神子を召喚した。国が無くなった。 1-1
この世界は常に魔物の脅威にさらされている。
国を守るための手段は様々。
勇者、聖女、神子――。
ビケイラ王国は禁術として伝わる召喚術を使い、一人の神子を召喚した。
黒髪、黒い瞳、平凡な容姿の少年。
特筆すべき特徴は何一つない、ただの少年だった。
神子が召喚されたのは魔族の領域と隣接する地域だ。
神子の役目は、魔物を討伐し続けること。
だが、この神子に戦う力はなかった。
かと言って守る力もなかった。
禁術を用いて召喚した「この国を救う人物」のはずなのに、なにも持たなかった。
そのことに憤った当時の国王は神子を殺そうとした。
しかし神子は生き延び、国は滅びた。
これは教会に保存されていた当時の記録である。
――――――
王都にある大聖堂の礼拝堂で、神官服に身を包んだ男性が祈りを捧げていた。
祭壇には美しい女性像が飾られている。
男性は一心に祈るが、女性像は冷たく見下ろしているだけ。
男性の名はスベン・ブレイズフォード、ビケイラ王国の宰相。
彼は毎日のようにこの場所に通い、熱心に祈っていた。
やがて祈りが終わると、スベンは立ち上がり、振り返って歩き出す。
今日は国を挙げての儀式がある日。
禁術による救世主の召喚。
これが叶えば魔物に怯える日は終わる。
魔王を倒し、世界を平和に導くのだ。
スベンはそう信じて疑わなかった。
だが、彼の願いも虚しく、儀式は失敗した。
現れたのは普通の人間と変わらない少年だったのだ。
彼は特別な存在ではなかった。
ただの一般人。
救世主ではなく、生贄と呼ぶべきかもしれない。
召喚された少年を見た瞬間、スベンの中にあった希望が消え去った。
同時に失望も抱いた。
そして恐怖する。
このままでは魔物に殺される。
自分だけではなく、家族や部下たちまで巻き添えになってしまう。
だから、すぐにでも殺そうとした。
しかし、できなかった。
この召喚のために数千を超える奴隷の命を生贄使っているだけでなく、大量の魔石を使用しているのだ。
税金を使い、禁術を用いた結果が何もなしでは許されない。
「宰相……」
「っは」
「すみやかに処分を」
「承知いたしました」
王が小声で命じた内容に軽く頭を下げて諾の意を示す。
逃げられては面倒なので、表面上は無表情を装っている王だが、内心は怒り狂っているのであろう。
スベンはこの少年をどうにか利用できないか悩んだ。
そして思いつく。
そうだ、魔物退治に向かわせよう。
何もできないだろうから適当に雇った冒険者をつければいい、国を守ろうとして魔物の犠牲になった救世主なら国民の同情も買える。
それに魔物が原因ならば、守れなかった冒険者に責任を押し付けられる。
王に提言すれば即座に受け入れられ、そのまま城から出すことで意見が一致した。
王命を受けたスベンはすぐに行動に移した。
まずは少年を送り出すために、同行する冒険者を手配した。
冒険者はギルドと呼ばれる組織に登録している者たちであり、仕事の仲介も行っている。
彼らは依頼があればどんな危険な場所へ赴き、報酬さえ用意されていれば何でもやる。
今回は国の命を受けた形になるのだが、そんなことは関係ない。
命の危険があり、高額な報酬が約束されている以上、断るという選択肢はないからだ。
また、今回の件は国からの依頼でもあるため、ギルド側としても断れない、はずだった。