なあ、一つだけ頼みたいんだけど」

「何?」

「僕らのグループチャットに、参加してくれないか?」

「うん」

真白は頷いてスマホを取り出した。

僕も自分のスマホを取り出し、チャット画面で真白をグループに招待した。

真白はすぐに、グループに参加してくれた。

「今日はありがとう」

そして、真白はスマホから顔を上げて僕にお礼を言ってきた。

「いや、ちゃんとできなくてごめん」

「それでもいい。君が約束を果たしてくれる人だとわかっただけでも十分」

無表情ではあったが、真白なりに僕に感謝しているのは、なんとなくわかった。

僕は残りの麦茶を飲み干し、立ち上がった。

「こちらこそ、今日はありがとう。お邪魔しました」

「うん」

真白も一緒に立ち上がり、旅館の出入り口まで、僕を見送ってくれた。

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