ドラゴンの日常 1-1
俺が生まれたのはドラゴンが暮らす深く険しい谷。
ドラゴンの中でもさらに上位の者しか住むことを許されぬその場所で、俺は生まれ落ちた。
生まれてからしばらくの間の記憶はほとんどない。
ただ母竜に寄り添って生きてきた記憶だけが残っている。
だがそんな生活も長くは続かなかった。
ある日、俺たちの巣に人間がやってきて、全ての日常はひっくり返された。
人間は俺たちを狩る存在だ。
そのことは生まれたばかりの俺でも知っていた。
「ちーっす」
「長老ここ来るのキツイっすよぉ」
「老体だからって言い訳してないで、降りてきてくださいよ」
「すまんの」
敵が侵入して来たと警戒する群れ。
ドラゴンの群れが一斉に威圧しているにも関わらず、その場に荷物を降ろして文句を言い始める人間。
前に出て対応したのは群れの長老だった。
「降りるのは良いのだが、戻ってくるのがしんどくての」
「年っすねー」
「俺も限界が近いけど、引継ぎの冒険者見つかるかな」
「見つかんなかったらどうします?」
「引退かのう……」
そして始まる談笑。
緊張感のない光景を前にして困惑するドラゴンたち。
それは俺たちも同じだった。
『母上、これは一体?』
『さあ? 私たちにも分からないわ』
生まれて初めて見る人間。
理解できないものを目の当たりにして戸惑う俺たち。
そんな中、会話を終えた人間が動き出す。
「んじゃとっとと始めますか」
「長老は用意してある?」
「うむうむ」
そう言って荷物の中から取り出したのは……何だろうあれは? 大きな布に包まれた何かを地面に広げる人間。
それに合わせて他の者たちも準備を始める。
「これが今回の商品」
「おお! 確かに!!」
「俺は酒類」
「甘露よな、ほほ良い香りじゃ」
何が起こっているかは分からないけど、長老が上機嫌なことだけは分かる。
それを察したのか、大人のドラゴンたちが近寄っていく。
『長老これは?』
「うむ、人間の食べ物じゃの」
『へぇ~……』
『いつも美味いと言って食べているやつだ』
「ほほほ」
「長老」
「おうすまん、すまん」
長老は冒険者に軽く謝ると木陰にまとめて置いてあったものを冒険者に渡した。
あれは昨日、俺たち子供のドラゴンが長老にお願いされてまとめたやつだ。たしか大人の抜け落ちたヒゲとか牙、鱗とかだったかな。
それが今目の前で売り払われている。
ドラゴンたちの視線が集中しているにもかかわらず、平然と取引を行う人間たち。
「今回はヒゲが多いな」
「酒の樽多めに持ってきて正解っすねぇ」
「しかしドラゴンのヒゲなどどうするんじゃ?」
「俺らも気になって前回聞いてみたら、なんでも釣り竿に使うらしい。後は投網作りたいとも言ってたかな」
「港街でレンタルするつもりだってによによしてたっす」
「ほっほう!」
何というか長老がとても楽しそうだ。
俺たち子供ドラゴンはただ呆然と眺めることしかできなかった。
その後も人間たちは様々な品物を長老に渡し、用意していた品と交換していった。
どうやら元々は麓で取引していたが、長老が年で移動が面倒になって人間がここに足を運んだようだ。
「これで終わりじゃの」
「お疲れさんです」
「長老ももうちょっと頑張ってくださいよぉ、俺ら毎回はきついっす」
「無理を言うでないわい」
「へいへい」
人間たちから渡された品物を見て、ほくほく顔の長老。
満足げにその場を離れていく人間たちを見送りながら、長老は大人たちに荷物を片付けるよう指示している。