オーク転生 2-2
翌日、いつものように畑へと向かうと、そこには先客がいた。
それは一人の女の子だった。
年齢は10歳前後といったところだろうか? 肩口まで伸びた金髪に青い瞳を持つ少女である。
服装はどこか古めかしくて質素なものだったが、それが逆に彼女の可憐さを際立たせていた。
その姿はとても可愛らしくて、思わず見惚れてしまうほどだった。
「こんばんは」
彼女はこちらの存在に気づくと挨拶してきた。
とても礼儀正しい子だと思った。
その時に気づくべきだった。
俺が作業しているのは夜中、俺は魔物だから真夜中でもある程度周囲を把握できていた。
けれど彼女は人間、月明かりも松明の明かりもない、この時彼女は俺の姿がハッキリと見えていなかったんだ。
だが、それでも楽しかった。
何故なら少女の表情からはありのままの感情が伝わってきたからだ。
やがて少女の方から聞いてきた。
「おじさんのお名前は?」
「おじ!?」
衝撃を受けた。
まさかこんな可愛い子に『おじさん』と呼ばれる日が来るなんて思いもしなかった。
一瞬、頭が真っ白になる。
だがすぐに冷静になって考えてみた。……そうだよね。俺ってもうオーク年齢30過ぎてるもんね。
そりゃあ普通に考えたらおじさんだよねぇ。
そんなことを思っていると彼女が続けて尋ねてくる。
どうやらこちらの名前を知りたいらしい。なのでとりあえず答えることにした。
名前……ないよ、あえて言えばオークだけど捻りがなさすぎだろう。
何かないかなにか――そうだ!
「ああ、ごめん。えっと、俺はコーンっていうんだけど……」
「こーんさんですか。私はマリーです」
「そっか、よろしくね」
それから少しの間、彼女と話をした。
どうやら彼女もまた一人前の薬師になるための勉強の一環としてこの森にやってきたようだ。
目的は薬草摘みとのことだが……。
しかしこんな時間に一人で森の中に入るというのは感心しないなぁ。
そんなことを考える俺に対して彼女は言った。
「昼間は別のお仕事があるから」
まあ、それも当然のことだろう。
何しろ子供とはいえ小さな村では立派な労働力なのだから。
それにしてもこの子は随分としっかりしているように思える。
恐らく両親の影響が強いのだろう。
何せこの村は辺境にある村であまり裕福な暮らしをしているとは言い難い。
そのため、両親が少しでも村のためになるようにと、この子を立派に育てようとしているのだろう。
うん、いいことだ。素晴らしいと思う。
そうして話を続けているうちに分かったことがある。
どうやらこの子は将来、この村を出て行くつもりのようだ。
そのために今は勉強を頑張っているのだという。
うん、正直言ってこの村での生活は大変だと思う。
何せこの村の周辺には魔物が多いし、おまけに土地が痩せていて作物の実りも悪いときている。
はっきり言えばここよりも王都の方がよっぽど過ごしやすいだろう。
まあ、余所者の俺がとやかく言うことでもないかな?
さて、こうして話を聞いている間にも時間はどんどんと過ぎていく。
あまり遅くなると親御さんも心配するだろうし、今日はこの辺にしておいた方がいいだろう。
……そう思って切り上げようとした時のことだった。
突然、突風が吹いた。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げて倒れる少女。
俺は慌てて駆け寄った。
「大丈夫かい?」
「はい、びっくりしました」
声をかけると彼女はゆっくりと立ち上がった。
幸い怪我はないようだ。
安心していると、彼女は服についた土を払いながら顔を上げてこちらを見た。
みるみる内にその瞳が恐怖に染まっていく。
月にかかっていた雲が風に流され、俺の姿が月明かりの下に浮かびあがっていたのだ。
「っひ、オ、オーック!!」
「えっ?」
「……いや、こないで」
先ほどまでの親しさはもうどこにもなかった。
あるのはただ魔物への恐怖と嫌悪だけ。
「いやぁぁ!!」
違うんだ。
俺はオークだけど、転生前は人間で、だから心も人間で――。
そんな俺の言葉はもう届かない。
人間との初めての会話はあっけなく終わりを告げた。
そして彼女とも二度と会うことはなかった。
この騒動が元でギルドにオーク討伐依頼が出されることになることを俺は知らない。
そして依頼を受けてやってきた冒険者に勧誘されて生まれ育った森を後にし、数年後に王都の学園で農業の専門家として教鞭をふるうのはまた別の話。
END
数年後に転生チート発動するオーク。