51、魔道具開発
私はまず魔道具の基本を教えてもらおうと思い、魔道具から視線をダスティンさんに移して口を開いた。
「あの、ダスティンさん? 魔道具について私はほとんど知識がないんですけど、なんでこんなことが起こるのか教えてもらえませんか?」
私のその言葉を聞いたダスティンさんは、面食らったような顔をした後に瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「そういえば、レーナはスラムから街中に来てまだそんなに経っていなかったな。この前アイデアをくれたから、なんとなく魔道具について詳しいつもりでいた。……すまない、基本的なことを説明しよう」
それからダスティンさんが説明してくれたところによると、魔石は二つ以上を組み合わせると効果が作用しあって思わぬ結果をもたらすのだそうだ。そういえば、ジャックさんが前にそんなこと言ってたよね……
その影響で魔石の数が増えるほどに難しくなり、さらにその魔石に魔法を組み込むともっと難しくなるらしい。ちなみに魔法を組み込むというのは、魔石に呪文を特殊なインクで書き入れるのだそうだ。
「魔石に魔法を書き込まないで作れる魔道具もあるんですか?」
「ああ、とても簡単なものならな。例えば給水器なんかは青色の魔石を使って、魔法は書き込まなくとも作ることができる。ただ少し用途が複雑になれば魔法は書き込んだ方が良いんだ。だから基本的には書き込むな」
「そうなんですね。とりあえず、基本は理解できた気がします。魔石以外の魔物素材の組み合わせなどについては……今すぐ理解できそうにはないので、その時その時に教えてもらえますか?」
私のその言葉にダスティンさんがすぐ頷いてくれたので、私はとりあえず魔石に関することだけを覚えておくことにした。
「それでレーナ、どうやったら成功するのか何かアイデアはないか?」
「そうですね……まず、魔石を四つ使うのは止めるべきだと思います。作られた石鹸を入れることにすれば、茶色の魔石と赤色の魔石を外せるんじゃ……」
私がすぐに思いついた改良案を伝えると、ダスティンさんは衝撃を受けたような表情を浮かべて固まった。もしかしたら魔道具って、それひとつあれば完結するようなものが多いのかな。
「確かに……魔道具だけで全てを完結させる必要はないのか。盲点だった。――ただそれだと、全種類の魔石を組み合わせた洗浄の魔道具に挑戦はできないな」
「……そこはいったん諦めるべきかと。偶然とはいえ、染色の魔道具でとりあえず形にはなっていますし。二つの魔石で洗浄の魔道具を完成させてから、改良として石鹸の投入が必要ないものを目指すのが良いんじゃないでしょうか」
「そうだな……分かった、そうしよう。では青色の魔石と白色の魔石だな」
ダスティンさんは染色の魔道具を端に寄せ、真ん中の作業机に二つの魔石を置いた。魔石の大きさは私の拳より少し小さいぐらいで、透明感がある。
「このぐらいの大きさが普通ですか?」
「いや、これは小さい方だな。試作品は小さな魔石で作り、売るものは大きな魔石で作るんだ。基本的に大きな魔石の方が長持ちするからな」
「そうなんですね……魔石って定期的に交換が必要とか、そういうものなんですか?」
「いや、そんなことはないな。基本的に魔道具は魔石を通して空気中の魔力を使うから、半永久的に使用可能だ。まあそうは言っても劣化すれば壊れるし、その時は替えないとだけどな」
魔石ってそういう感じなんだ。じゃあ電池っていうよりも、空気中から電気を取り込めるコンセントプラグ的な感じかな。
「魔道具って凄いですね。魔力の消費効率はやっぱり良いのでしょうか?」
「ああ、その部分は精霊魔法とは比べものにならない。圧倒的に少ない魔力で現象を起こせるのが魔道具だ」
「それは欲しいですね……」
魔道具って凄いと感動して思わず本音を呟くと、ダスティンさんは難しい表情を浮かべて指先で顎を触った。
「私も魔道具はもっと普及したら良いと思っているんだ。ただやはり原材料が限られているので難しい。レーナはゲートについて知っているか?」
「少しだけなら知ってます。魔界と繋がる門とかって言われてて、突然草原や森に出現して魔物を吐き出すんですよね?」
「そうだ。そのゲートはそこまで頻繁に発生するものではなく、この国の中だとひと月に一度程度なんだ。多くても二度か三度だな。だから魔道具の素材となる魔物素材を手に入れられる機会は少ない」
ゲートってそんなに頻度が少なかったんだ。魔物が排出されるんだから少ない方が良いのかもしれないけど……素材のことを考えたらもっと頻繁に現れて欲しいし、難しいところだね。
「それだと魔道具はどうしても高くなりますね」
「そうなんだ。だから私はできる限り魔物素材を使わずに魔道具が作れないかの研究もしている」
「おおっ、それ楽しそうです」
薄々感じてたけどダスティンさんって……意外と凄い人なのかな。私が知らないだけで魔道具界隈では有名とか。
「今度そっちの研究成果も見てみてくれ。レーナなら何か良いアイデアが思い浮かぶかもしれないからな。ただ今は洗浄の魔道具だ。まずは二つの魔石に刻む呪文だが……」
ダスティンさんはそう呟くと、まっさらな紙にペンで何かを書き込み始めた。覗き込んでみると長い呪文のようで、私には何が書いてあるのかほとんど分からない。
「精霊魔法の呪文って、奥が深いですよね。この辺とかは何が書かれているんですか?」
「固有名詞だな。とは言っても人間が決めたものではなく、精霊達にも通じる固有名詞だと古来から言い伝えられているものだ」
「そんなのがあるんですね……」
ということは、それを学ばないと精霊魔法の上達は難しいのか。やっぱりちゃんと身につけたいなら、前にジャックさんが言ってたリクタール魔法研究院? に行くしかないのかな。
「レーナ、水はどのように動けば一番汚れを落とすのか、アイデアはあるか? 私としては渦のように回るのが良いかと思っているんだが」
「そうですね。私もそれが良いと思います。ただあまり水流が強いと服の傷みが早くなりますし、適度で抑えるべきかと」
ダスティンさんはあの金属の箱を壊すような魔法を組み込む人だからね……私は工房内がぐちゃぐちゃになっていた時のことを思い出し、威力を抑えるように念を押した。
「では少し変更して……これで良いだろう。次は風魔法だ」
それからはダスティンさんが基本的には精霊魔法の呪文を構築していき、私は邪魔にならない程度に質問しながらちょっとしたアドバイスをして時間が過ぎていった。
そして数十分で呪文は完成し、ダスティンさんはやっと紙から顔を上げた。




