65、不動産屋との顔合わせ
次の日の午前中。私は私用の時計がなくて正確な時間が分からないので、遅れないようにと早めにダスティンさんの工房に向かった。
そして少し緊張しながらドアをノックすると……扉を開けてくれたのは、まだ部屋着姿のダスティンさんだった。
私はダスティンさんの顔を見てホッと安堵のため息を吐き、おはようございますと挨拶をする。
「随分と早いな? 四の刻九時じゃなかったか?」
「そう約束したのですが、スラムでは正確な時間を知る術がなくて、遅れるよりは早めにと家を出ました。もしご迷惑でしたらどこかで時間を潰しますが……」
「いや、構わん。入ると良い」
「ありがとうございます」
最初よりはかなり見慣れた部屋の中を見回すと、そこにはいつも通りの光景が広がっているだけだった。クレールさんはいなそうだね。
「今日はいくつの部屋を回るんだ?」
「それはまだ聞いていないのですが、うちの家族の要望は安くて立地が良い部屋なので、それに適合する部屋を紹介してもらえるのだと思います」
ダスティンさんがミルクとシュガを入れたハク茶を淹れてくれたので、私はありがたく受け取って椅子に腰掛けた。
ふぅ……あったかくて美味しい。最近は火の月も終わりに近づいてるからか、肌寒く感じることが増えてきて飲み物はホットが美味しく感じるようになってきた。
「部屋の快適さよりも立地なのか? 立地は良いが不便な部屋は住みにくいぞ」
「私もそう思うんですけど、治安が悪いところは私が危ないからってお父さんが譲らなくて」
そう言って苦笑を浮かべたら、ダスティンさんも納得したのか頷いた。
「レーナの父親は過保護なのだったな」
「まあ、そうですね。自分で言うのも微妙ですけど、私のことが大好きなんです」
「……そう言えるのは、素敵なことだ」
どこか遠くを見つめながら呟いたダスティンさんは、なんだか寂しそうだ。
ダスティンさんの家族の話は聞いたことないけど、もう少し仲良くなったら聞いてみても良いのかな……なんだか話したくなさそうな感じだから、今までは聞いてこなかったんだけど。
「さて、私は着替えてくるので少し待っていろ。レーナは商会で制服に着替えるんだったか?」
「はい。なのでここで待ってます」
それからダスティンさんが着替えて私がハク茶を飲みきって、時間が四の刻八時になったので二人で工房を後にした。
そして商会に着いて裏口から中に入ると……そこにはちょうどジャックさんがいた。身嗜みの最終確認しているらしい。
「ジャックさん、おはよう」
「おっ、レーナ。今日は部屋を紹介してもらうんだってな」
「うん。ギャスパー様に聞いたの?」
「ああ、もしダスティン様の予定が合わなかったら、俺が一緒に行って欲しいって。でも大丈夫みたいだな」
ジャックさんは私の後ろに視線を向けると、髪飾りの位置を整えてニコッと笑みを浮かべた。
「ダスティン様、レーナに付き添ってくださってありがとうございます」
「いや、気にすることはない。私もレーナには世話になっているからな。それに今日は客として来ている訳でもないし、そんなに畏まらなくとも良い」
「分かりました。ありがとうございます」
ダスティンさんって私以外の商会員にも知られてるんだね。配達はほとんど私だから、皆に周知のお客さんだとは思ってなかった。
「ダスティンさんって、店舗にも来てるんですか?」
「もちろんだ。ここには定期購入しているもの以外にも、良いものがたくさんあるからな。定期的に見に来ている」
「そうだったんですね」
「……レーナはダスティン様と結構仲が良いんだな。今回ギャスパー様にダスティン様の名前を聞いた時に不思議だったんだが、配達で意気投合したのか?」
私はその質問に、ダスティンさんを椅子に誘導しながら頷いた。
「私が魔道具作製に興味を持って、それで休みの日にも工房にお邪魔してるの」
「レーナのアイデアは私にも有用なのだ」
「へ〜、そうなんですね。やっぱりレーナは凄いな」
「私のアイデアを、上手く魔道具に落とし込んでくれるダスティンさんが凄いんだけどね。じゃあダスティンさん、少しここで待っていてください。私は着替えてきます」
「分かった」
それから私は更衣室に向かって、素早く制服に着替えて休憩室に戻った。するとちょうど良い時間になっていたので、そのままダスティンさんと商会長室に向かう。
「もうお店が始まってるので、静かにお願いします。階段は廊下の先です」
「……裏はこんな作りになっていたのだな」
ダスティンさんはいつも贔屓にしているお店の裏側が面白いようで、キョロキョロと辺りを見回している。
今更だけど、お客さんでもあるダスティンさんを連れてきて良かったのかな……まあ、ギャスパー様に提案されたんだから良いんだろうけど。
商会長室に着いて扉をノックすると、中からすぐに声が聞こえてきて扉が開いた。扉を開けてくれたのはポールさんだ。ちょうどお客様にお茶を出していたところだったらしい。
「失礼いたします」
「レーナ、よく来たね。ダスティン様もレーナへの付き添い、ありがとうございます」
「いえ、私もレーナには日々助けられていますので」
ギャスパー様と簡単な挨拶をしたら、さっそく不動産屋さんを紹介してもらった。私とダスティンさんの向かいに男性が腰掛けて、横にある一人席にギャスパー様だ。
「紹介するよ。私がこの商会を立ち上げる時にも協力してもらった信頼できるお方で、コームさんと言う。コームさん、こちらがお話ししたレーナとその付き添いのダスティン様です」
コームさんは茶髪で茶色の瞳の優しそうな人だった。でも眼鏡をかけているからか、キリッとできる男感も感じられる。優しげな雰囲気の人がかっこいい感じの眼鏡を掛けてるのって良いよね。
ダスティンさんも眼鏡を掛けてるんだけど、ダスティンさんは元がふんわりというよりもキリッとしてる顔だから、キリッに眼鏡のキリッも追加されてちょっと怖い雰囲気になっている。
慣れたら優しくて良い人だって分かるんだけど。
「レーナと申します。よろしくお願いいたします」
「ダスティンです。よろしく」
「ご丁寧にありがとうございます。私はコームと申します。本日はレーナ様のご要望に沿った最適なお部屋をご提案させていただきますので、よろしくお願いいたします」
それからギャスパー様も交えて少し雑談を交わし、コームさんがお茶を飲み切った頃に、さっそく候補の部屋に向かおうと商会を後にすることになった。




