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9、情報収集

 美味しいお肉を堪能して幸せに浸った数日が過ぎ去り、私達の生活はいつも通りに戻っていた。私が前世の記憶を取り戻してからは、もう五日……いや、六日が経っている。


 そろそろ瀬名風花の記憶を取り戻してからの生活にも慣れたし、これから先のことを考えないといけない。今の私の目標はとにかくこの生活から抜け出すことだ。前世の記憶を思い出して数日経てば、今の生活にも慣れて色々な酷い部分が気にならなくなるかな……なんて楽観的に考えていたけど、それは無理だった。


 確かに虫が隣を這っていても叫ばなくなったし、ドブ臭い匂いに吐き気を催すことは無くなったし、チクチクと痛い毛布で寝ることもできるようになった。しかしそれはあくまでも我慢できるようになっただけなのだ。快適な生活を思い出してしまった今の私に、今の生活を許容するという選択肢はない。


 この生活から抜け出すまではなんとか耐えるけど、それはいつかは抜け出せると信じてるからこそだ。ここで一生暮らしてと言われたら発狂する自信がある。


 ということで、スラムから抜け出す方法を考えないといけないんだけど……まずはこの世界についての知識がなさすぎるんだよね。スラムから抜け出したいとは言ったって、具体的にどういう身分? を目指せば良いのかも分からない。


 多分そんなことはないだろうけど、もしかしたら街中の人達もスラムに住む私達と同じような生活をしてるって可能性もなくはない。街中のことを何も知らない現状では、その可能性すら排除できないのだ。

 だからまずは情報を手に入れたくて、その方法を考えないといけないんだけど……


 私が知りたい情報を知っている人に全く心当たりがない。今までお父さんやお母さん、近所のおじさんおばさんたちから手に入れられた情報は……ここがスラム街と呼ばれる場所であること、街の中には市民権がないと入れないこと。そのぐらいだ。


 私達が住むスラム街が、なんて国のなんていう街の外にあるのかさえ誰も知らない。そんな情報は生きていく上で必要ないって言われたら確かにそうなんだけどさ……皆ももうちょっと向上心を持とうよ!


 とりあえず街に入るには外門を通る必要があるらしいから、そこに行ってみるかな……今日の午後は皆で森に採取に行く予定だけど、早めに切り上げられないか話をしてみよう。


「レーナ、そろそろ終わりにするわよ」

「はーい」


 私はお母さんに呼ばれて、畑の草むしりをキリが良いところで中断した。立ち上がるとずっとしゃがんでいたことで腰が痛いので、痛みに耐えてぐいっと腰を伸ばす。

 十歳にして腰痛に苦しんでるとか……貧しいと体を酷使しないといけないから辛い。


 それから家に帰って焼きポーツをお昼に食べた私は、仕事を早めに終わらせて家に戻って来ていたお兄ちゃんと一緒に、森に行く準備をした。


「レーナ、今日はソルを見つけような」

「うん。この季節が一番美味しいものが採れるんだよね。あとは何か果物があったら良いな。カミュとか生ってると思う?」

「そうだな。そろそろ収穫時期じゃないか?」


 カミュとは赤い小さな実が密集して生る果物だ。少し渋みがあるけど、甘味も強くてとても美味しい。今思えば、似てる味なのは葡萄かな。


「そうだ。今日はハイノとフィルも一緒に行くらしいぞ」

「え〜……」

「そんな嫌そうにするな」


 お兄ちゃんは私の返答を聞いて苦笑しながらそう言った。いや、ハイノが一緒なのは嬉しいんだけどさ、フィルは面倒くさいんだよね……。

 私のことが気に入らないんだかなんだか知らないけど、いつも意地悪してくるし猪突猛進って感じで暑苦しいのだ。


「はーい……」

「二人とも、気をつけるのよ」

「うん。行ってくるよ」


 私とお兄ちゃんは森から採取してきた糸になる植物を真剣に加工しているお母さんに見送られて、森に向かって家を出た。ハイノとフィルはご近所さんなので、家を出るとすぐに合流できる。


「二人ともさっきぶりだな」

「おうっ、レーナは今日会ってなかったよな。おはよう」

「ハイノ、おはよう。……フィルも、おはよ」

「ああ、おはよう。しっかしレーナはいつ見てもチビだな。俺なんて最近急成長中なんだぜ!」

「……ふーん、そうなんだ」


 私は心の中で、毎回毎回チビチビうるさいよ! 女子の方が背が低いのなんて当然だから! それに毎回背が伸びてるアピールももう飽きたし! と叫んでるけど、それを表に出すと面倒なことになるのは今までの経験で分かっているので、適当に興味ないふりをして返答した。


「そういえばさ、この前のリートを倒した時、俺活躍したんだぜ! 俺が投げた槍がリートの足に刺さったんだ」

「それは凄いねー」

「だろっ? 俺のおかげでリートの動きが鈍くなったんだぜ!」


 フィルは私が興味ないことなんて全く気づかないようで、リートを倒した時の自分の勇姿を語っている。こういう相手の気持ちを考えないで、自分の話をひたすら続けるところも好きじゃないんだよね……


 お兄ちゃんとハイノはフィルの様子を見て苦笑いだ。やっぱり二人の方が大人だね。私って元々年上の方が一緒にいて楽しいなと思ってたけど、瀬名風花の記憶を思い出したらなおさらだ。フィルは私と同い年で十歳だけど、凄く幼く感じてしまう。


 お兄ちゃんとハイノは十四歳で、体も大きい方なのでまあ子供ではないかな……辛うじてって感じだ。やっぱり瀬名風花の記憶がある私としては、二十歳を超えてるぐらいじゃないと大人だなとは思えない。


「フィル、そんなに喋ってると疲れるぞ」


 私が困っていることが伝わったのか、お兄ちゃんがフィルの口を止めてくれた。私はお兄ちゃんにありがとうと心の中でめちゃくちゃ感謝して、フィルから逃げるようにお兄ちゃんの隣に向かう。


「お兄ちゃん、今日の採取って少し早めに切り上げても良い?」

「別に良いけど、何かあるのか?」

「うーん、特に用事ってわけじゃないんだけど、外門を見に行ってみたいなーと思って。ダメかな……?」

「なんで外門なんか見たいんだ? 中に入れるわけじゃないぞ?」

「それは分かってるけど、大きい門ってなんとなく凄そうだし」

「……まあ、そういうことなら良いけど。でもあっちは危ない人も多いって父さんが言ってたし、俺も一緒に行く」


 お兄ちゃんが言ったその言葉に、ハイノもすぐに頷いた。


「それが良いな。俺も特に予定はないし一緒に行く。外門の近くは街からスラムに子供を攫いに来てるやつらがいるらしいぞ」


 え、そんな怖い人達がいるんだ……確かにスラムの人間なんていなくなったって誰も困らないし、住民票とかなさそうだから攫われた証明もできないし、子供がいなくなっても泣き寝入りするしかないのかな……


 そう考えたら突然周囲にいる人達が怖くなって、私は無意識に自分の腕を擦った。


「ははっ、怖がらせてごめんな。一人で行動しなきゃ大丈夫だ。それに何かあったらすぐに声を上げるようにして、あとは人気がないところに行かなければほとんど危険はない」

「レーナ、俺が守ってやるぞ!」

「そっか……ありがと」

 

 私はハイノのフォローとフィルの言葉によって、強張った体からなんとか力を抜いた。とりあえず怖いこともあるって知れただけで良かった。ちゃんと気をつけて過ごそう。


「じゃあ今日は早めに採取を終えて、皆で外門を見に行くか」

「そうだな」

「おうっ!」

「皆、ありがと」


 私達はこの後の予定を決めたことで、少しでも採取に時間を取れるようにと森に向かう足を早めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間って生き物は変化を無意識のうちに嫌がっているのかもしれないですね。毎日同じようなことをするのが楽だと遺伝子に怠惰の情報が書き込まれてるのかもしれないですな。おいらがまさしうそうwちと体幹…
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