吾輩は傭兵である 1-1
吾輩は傭兵である。特定の主はまだない。
そんな吾輩は今、やんごとなきお方とかいうガキの護衛のため顔合わせにきている。
このガキがこれまた酷い癇癪持ちで、依頼を受けて当たり前、自分は貴族だから偉いんだ。
そんな感じの空気を初対面から発している。
「ふんっ、大したことなさそうだな」
このセリフももう何度目だろうか。
殺していいならとっくに殺してるのだが、あくまで心の中での話である。
なので我慢するのだ。
我慢するのは得意なのだ。
「俺の護衛をさせてやるんだからもっと見目がいいのを連れてこい!」
我慢……殺したいのである。
だがしかし、まだ依頼前なのだ。受注すらしていない。
それに、こんなことで殺すわけにはいかない。
だって吾輩、傭兵だもの。
「お前らみたいなのが近くにいるだけで気分が悪い!」
我慢……
そろそろ我慢の限界なのである……。
「お前らは黙って言われたことだけしていろ!俺に逆らうやつは親でも殺すぞ!!」
我慢? 我慢とは忍耐である。耐えるということである。そしてそれは忍ぶものである。
そう忍び、耐えた先にある主人への忠誠――侍の魂を得るためにこれもまた必要な我慢なのである。
この任務を受けた報酬で待望の刀を買うお金に届くはず!
だから耐えなければならない。ここで手を出してはならぬ。
任務が終わったら自分へのご褒美に甘味も食べたい、確かそろそろ新作が出るはず……よし。落ち着いた。
深呼吸をして心を落ち着かせる。
よし!もう大丈夫なのである!!さあ殺そうか!!
無意識に剣に手をかけてしまっていたようで、一緒にいた仲間に必死に止められた。
わざとではないのである、ついうっかりだからセーフ!
きっとセーフなのである! しかし、そんな吾輩たちの気持ちを知らない目の前のお子様は更に怒り出したようだ。
「何を睨んでいる!不敬だぞ!!」
……これは、ちょっと、ほんとにダメかもしれない……。
このクソガキが!!!!殺――
***
ああ……やってしまった。我慢できなかった。我慢できたと思ったんだけどなー…。
だって仕方ないじゃないか、あれは完全に悪いのはこの子供だ。
「ひっくっ、うぅ、パパにだってたたかれたことないのに」
お尻を真っ赤に腫らして滅茶苦茶泣いてます。
泣かせたのは吾輩である。
さすがにお子様をボコボコにしてから惨殺するわけにはいかないので、とっ捕まえてズボンを脱がし、お尻ペンペンしました。
虐待じゃありません、その証拠にショタ守護神が出てきてないからセーーーフ!!
まあそれでも結構な強さで叩いてしまったらしく、「もう許して……」とか言ってたので解放したら今度は号泣である。泣きすぎである。
というか今更ながら、この子供の父親って誰だろう? 貴族の家に入るのはこれが初めてなので、貴族の名前なんか知らないのである。
そもそも時間指定して呼び出したくせに客を待たせるとは言語道断、ギルドへの報告書に書いたろ!
はっ!もしかしてこれが権力を振りかざすクズというやつなのでは!?
まさしく外道を絵にしたような奴ではないか!!(違う)
そんな感じに内心憤慨していた吾輩であったが、ようやく部屋の扉が開き人が来た。
入ってきた男は見るからに悪者っぽい見た目をしており、一目見てわかった。こいつが父親に違いない。
「おい貴様!私の息子に何をしたのか分かっているんだろうな!!」
開口一番これである。
「どうなんだ!なんとか言え!!」
「…………」
「何とか言ったらどうだ!!!」
無反応な吾輩にしびれを切らせた男が掴みかかってきたため、とりあえず殴っといた。
「ぐへぇ!」
「話にならないのである。吾輩は帰る」
「俺らも帰るか」
「お茶の一杯も出なかったなー」
吾輩が立ち上がると、一緒に任務を受ける予定だった者達も立ち上がって部屋を後にする。
吹っ飛んだおっさんは知らん。
自業自得である。
「時間の無駄だったな」
「依頼失敗で違約金払うよりマシである」
「喉乾いた。ギルドに帰ったら一杯飲みてぇ」
ギルドに帰って報告したら怒られた。
貴族を怒らせたことに対しではなく、そこまでやったのなら親の尻も叩いてこいという内容の説教。理不尽。
「おっさんの尻なんて見たくない」
「触りたくねぇよ」
「その辺の家具を壊して使えばいいでしょう、腕の一本も折らずに一発殴るだけなんて甘いです!」
甘いか?
いや確かにあの程度の男、簡単に殺せたけどさ。
「吾輩たちは傭兵なのだ。依頼以外で殺しをするわけにはいかないのだ」
「傭兵ではなく冒険者でしょう、殺せって言っている訳じゃなくて、あなた方の強さならばもっとこう……あるじゃないですか、剣の鞘の平べったい部分でぶん殴るとか」
「そう言われても、おっさんの新しい扉開く手伝いはちょっと」
「もう! 貴族の鼻は釘バットで殴る勢いで折らないと!」
受付の発想が吾輩より物騒。
でもそれ、結局新しい扉開かない?
「はぁ……仕方がないですね。私が直接行きましょう」
そう言うなり、受付嬢が釘バット片手にギルドを出て行ってしまった。
誰か止めなくていいのだろうか、吾輩たち?嫌だよ怖い。