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68、引っ越し当日

 部屋を決めてから十日後の朝。早起きをした私たち家族は、小屋の中にある少ない荷物を全て袋に入れてまとめ、引っ越しの準備を整えた。


「これで全部まとめたわね」

「うん。この布団は置いていくんだよね?」

「ええ、サビーヌにあげるつもりよ。それから家の外にある机も置いていくわ」


 大きくて運ぶのが大変なものや、さすがにボロすぎて街中には適さないものは持っていかないと決めた。だから私たちの荷物はかなり少ない。少しの食料といくつかの布と服、それからお父さんが作ったカトラリーなどの小物ぐらいだ。

 

「朝ご飯は普通に作って食べて、それから皆に挨拶に回って街中に向かうんだよな?」

「そうよ。レーナ、スラムで最後の料理をしましょうか」

「うん。ポーツは私が持っていくよ」

「じゃあ私はラスートね」


 それから私たちは皆に悟られないようにいつも通りの食事を作り、焼きポーツだけの簡素な朝食を終えた。そして皆が片付けを始めて仕事に行く準備を進め始めたその時、荷物を全て持って小屋を後にする。


「あら、そんなに家の中の物を出してどうしたの?」


 まず声をかけてきたのはサビーヌおばさんだ。一番仲が良かったお母さんが、サビーヌおばさんに近づいていく。


「サビーヌ、私たち今日引っ越すことになったの。騒ぎになると思って今まで黙っていてごめんなさい。レーナのおかげで私たち全員で街中に住めるのよ」


 別れは悲しいけれど、それよりもこれからの生活への期待に弾んだ声でそう言ったお母さんの言葉に、サビーヌおばさんは少し瞳を見開いた程度でふわっと微笑んだ。なんとなく分かってたのかな……


「そうなのね。いつかはそうなるんじゃないかと思ってたわ。ルビナ、おめでとう」

「ありがとう。……サビーヌ、これから街中での生活がどうなるのか分からないけど、落ち着いたら会いましょう。そんなに遠くないんだもの、会えない距離じゃないわ」


 二人がそんな話をしていると、その声が聞こえた近所の人たちが私たちの周りに集まってくる。その中には、エミリーとハイノ、フィルもいた。


「……レーナ、やっぱり、行っちゃうんだ……っ」


 エミリーは瞳に涙をたくさん溜めて、スカートをギュッと握りしめながらそう言った。私はそんなエミリーの姿を見て、泣かないでお別れしようと思っていた気持ちにすぐ負ける。


「エミリー……っ、泣か、ないでっ」

「ふふっ……っ、レーナも、じゃない」

「だって、エミリーが泣くから……っ」


 エミリーをギュッと抱きしめて肩に顔を押し付けると、エミリーも私を抱きしめ返してくれた。


「レーナ、これからも会える?」

「もちろん……! 絶対に、会えるよ。エミリーを街中の家に招待するから、遊びに来てね」

「……本当!?」


 私の言葉を聞いて、エミリーはぐいっと涙を拭うと今度は瞳を輝かせた。


「うん、絶対だよ。私が働いてる商会のスラム支店があるって、前に紹介したでしょ? そこにいる人に伝言してもらえれば私まで届くから」


 ちょうどエミリーと一緒に市場に行く機会があって、何気なく教えておいたのだ。スラム街支店で働く商会員にもお願いしてあるし、連絡はいつでも取れる。


「分かった……、じゃあ、たくさん伝言頼むね!」

「ふふっ、ありがとう。でも迷惑にならない程度にね」


 そうして私とエミリーが泣きながら笑い合っていると、そこにフィルとハイノがやってきた。ハイノはお兄ちゃんとの挨拶は済ませたらしい。


「レーナ、また会えるって本当か?」

「うん、本当だよ。二人のことも街中に呼ぶから楽しみにしてて!」


 もう泣いてるけど少しでも明るい別れになるようにと思って声を張ると、フィルは唇をギュッと引き結びながら頷いて、ハイノは優しく笑ってくれた。


「楽しみにしてる。レーナは本当に凄いな。街中でも頑張れよ」

「もちろん。お兄ちゃんも街中には友達がいなくて寂しいだろうし、私たちのこと忘れないでね」

「ははっ、忘れるわけないだろ?」

「ありがとう」


 ハイノが私の頭をポンポンっと軽く撫でて一歩下がると、フィルが私に近づいた。


「レーナ、俺……頑張るからな!」


 そして真剣な表情でそう宣言する。私はそんなフィルが微笑ましくて、フィルの頭をよしよしと撫でた。


「ちょっ、な、何するんだ。俺は子供じゃないぞ!」

「ははっ、ごめんごめん。なんか可愛く見えて。フィル、頑張ってね。私にできる手助けならなんでもするから、気軽に連絡して」

「……分かった。ありがと」


 それからも近所のおじさんやおばさん、仲が良かった友達たちに挨拶をして、私たちは四人で外門目指して一歩を踏み出した。


「好意的に送り出してもらえて良かったな」

「本当だね。皆が日頃から近所の人たちと協力してたからだよ。そうじゃなかったら、もっと険悪なムードになってたと思う」


 その証拠に近所の人たちの周りには私たちを恨めしそうな目で見ている人がいたし、高いものを持ってるんじゃないかと品定めをしてくる人もいた。

 今もジロジロと色んな視線を向けられているから、お父さんとお兄ちゃんがいなかったらちょっと危なかったかもしれない。


「お母さん、これからスラムに来る時があったら、お父さんかお兄ちゃんと一緒に来ようね」

「そうね。二人がいれば安心ね」


 お母さんは私の発言の意図を理解したみたいで、手に持っている荷物をギュッと胸に抱いて頷いた。するとそんなお母さんの様子を見たお父さんが、安心しろとでも言うようにお母さんの肩に腕を回す。


「アクセル、ありがとう」

「ルビナのことは俺が守るから大丈夫だ。もちろんラルスとレーナもな」

「お父さん、ありがと」

「俺も皆を守るぞ」


 そうして皆で話しながら歩いていると、やっと外門が見えてきた。いつも通っている外門だけど、皆と一緒に通るというだけでなんだか感動する。

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