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8、獣討伐

 市場に買い物に行った次の日の早朝。

 ちょうど皆が起き出して朝の準備を始めようと動き出していた時、突然遠くから金属を打ち鳴らすような音が聞こえて来た。


「獣が出たぞ! 戦えるやつは森の方角に集まれ!」


 その声が聞こえて来た途端に、近所に住む男性達は急いで木製の槍などを持って森に向かって駆けていく。もちろんお父さんとお兄ちゃんも例外ではない。


「ルビナ、レーナ、行ってくる!」

「気をつけてね。たくさんお肉を持ってくるのよ!」

「おうっ、任せとけ!」


 獣が襲って来た時は怪我人が出ることもあるから緊張感が漂うけど、それよりも皆は久しぶりにお肉が食べられると期待するのだ。


 たまに森で仕事をしている途中で獣を仕留めたって持って帰ってくることがあるけど、それは本当に稀で数も少ないので、皆で分けたら一口分ほどの肉になってしまうことも多い。

 しかしこうして街を襲う獣は基本的に群れなので、全てを倒すことができるとかなりの量になるのだ。誰もが獣には警戒しているけど、それと同じぐらい待ち望んでもいる。


「なんの獣かな」

「今の時期だとリートの群れかしらね」

「やった。子供のリートもいるかな。子供の方が肉が柔らかくて美味しいよね」

「そうね。アクセルも分かってるから子供を狙うはずよ」


 お父さん、お兄ちゃん、美味しいご飯のために頑張って! 私は森の方向に体を向けてそう祈った。肉の分配は基本的には平等だけど、仕留めた人や弱らせた人は他よりも多く肉がもらえるのだ。


「レーナ、外で解体準備が始まってると思うから手伝いに行くわよ」

「もちろん。リートを吊り上げる縄って確かうちが保管してたよね……あっ、これだ」


 私は部屋の奥に置かれていた縄を持って、急いで水場に向かった。獣の解体は水場でリートを吊り上げて、血が綺麗に抜けるようにして行うのだ。


 瀬名風花の記憶からしたら動物の解体をするとか絶対無理……って思うけど、そこは今までレーナとして生きてきた記憶がある。嫌だなとは思うけど、そこまで忌避する気持ちは湧いてこない。


 やっぱりここでの生活は私を強くしてるよね……でも頑張って気にしないようにして耐えられるってだけで、今までみたいに嬉々として解体に参加するなんてことはできないけど。

 やっぱりそこは一度思い出してしまったら前と同じには戻れないのだ。リートの解体を最前列で楽しんで、飛んできた血飛沫にキャッキャって騒いでた頃に戻りたいよ……


「縄を持って来たよー」

「あっ、レーナの家で保管してたのね。ありがとう」

「さっそく解体台を組み立てるわよ」

「ええ、誰かそっちを持って、板を持ち上げて!」

「私が行くわ」


 それからは近所のお母さん方の連携が凄かった。私はまだ体が小さいのでそこまで役に立てなくて、縄を運んだり縛ったりそういう細々としたことを手伝う。


 そうして解体台が出来上がった頃に、お父さんを始めとした男の人達が大きなリートを運んで戻って来た。うわっ、二匹もいる。


「二匹ももらえたの?」

「おう、今回の群れは数が多くてな。うちの地域で二匹になった。早く解体するぞ」

「アクセル、ここに乗せて! もう一匹はどうしましょう。先に血抜きだけは済ませたいわ」


 二匹もリートが来たことで皆は大騒ぎだ。リートは日本にいた獣に例えたら……大きな猪? みたいな感じなので、二匹と言ってもかなりの量になる。毛皮も売れるし肉は食べきれないほどだろう。

 しばらくは肉三昧の食卓かな……ふふっ、楽しみだ。


「レーナ、凄いだろう? 肉がいっぱい食べられて背が伸びるな!」


 邪魔にならないようにと遠くからリートの解体を眺めていたら、ハイノという名前の近所のお兄ちゃんが私の近くに来てくれた。ハイノは私の頭をぐしゃっと撫でると嬉しそうな笑みを浮かべる。

 ハイノは私の四つ上だけど、お兄ちゃんと同い年で仲が良いので私もかなり仲良しなのだ。本当に妹のように可愛がってもらっている。


「美味しそうだよね〜」

「数日は腹一杯のリートが食えるぞ。残った分は燻製にすればしばらく楽しめるな」

「良いね。燻製肉って美味しいよね」

「おっ、レーナも大人になったか?」


 そういえばレーナは燻製肉があんまり好きじゃなかったんだっけ。瀬名風花は大好きだったんだよね……あの独特の風味がとても美味しいと思う。燻製されたベーコンとか絶品だ。


「私はもう十歳だからね」

「ははっ、まだ十歳なんて子供だぞ?」

「そんなことないもん!」


 確かに十歳は子供だけど、実際に十歳の頃は大人の仲間入りをしたと思ってしまうのだ。二桁になるとなんとなく子供から抜け出した感じがするよね。


「そうだなそうだな。でも本当に、レーナもあと数年もしたらお嫁に行っちゃうのか〜。ちょっと寂しいな」


 ハイノは私の隣にしゃがみ込みながら、リートの解体をぼーっと眺めている。その横顔を盗み見てみたら……本当にどこか寂しそうな様子で、私はなんだか見てはいけないものを見てしまった気がしてすぐに目を逸らした。


「私がお嫁に行くのはまだ先だよ。それよりもハイノがお嫁さんをもらう方が先でしょ?」

「それもそうか。でもなぁ……まだ実感湧かねぇよ」

「……それならまだ独り身でも良いんじゃない? 二十歳過ぎぐらいまでは一人の人も結構いるよね」


 スラム街では相手がいる人はかなり結婚が早いけど、そうでなければ意外と遅いこともあるのだ。まあ二十歳ごろの結婚が早いのか遅いのかは置いておいて……一応スラムでは二十歳を超えたら晩婚と言われる。


 改めて考えたら二十歳なんだよね。全然遅くないじゃん、まだまだ人生これからだよ。


「レーナは相手、いるのか?」

「いないよ〜。まだ全然考えられないかな」


 私の結婚相手はスラム街じゃなくて、できれば街中で見つけたいと思ってるからね。ここで出会った人と結婚して二人でスラムからの脱出を目指すのもありなのかもしれないけど、最初からスラムの外にいる人と結婚する方が絶対にハードルが低いと思う。できればそっちを狙いたい。


 問題は私にスラムの女ってことを差し置いてまで嫁に欲しい魅力があるかってことなんだけど……まあそこは、おいおい考えれば良いよね。なんとかなると……信じたい。


「レーナ、ハイノ、肉を焼き始めるみたいだぞ!」

「お兄ちゃん、今行く〜!」

「ははっ、ラルスは肉が大好きだよな。いつもの三倍は目が輝いてる」

「お兄ちゃんは成長期だからね」


 私とハイノはお兄ちゃんの様子に二人で顔を見合わせて笑い合ってから、肉を焼き始めた調理場に向かった。今は難しいことは考えずに、美味しいお肉を楽しもう。

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