58、エミリーたちへのお土産
ある日の仕事帰り。今日は少し市場に寄ってから帰ろうと思い、お店を出てから外門とは違う方向に足を進めた。目的の品はエミリー達へのお土産だ。
最近はかなりお金にも余裕があるので、目立ちすぎない程度のものを買って帰ろうと思い立ったのだ。
私はスラムの中でかなり浮き始めているけど、エミリー達のおかげで何とか溶け込めてる……いや、溶け込めてはないかもしれないけど、少なくとも集られたりハブられたりはしていない。
本当に皆には感謝だ。エミリーは私が街中に通ってても今まで通りに接してくれるし、ハイノも優しい近所のお兄ちゃんのままだ。フィルはツンデレのツンが少し減って、私のことを気遣ってくれるようになった。
街中に引っ越しても、皆とはずっと友達でいたいなと思っている。お金をたくさん稼いで、皆を定期的に街中に呼べるように頑張ろう。
「いらっしゃい。新鮮な野菜だよ〜」
「うちでは美味しい肉を売ってるよ」
「卵が欲しいならうちがおすすめだよー」
そんな屋台の店主からの宣伝を聞きながら、私は目的のものが売っているお店に向かった。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
ほんわかした雰囲気が印象的な店主の女性が、少し膝を折って私に声をかけてくれた。子供でスラムのワンピースを着ている私にも丁寧に接してくれるなんて、この人は良い人だな。
私はそれだけでこのお店で買おうと決めて、目当てのものを指差した。
「サーテが欲しいんですけど、一ついくらですか?」
「銅貨二枚です。こちらの十個セットは少しお安くなっていて、小銀貨一枚と銅貨八枚です」
「では……十個セットを三つください。籠も一つ貰いたいです」
「分かりました。籠は銅貨六枚ですが良いですか?」
「大丈夫です」
「では準備するので少しお待ちください」
女性は私に対してにこっと笑みを浮かべると、十個ずつ籠に入っていたサーテを大きめの籠に移し替え始めた。
ちなみにサーテとはじゃがいもぐらいの大きさの芋で、パプリカの黄色みたいな鮮やかな色をしていて、味はさつまいもに似ているものだ。
しかもさつまいもの中でも蜜がたっぷりの、かなり甘くて美味しいやつ。仕事の試食でこの前初めて食べて、これならお土産に最適だと思って今回は選んでみた。
「お待たせしました」
お金を払って籠を受け取ったら買い物は終了だ。私はかなり重い籠を左腕に下げ、足早に外門へ向かう。
いつもの兵士の方々に会釈をして外門を抜けると……門のすぐ近くでお父さんが待っていた。お父さんは私の姿を見つけると嬉しそうに頬を緩め、大股でこちらにやってくる。
「レーナ、おかえり」
「お父さん、ただいま。これ持ってくれる?」
「もちろんいいぞ。……意外と重いな。これはなんだ?」
腕が痺れてきていたのでお父さんに籠を渡すと、お父さんは不思議そうに首を傾げた。サーテは一つ銅貨二枚なので他の野菜と比べると高く、スラム街の市場では基本的に売っていないのだ。
「サーテって食べ物だよ。ポーツと少しだけ似てるけど、こっちの方が甘くて美味しいかな。皆へのお土産に買ってきたの。エミリーたちにはいつも良くしてもらってるから」
「そうか。いいことだな」
お父さんは私の話を聞いて、優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。
そうしていつものようにお父さんと家に戻ると、ちょうどお母さんが夕食作りのために家から出てくるところだった。
「あらレーナ、おかえりなさい」
「お母さん、ただいま」
「アクセル、その籠はなんなの? ……食べ物かしら?」
「ああ、レーナが皆にお土産を持ってきたんだそうだ。商会の人がくれたらしいぞ」
私が買ったことにするとお金を持っていることがバレるので、お父さんにはもらったことにして欲しいと既に話をしてある。
お母さんはお父さんのその言葉を聞いて頷くと、籠に入っているサーテの数を見て近所の人たちに声を掛けた。
「皆、ちょっとこっちに来てー」
「何かしら?」
お母さんの声かけに、いつも一緒に食事を作っている皆がすぐに集まる。その中にはエミリー、ハイノ、フィルの顔もちゃんとあるみたいだ。特にこの三人に渡したいお土産だったから良かった。
「レーナを雇ってくれてる商会の人が、お土産をくれたらしいわ。たくさんあるから皆で食べましょう。一家族に三つずつぐらいかしら」
「まあ! 私たちがもらっても良いの?」
「もちろん。美味しいものは皆で食べた方が良いもんね。これはサーテって植物で、水で綺麗に洗ったら皮ごと茹でてそのまま食べられるんだって。お店で一口だけもらったんだけど、甘くて凄く美味しかったよ」
私のその言葉を聞いた皆は、瞳を輝かせて前のめりだ。こんなに喜んでもらえると嬉しいな。
「じゃあ三つずつ持っていってね!」
私のその言葉を聞いて全員が三つずつサーテを持っていくと、ちょうどうちの分の三つが残った。私はそれを手にしてお母さんに手渡す。
「はい。これがうちのやつね」
「ありがとう。じゃあさっそく茹でましょうか」
それからは皆でいつも以上にわいわいと楽しくサーテを茹で、いつもは各家の前で食べる食事だけど、今日だけは中央の調理場に集まって皆でサーテを食べることになった。
茹でたサーテを一口大に切り分けたものを一つずつ手に持ち、ゆっくりと口に運ぶと……例外なく全員がサーテを絶賛した。
「レーナ、すっごく美味しいね!」
「喜んでもらえて良かった」
「ふふっ、こんなに甘いもの初めて食べたよ。幸せすぎて飲み込みたくない」
「それはちゃんと飲み込んで」
「はーい」
私とエミリーはそんな会話をして、顔を見合わせて笑い合った。やっぱりこうしてエミリーと話してる時間は楽しいな。




