47、開発中の魔道具
ロペス商会の本店で働き始めてから数日が経過した。今日の午前中はいつものように配達に出かけていて、次が本日最後の配達先、ダスティンさんの工房だ。
初めてダスティンさんと会った日に配達以外で来ると良いって言われたけど、まだ仕事が休みの日になっていないので行けないでいる。
ちなみに仕事の休みは十日に一度だ。週の最終日が私の休みの日と定められた。基本的にこの国では、十日に一度しか休まないのだそうだ。
「ロペス商会です。ご注文の品をお届けに参りました」
ドアをノックして声をかけると、最初とは違って工房の中から足音が聞こえ、中からドアが開かれた。しかし……現れたダスティンさんは、頭のてっぺんから爪先まで水浸しだった。
「えっと……大丈夫、ですか?」
「ああ、すまないが私はこんな状態だから、中に商品を置いてくれるか?」
「分かりました」
そうしてまたもや工房の中に招かれた私は、工房内の惨状に自分の目を疑った。工房内は全てが水浸しで、さらに家の中で嵐でも起きたのかというほどに物が散乱している。
「……えっと、強盗に襲われたとか?」
「違う。研究中の魔道具を試しに起動したら、少し失敗しただけだ」
「これが少し……なんでしょうか?」
工房の真ん中に私の身長よりも大きな箱があるので、これが開発中の魔道具だろうか。ただ箱は……かなりボロボロに破れている。金属っぽい硬そうな素材の箱が、内側から破れてる感じだ。
何をどうしたらこんなことになるんだろう。それにこんな惨状を引き起こす魔道具って、何を研究してるんだ。
「うわっ」
「おっと……大丈夫か?」
工房内を見回していたら足元が疎かになっていたようで、滑って転びそうになったところをダスティンさんが腕を掴んで助けてくれた。
「ありがとうございます。すみません」
荷物は机の上に置いてたから良かったけど、転んでいたら制服がダメになるところだった。
それにしてもこの水、ただの水じゃなさそうだね。かなり滑ってるし……もしかして石鹸かな。
「何かを綺麗にする魔道具なんですか?」
「そうだ。ボタン一つで中に入れたものが瞬時に綺麗になる魔道具があったら便利だと思わないか? 例えばこの木の椅子……だったはずのものなんだが、これはしばらく外に放置していたため真っ黒だったんだ。一応綺麗にはなっただろう?」
――うん。その木の破片みたいなやつが元は木の椅子だったのなら、黒ずみは取れてるね。ただその代わりに原型を留めないほどバラバラで、周囲にあるものもびしょびしょでぐちゃぐちゃにするけど。
「……なんだその顔は」
「いえ、魔道具作りって大変なんだなーと」
「そうだな。でもそこが楽しいんだ」
そう言ったダスティンさんの声音は明るくて、思わず顔を見上げると、そこには僅かな笑みを浮かべたダスティンさんがいた。
この人って最初の印象は神経質そうであんまり仲良くなれないかもって思ったけど、全然そんなことなさそう。素直で一つのことに熱中しすぎるタイプで、あと意外と面白い人かも。
「何がダメだったのかを洗い出して、次は魔法の種類を変えてみるか……それとも箱の強度の問題か?」
ダスティンさんは私の隣で、ぶつぶつと独り言を呟きながら改良案を考えているみたいだ。でも……箱の強度とかいう問題じゃないと思うな。
「これって要するに洗浄の魔道具? みたいなやつってことですよね」
「そうだな」
「それなら洗浄の対象を限定した魔道具にした方が、成功の確率は上がるのではないでしょうか。これは威力が強すぎたみたいですし、例えば服を綺麗にする魔道具にすればそこまでの強さは必要ないと思うんですが……」
綺麗にするってところから日本にあった洗濯機を思い出してそんな提案をしてみると、ダスティンさんは私の顔をずいっと覗き込んで「それだ」と良い声で呟いた。
「服だけに限定しても売れますか? というか、今までそういう魔道具って作られてないのでしょうか?」
「今まで魔道具を使うのは基本的に貴族だったんだ。だから下働きがこなす仕事を代替するようなものは、ほとんど研究されなかった。しかし最近は魔道具を一部の平民が買えるようになっているからな……多分売れる。質の良い服を扱う洗濯業者が狙い目だな」
そういう事情があるのか……確かに洗濯機とか、下働きの人が全て綺麗にしてくれる貴族達には売れなそうだ。
「洗濯業者なんてあるのですね。頼んだら服を綺麗にしてくれるところでしょうか?」
「そうだ……って、頼んだことがないのか? そういえばお前はスラム出身だと言っていたな。街中にはそこかしこに服を綺麗にする洗濯屋があるんだ」
そんな場所があるなんて便利で良いね。私も街中に引っ越したらお願いしたいな。洗濯って手がかなり荒れるし、できれば避けたい仕事なのだ。
「それなら開発の甲斐がありますね」
「ああ、どんな魔法や魔石、素材を組み合わせれば良いのか色々とイメージが湧いてきた」
ダスティンさんはそう呟くと、早く開発に戻りたいのか受け取りのサインを書いて商品の確認を素早く済ませてくれた。
そして私が工房を後にしようとすると、いくつかの素材を棚から取り出しながら声をかけられる。
「レーナ、今度の仕事がない日に研究の成果を聞きに来ると良い。アイデアをもらうぞ。アイデア料は……今度来た時に支払うので良いか?」
「え、そんなのもらっちゃって良いんですか?」
「当たり前だろう? 成果には正当な報酬が必要だ」
――もらって良いのかな。でもダスティンさんが良いって言ってるし、今はお金が欲しいし……貰えるものはもらっておこう。
「ありがとうございます。今度で大丈夫です」
「分かった。じゃあ待っている」
そうして私は思わぬ副収入を約束して、ダスティンさんの工房を後にした。あんな少しのアイデアにお金を払ってくれるとか、やっぱりあの人って良い人だね。
私は次の休みが楽しみで、足取り軽くお店に戻った。




