66、部屋の内覧
裏口から商会を出るとコームさんがこちらにと案内してくれたので、私とダスティンさんは大人しくその後に続いた。
さっきは座ってたからよく分からなかったけど、コームさんは結構背が高いみたいだ。ダスティンさんも背が高いなと思ってたけど、そのダスティンさんよりも少しだけ大きい気がする。
「本日ご案内するお部屋は三つ用意しております。その中で気に入られたお部屋がありましたら仰ってください。ない場合はまた別の物件を探しますので、その場合も遠慮なく仰ってください」
「分かりました。ありがとうございます」
上から見下ろされてると私が感じないようにか、コームさんは少しだけ離れた場所で、軽く腰を落として声をかけてくれた。こういう小さな配慮をしてくれる人は良い人だよね。
「部屋を借りる時って月ごとに料金を支払うのでしょうか」
「それは管理者によって異なりますが、基本的には月ごとのお支払いとなります。ただ三週ごとというお部屋もありますので、そちらもお部屋をご案内する時に説明させていただきます」
三週ごともあるのか。そのぐらいの方が、一回で支払う金額が少なくて良いかもしれない。
「もう少しで到着します。こちらの角を曲がって路地に入っていただき……あちらに見える建物でございます」
コームさんが示した建物は、とても綺麗で清潔感のある外観だった。まだそこまで古くなさそうな気がする。それにちゃんと手入れをされているみたいだ。
立地は大通りから路地に入ってすぐのところだし、ロペス商会から近くて私の配達圏内。今のところかなりの好条件かな。
「こちら三階のお部屋が空いておりまして、三階なので家賃はお安くなっております。またご要望の立地は、治安の面でもレーナ様の職場からの距離でも問題ないと思われます」
三階なのか……この国ではエレベーターみたいなものがないので、基本的には上の階ほど安くて一階が一番高くなる傾向がある。
水や火種を買ってそれを部屋まで運ぶのは上層階ほど大変だし、魔法使いにトイレの分解を頼むにしても、魔法使いによっては上層階の方が値段を高く設定したりするらしいのだ。
「管理人は食堂を営まれていたご夫婦が、お店を息子夫婦に譲ってから始められました。管理人歴は五年です。ご夫婦の後は食堂を継いでいない別の息子さんが管理を引き継ぐことになっておりますので、管理人不在となる危険性は低い物件です」
そんな解説を聞きながら建物に入って階段を登ると、すぐに三階へ辿り着いた。コームさんが鍵を使って扉を開けると……中は予想以上に広かった。
土足前提の部屋なので玄関を中に入るとそのまま廊下で、目の前の突き当たりに扉がある。しかしその扉を開けず右に目を向けると、そちらがこの部屋のリビングのようだった。
「玄関を入って正面にあるのが水場へ繋がるドアです。そして水場のさらに奥がトイレとなっております。リビングと寝室は右手側にございまして、右手に進んだ広い空間が全てリビングとなっております」
玄関から部屋に入って体を右に向けると、目の前に広いリビングがある。そしてそのリビングとカウンターを隔てて存在しているキッチンは左手側だ。寝室は右手側で、リビングにある扉の先が寝室になっているらしい。
部屋にはいくつもガラス窓があって、光花がなくても今はとても明るい。開放的でとても素敵な部屋だ。
「凄く良い部屋ですね……!」
私が高揚して心からそう感想を述べると、コームさんはにっこりと微笑んで窓を開けた。
「高層階ですので窓からは心地良い風が入り込みます。またこちらのアパートは隣が二階建ての建物でして、日当たりの良いお部屋となっております。こちらの窓際にお洗濯物を干されれば、すぐに乾くでしょう」
窓からの景色は悪くないし、建物の中も古すぎることはなく綺麗だ。もうここで良い気がしてきた。
「先ほど水場と仰っていましたが、上層階では汚水をどうするのですか?」
「汚水は全て水場に流していただくことになります。水場は体を洗ったり衣服の洗濯をしたり、そういう場にも使われます」
「流した汚水はどこに行くのですか?」
「アパートには必ずある、汚水を貯めるタンクです。管理者が定期的に魔法使いへ依頼をして、汚水を分解します」
そんな仕組みになってるんだ……日本とはちょっと違うけど、快適な生活が送れそうかな。この部屋にする問題点は、階段を登るのが大変なことぐらいな気がする。
「あの、トイレの分解を魔法使いに頼む場合は上層階の方が高いと聞いたのですが、それはどのぐらい差があるのですか?」
「そうですね。一度の分解で小銀貨一枚ほどが相場です。三階だとプラス銅貨一枚程度でしょうか。分解を数日に一度頼むとしても、二階や一階のお部屋の家賃と比較したら、三階の方がお得になります」
それならもうここを断る理由がない。この部屋、なんか一目見てピンときたんだよね。ここに住む未来が見えるというか、ここに住みたいと思った。
「ここの家賃を教えていただけますか? それからこれから紹介していただく他の二つのお部屋の家賃と、大まかな情報もお願いします」
「かしこまりました。まずこちらのお部屋ですが、三週ごとのお支払いとなっておりまして、銀貨八枚でございます」
銀貨八枚か……私の給料が十日で銀貨五枚だから、家賃を払って三週で残る生活費は銀貨七枚。それで家族全員が暮らすのはちょっと厳しいかな……。
でも皆が働くまでなら節約すれば良いし、皆が働き始めれば問題なく払えるだろう。
「他のお部屋はどうなのでしょうか?」
「二つ目にご紹介しようと思っていたお部屋は、二階建ての二階に位置するお部屋で、部屋はここよりも少し狭くなります。また周囲に高い建物が多くあり、日の光がお部屋にほとんど入りません。しかしその代わりにお安く、月ごとの支払いで銀貨十五枚。三週ですと銀貨五枚の家賃です」
銀貨五枚! それはめちゃくちゃ魅力的だね……でも日の光がほとんど入らないのは閉塞感があるだろうし、かなり悩む。
「三つ目のお部屋は一応ご紹介をと思ったお部屋なのですが、ここからすぐ近くにある一階のお部屋です。部屋はここと同じような広さなのですが、何よりも一階という部分がおすすめです。また面している路地が広く、一階でも日当たりがとても良いです。しかしその分家賃が高く、三週で金貨一枚と銀貨二枚となってしまいます。大通りに近い立地の一階のお部屋でこの家賃はかなりお安いので、一応ご案内させていただこうと候補に入れておりました」
うわぁ……そこ、惹かれる。でも金貨一枚と銀貨二枚はさすがに無理だ。そうなるとこの部屋か、二つ目の銀貨五枚の部屋かどっちかだね。
「あの、二つ目のところも見学をお願いできますか?」
「もちろんでございます」
「ダスティンさんも付き合ってもらって良いですか?」
部屋の中を興味深げに見回っていたダスティンさんに声をかけると頷いてくれたので、私たちはもう一つの部屋に向かってみることになった。




