ゴブリン転生 1-1
吾輩はゴブリンである。名前はまだない。
そんな吾輩は今、家庭菜園にはまっている。というのも、この畑の野菜が美味いのだ!
最初は雑草だらけで何もなかったのだが、毎日丹精込めて世話をしていたら、いつの間にか立派な野菜たちが実をつけるようになった。
しかも、ただの野菜ではない。
でかいし何かがおかしいのだ。
カボチャサイズのトマトが採れる日もあれば、突然芽を出したかと思うとすくすく育ち黄金のジャガイモが収穫出来たり、さつま芋が木に実ったり。
まあ何にせよ、美味いから良いのだがな。
しかし困ったことがある。それは――
「今日もたくさん取れたね」
「うむ……しかし、そろそろ限界だ」
そう、もう畑を耕す土地がないのだ。
吾輩たちは雇われゴブリン、広げたくてもここは吾輩たちの土地ではない。
「一個一個の実がでかいのも考えものじゃな」
「仕方あるまい。ここまで育つとは思っていなかったんだ」
「でもこの調子ならもっと大きくなりそうだよ?」
確かにその通りなのだ。
このままではいずれ育てる数を制限しなければならなくなるだろう。
「ふぅむ、そう言えば友が畑やりたさに領地を貰ったと言っていたな」
「ああ、あの人かぁ……」
じいさんの言う友というのは、以前一緒に暮らしていたゴブリンのことである。
今は可愛い嫁を娶り、ダンジョンのすぐそばで茶屋を経営している。
結婚の際にダークエルフの幼児を養子にし、畑を所望したのもその子の好き嫌いを無くすためとかなんとか。
家庭的なのか壮大なのかよく分からない。
「相談してみるか」
「えぇー?」
「だが奴しか土地を持つゴブリンはいないぞ」
「そうと決まれば善は急げだ!」
こうして吾輩たちは茶店に向かったのだった。が、普通に会えなかった。
忙しい時間帯は避けたはずなのに客が多すぎてとても声をかけられなかったのだ。
「繁盛してるなぁ」
「こりゃぁ今日は無理か?」
「ちわっす! 父ちゃんに会いに来たんか?」
現れたのは頭の上にパンが入ったカゴを乗せたダークエルフの幼児、ネヴォラだった。
「おお、相談があってな」
「今日はちょっと難しいんよ、新作パン発売日だからわたしも手伝ってるの」
「ほう、どれだ?わしらも買えるか?」
「これ!」
嬉々としてネヴォラが差し出したカゴに入っていたのは、縦長のふっくらしたパンに砂糖をまぶしたものだった。
砂糖って高級品の類だった気がするんだが、これ幾らなの!?
「……」
「どうしたん?」
「ネヴォラやわしらそんなに金を持っていないぞ」
「揚げパンは一個百円って父ちゃん言ってた」
「百円?」
「そんな通貨あったか?」
「ああ、大銅貨のことだろ、聞いたことがある」
「間違えちった」
ぺろっと舌を出して笑うネヴォラ。
「カゴセットだと銀貨一枚だよ」
「皆への土産に良いな、よし買おう」
「おう」
「毎度ありぃ~」
こうして吾輩たちは大量の揚げパンを買い込み家路に着いた。
そして庭に戻り、早速食べてみることにした。
「これは美味いな!」
「甘いね」
「うん、あまい」
「砂糖はこんなに甘いものなのか……」
今まで甘味なんて果物くらいしか知らなかった。
しかしまさか砂糖にまで手を出していたとは……侮れない。
「あいつ何者なんだ?」
「ただのゴブリン……ではないな、わしら皆、元はフィギュアじゃった」
やはりこの世界は謎が多い。
「ところでじいさん、どうしてフィギュアからゴブリンになったんだ?」
「知らん、気がついた時にはゴブリンになっておった」
「わしちょっと覚えてる。スライムに取り込まれて捏ねられたらわしになった」
余計に謎が深まったんだが。
「お前らはいつからいたんだ?」
「うーんと、二ヶ月ぐらい前かな?」
「うむ、そうだな」
「畑仕事の手が足らないと報告したら連れてこられたんだったな」
なんとなく記憶を辿ってみたら、俺もフィギュアだった。
もう訳が分からない。
「まあ細かいことはいいじゃないか」
「そうじゃな、わし腹減ったんじゃけど」
「じゃあ夕飯作るよ」
「わしも手伝う」
こうしていつも通りの日常が過ぎていった。