62、魔道具の進捗
私はこの前の休日に話した魔道具がどうなってるのか気になって、足早に工房へ向かった。
「ダスティンさん、レーナです」
工房に着いて玄関のドアをノックすると、今日はちょうど手が空いていたのか、ダスティンさんが中からドアを開けてくれる。
「やっと来たか」
「おはようございます。ちょっと買い物とロペス商会に寄っていて遅くなりました。これ、良かったら食べてください。いつも良くしていただいてるお礼です」
建物の中に入ってさっそくとクッキーを手渡すと、中身を確認したダスティンさんは僅かに頬を緩ませた。それをしっかりと目撃した私は、自然と笑顔になる。
やっぱりダスティンさんは甘いものが好きなんだね。これからの手土産は甘いもので決定かな。
「後でいただこう」
「ぜひ」
「ではレーナ、こっちに来てくれ。実はちょうど魔道具の改良が終わり、成功しているのか試してみるところなのだ」
「おおっ、もう終わったのですか?」
「成功するかは分からんがな。数日前には失敗した」
そうなんだ……やっぱり難しいんだね。確かに少し話を聞いた限りでも、魔石や魔法を組み合わせると思わぬ効果を発揮するって感じだったし、試してみるまでどうなるのか分からないのだろう。
「どっちの魔道具ですか?」
「洗浄の方だ」
工房の中に入ると、中央に置かれた台の上にコンパクトな箱が置かれていた。見た目はあまり変わってなさそうだけど、これで成功してるのかな。
「とりあえず青色と白色の魔石だけで作ってある。ただ服を綺麗にするにはいくつもの工程が必要なので、魔法を何個か組み込んである。それがどう影響するかだな」
ダスティンさんはそう説明しながら、箱の中に汚してあるシャツを入れて洗剤を投入した。そして洗浄開始のボタンを押し込む。
すると箱がガタガタと動き始めて――数十秒後には、ちょっと怪しい音を立て始めた。ギギギギ……と金属同士が擦れ合うみたいな音に加えて、沼みたいな重い泥水に足を突っ込んだときのような、変な水音も聞こえてくる。
「ダ、ダスティンさん、これは、成功なのでしょうか?」
恐る恐るダスティンさんの顔を見上げながらそう問いかけると、ダスティンさんの表情はかなり厳しかった。そして何を思ったのか私のお腹に腕を回してぐいっと抱き上げると、工房の壁際まで下がってよく分からない透明な物質の裏に隠れる。
するとその瞬間、ボンッッと何かが爆発するような音があたりに響き渡って、その後にぼたぼたっと重い液体が工房に降り注いだ。
私はちょうど運良くその液体をかぶるのは避けられたようだけど、ダスティンさんには直撃したらしい。腕の中から顔を見上げると、緑色のドロッとした何かが頭から顔に滴り落ちている。
「……魔法を書き込みすぎたか。何かが作用しあって水が変質して膨張したな」
「ふふっ、ふふふ……っ」
頭から変な液体を被った状態で、真面目に失敗の原因を考察しているダスティンさんが面白くてツボに入った。ちょ、ちょっとヤバい、苦しい……っ。
「なんだレーナ、どうした?」
「……っ、ダ、ダスティンさん、酷い惨状になってますっ」
「ああ、これか。確かに酷いな……なんだこの匂いは。まるで長年放置しておいた腐った水だな」
「ふふっ、確かにそうですね」
なんだか楽しくて笑いながら頷くと、ダスティンさんはふっと表情を和らげて口を開いた。
「レーナ、楽しそうだな?」
「はい。魔道具開発って突拍子もないことが起こって楽しいです。ダスティンさんが好きなのも分かります」
「そうだろう? そしてその突拍子もない事柄に、小さな規則性を見つけた時がとても嬉しいんだ」
ダスティンさんはそう言って楽しそうに口角を上げると、私を汚れてない場所に降ろしてくれた。そして掃除だなと呟くと、近くの戸棚を開ける。
「あ、そこに掃除道具が入ってたのですね」
「そうだ。レーナも手伝ってくれるか?」
「もちろんです。それにしても、また改良をやり直しですね」
「いや、なんとなくどの魔法がダメだったのかは予測がついている。そのうちの一つを別の魔法に変えるか、どうにかして魔法を一つに合体させることができれば、成功に近づくかもしれない」
おおっ、予測がついてるのか。やっぱりダスティンさんは凄い。それなら予想より早く形になるのかも。
「頑張ってください」
「もちろんだ。じゃあレーナ、この緑の液体をバケツに集めてくれ。いっぱいになったら青草に分解させる」
「分かりました。青草ってこんなものまで分解できるんですか?」
「基本的になんでもできるな。ただ分解したものによってあとに残るものは違う。多分これは……普通に綺麗な水になるだろうな。そうなれば外に流しておいても問題はない」
「へぇ〜、凄いんですね」
ダスティンさんは片付けに使うために、トイレの魔道具とは少し違う形の分解の魔道具を作ったのだそうだ。それはバケツに取り付けて使うもので、取り付けてボタンを押すと中に青草が大量に育つ。
「レーナ、そこの机の上を頼んでも良いか? この布で拭いてくれ」
「分かりました。水ってどこにありますか?」
「そこの棚の中に給水器がある」
「使いますね」
それから私はひたすら掃除に精を出した。掃除はスラム街で毎日のようにやっていたので、かなり得意でどんどん進む。ダスティンさんも何度も工房をぐちゃぐちゃにしているからか、掃除の腕はプロ並みだった。
「――ふぅ、綺麗になりましたね」
「掃除は終わりだな。レーナ、手伝ってくれてありがとう。礼に昼ご飯をご馳走しよう」
「本当ですか! やったー!」
労働の対価なら申し訳なく思わずに食べられるので素直に喜ぶと、ダスティンさんはふっと優しい笑みを浮かべて私の頭をポンと軽く撫でた。
「ちょうど食材はたくさんあるし私が作ろう。何が食べたい?」
「え、手料理ですか!? じゃあ、ダスティンさんの一番の得意料理でお願いします」
「また難しい注文だな……まあ分かった。食材を見てから決めよう」
それから私とダスティンさんは掃除で汚れた手や顔を洗い流し、工房からリビングに移動した。




