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前編 村と異教

#ファンタジーワンドロライ 参加作品

お題「錫杖」、「毒」、「声」

執筆1時間半オーバー



緑生い茂る森の上を、数話の鳥が滑らかに横切っていく。

村の入り口に建てられた門の前に、狩りの装備を身につけた男たちが集まっている。


「盗賊が土地を奪いに来る、だぁ?」


敵意を剥き出しにする彼らの前には、馬を降りたばかりの宣教師が一人。厚手のローブの下から聖典を取り出して、ええ、と穏やかな笑みをたたえてうなずく。


「最近このあたりの村や町を襲っているのです。ですから、今こそ唯一神の加護が必要です。村のみなさまを集めて、ぜひ一度お話を」


「何言ってる、この村には昔から土地神さまに守られてきたんだ、異教の宣教師が何言おうと従う気はないね」


男たちの一番前にいた短髪の少年ーー村長むらおさの息子・ヨルグが、宣教師を睨みつけてきっぱりと言ってのけた。そうだそうだ、と剣や槍を鳴らして村の男たちが賛同する。


「お前こそ、そんなたわごとを言ってこの村をのっとろうとしてるんだろう、帰れ帰れ」


宣教師は口をつぐみ、粗野な態度の異教の男たちを哀れむような目で見つめた。それに気づいた彼らが更に激昂して宣教師につめより、


「ーー待ちなさい、みんな」杖を持った黒いローブの老人が、村の奥から駆けてきた。


「呪術師さま」


振り返った男たちが一斉に武器を下ろす。呪術師は手に持っていた小瓶を宣教師にぶっかけると、刺青だらけの指で門柱に貼られた札を示して、異国語で何やらわめいた。


さっと顔色を変えた宣教師は、かぶっていた円形帽カロッタを胸に当てて詫びの言葉を告げると、そそくさと馬にまたがり去っていく。


隣町へとまっすぐ伸びる道の先、みるみる遠ざかっていく背中。


男たちは安堵の笑みを浮かべ、土地神への感謝の言葉を口にした。この村に昔から伝わる土着宗教の神だ。


ふぅと息を吐いたヨルグが、呪術師に礼を言う。「そういえばずっと気になってたんだけど、その札って?」


「ああうん、これは異教を追い払う札でね」


呪術師は急に口ごもって早口に答えると、狩りの成功を祈る言葉を三回繰り返したあと、「そうだ、礼拝の途中だった」と言いながらそそくさと村の奥へ戻っていく。首をかしげてそれを見送る少年を、狩場へ向かう男たちが道の先から呼ぶ。振り向いた少年は矢筒を背負い直して、彼らに駆け寄った。



鬱蒼としげった森の中。


矢羽が風を切るかすかな音。直後、樹上にいた獲物がばさばさと枝葉を押しのけて地面へと落下する。


茂みに飛び込んでいった一人がすぐに、丸々太った雉子キジを一羽ぶら下げて、緑の中から得意げな顔を出す。


「お前の矢、売ってくれ」戻ってきた男に別の一人が言い、


「矢のせいじゃねぇよ」今晩のご馳走を背中にぶら下げた男が鼻を鳴らす。


とーーすぐ近くで獣のうめき声がした。べきべきと太い樹木が倒れる異様な足音。


にわかに男たちの間に緊張が走る。示し合わせたように俊敏な動きで、近くの茂みに身を隠す。


ゆっくりと近づいてくる重そうな足音は、一頭分。


「間違いない、樹獣だ」ヨルグのすぐ横に伏せている、年かさの男が声を押し殺してささやいた。


樹獣ーー樹木に擬態する大型肉食獣。『狩りは村の男たち総出で』という村の掟がずっと守られてきた理由の一つは、村の周囲を囲む広大な森林に、この凶暴な獣が数多く生息しているからだという。


草木の中に控えた男たちがめいめいに武器を構え、飛び出す機会をじりじりと伺っている最中ーー


しゃらん、と錫杖しゃくじょうの鳴る涼やかな音。


それが森の奥、獣の足音より遥か遠くから聞こえた直後、



ーーたたたん!

足音の方角から、軽快な音がした。



ぴたりと動きを止めた樹獣が、数秒後、苦悶の声をあげてその場に崩れ落ちた。数枚の落ち葉が宙に飛び散る。羽虫が飛び立つ。


何事かと男たちが茂みから顔を出す。

地鳴りを伴って地に伏した野獣の、鋭い金色の双眸が生気を失いみるみる濁っていく。その背中に突き立っているのは、数本の太い毒矢。まっすぐに切り揃えられた黒い矢羽は、男たちの村に伝わるものではない。異国の作り方だ。


さっと顔色を変えたヨルグは身を起こすなり、矢の飛んできた方角に向かって一目散に駆け出した。


「おい、一人で行くな!」


後方からの仲間の声を無視して、樹獣が踏み倒した枝葉を飛び越え、大木の根やぬかるみを飛び越え、枝の下をくぐり、樹獣が食べたであろう小動物の死骸を飛び越え、柔らかな草の上を駆ける。茂みを飛び出し、やや開けたところで立ち止まり、周囲を見回す。


一面の緑と鳥の声、差し込む日差し、木々のざわめき。自身の乱れた呼吸音。


「あの余所者め……」


追いついてきた一人が、おぉいと少年を呼んだ。


「お前また足速くなってないか。それ以上行くと湖だぞ」


「分かってる」


『湖に近づいてはならない』ーーこれも村の掟の一つだ。

だからヨルグは湖を遠巻きにしか見たことがない。もう少し西側に森の中を進んだところに、見晴らしの良い小高い丘があって、そこから少しだけ青い湖面が見えるのだ。


「戻るぞ、あのごちそうを日暮れまでに村まで運ばにゃならん」


「分かってる」


額に垂れた汗をシャツでぬぐうと、少年はふてくされたように答えてブーツのきびすを返す。


不満そうな少年の横顔を見、男が不思議そうに言う。「助けてくれたんだぞ。確かに薄気味悪いやつだが……森でひっそり暮らしてるだけで無害だし、ほっといてもいいんじゃないのか」


「助けた? 冗談じゃない、あれはバカにされたんだ」厳しい声でヨルグは答えた。「この森は村のものだ。俺は村長の息子だ、村と森を守る責任がある。勝手に住み着いた異教の僧侶なんてーー絶対に追い出してやる」


親に似てひどくガンコな少年のつむじを見下ろし、隣を歩く年上の男は黙って肩をすくめた。


***


乱暴に扉が開く。


「親父!! これ、どういうことだ!!」


血相を変えて部屋に飛び込んできたヨルグの手には、端の擦り切れた羊皮紙が一枚。

ホコリっぽいそれをデスクの上に広げてみせる。ひと目見るなり、はぁ、と初老の男はため息をついた。


「お前、これをどこから」


「あんたの書斎だよ、アルアが見たいっていうからアルバム借りようと思って。いつもの場所にないから奥の戸棚を探したんだ。そしたらーーそれよりなんで、あんな余所者に、森の一部を売り渡したんだ!!」


ぎぃ、と男の座っている椅子がきしむ。男はゆっくりと額に手を当てて声を絞り出した。


「落ち着きなさい。順を追って説明するから」


対面の椅子に乱暴に腰かける息子へ、「いずれ話そうと思っていた」と前置きしてから、村長は続けた。


「お前が5つか6つのときだったか、酷い飢饉があったのを覚えているか?」


「ぼんやりとだけど……呪術師さまとかが時々話してくれるし」


ヨルグは紙の右上に記されている年月日をちらりと見ながらーーちょうどそのころの日付が記載されているのを目に留めながらうなずいた。


「当時ーー村の皆総出で資産を売り払って、遠方の親戚や友人や、親交のあった村や町の首長たちに助けを求めて、村人全員分が冬を越せるだけの食糧をなんとかかき集めて、なんとかしのいだーーという話は、嘘なんだ」


ヨルグの目が大きく見開かれる。


「季節外れの寒波で作物が全滅し、強風と水害で穀物庫が倒壊し、家畜が痩せて次々と死んだのはこの村だけじゃあなかった。親戚や友人のいる町も村も、親交のある町も村も、私たち村人とつながりのあるこのあたり一帯すべてが飢饉におそわれたんだ。ーーだから、あの僧侶が話をもちかけてくれなければ、湖周辺の土地を明け渡すことと引き換えに、彼の故郷からたくさんの人とたくさんの荷を遣わしてくれなければ、この村は確実に滅んでいた」


部屋の中を静寂が満たした。


「私だって、異国の、それも異教の者に、我々が代々守ってきた大切な土地を渡したくはなかったよ。だが、当時の私が村を救うには、この方法しかなかったんだ。正直に話せば村人たちから反論が出るのはもちろん分かっていたから、そうなっては村は全滅してしまう、だから、私と前の村長ーーお前の爺さんとで内密に決めたことだ」


沈黙の中、男と少年が向かい合う。


屋敷の召使いが、廊下の先からヨルグを呼ぶ声。少年がぱっと顔を上げる。


「ーーあ、そうだアルアと約束してたんだ」


男はデスクの羊皮紙を素早く丸めて引き出しに入れながら、部屋から出て行こうとする息子を呼び止めた。


「いいかヨルグ、今の話、絶対に誰にも言うんじゃないぞ」


「分かってるよ」


ばたばたと駆けていく足音を聞きながら、男は、やはり息子に背負わせることになった秘密事に、憂慮のため息をついた。


***


爽やかな風が、丘に生える草花を次々と揺らし、羊たちの背中の毛を優しくなでる。小さな丘の上にめいめいに散らばった羊たちが、みずみずしい青い草の先をのんびりとんでいる。


「ヨルグ、何見てるの」


広大な森を見下ろし、珍しく無言で座り込んでいる少年の横に、グレーのワンピースを着た少女が座った。


「湖」


「ふぅん」


二人の間に置かれた丸いカゴから、少女の手が焼きたてのビスケットを取り出して二つに割る。少年の手が魔法瓶とカップ二つを取り出して、湯気のたつ紅茶をなみなみと注ぐ。

今年生まれたばかりの子羊がトコトコと横切っていく前で、少年と少女がビスケットと紅茶を渡し合う。


「さんきゅ」「ありがとー」


ビスケットを一口かじり、香りたつ液面の波紋を眺めながら、そういえばね、と少女が言った。


「もう言っても大丈夫かなぁ。小さいとき、私、森で迷って湖に行っちゃったことがあってね」


「えっなんだそれ」


「あっううん、すぐに戻れたから大丈夫。でね、そのときーー湖の上に立ってたんだよ、女の子が」


「は?」


「髪も肌も、全身が綺麗な翡翠色で、背中には鉱物の結晶みたいな石がキラキラしてて。まるで『石の民』みたいな」


『石の民』ーー全身が鉱物でできている亜人で、傷の治る人間と違って、一度どこかが壊れると元には戻らない、とても脆く儚い種族。子ども向けの絵本によく登場する、架空の生物だ。


はぁ、とヨルグが肩を落としてビスケットをかじった。


「怪談かと思ったら」


「え、やだよ怖い」


「それ、どうせ水鳥か石か精霊か、なにかと見間違えたんだろ」


「うん、そうだと思うけど……なんだったのかなぁ」


広大な森の向こう、かすかに青い湖面を見つめて、少女はぽつりと呟く。


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