22、ハルーツとリューカ
しばらく待っていると、鉄板で焼かれたハルーツが串に刺されて渡された。二本の串に五種類ずつの肉が刺さっているみたいだ。
「お待たせしました〜。食べるのはお嬢ちゃんかな?」
「はい! ありがとうございます」
「礼儀正しい子だ、偉いぞ」
お店のおじさんはそう言ってニカっと笑みを浮かべると、私に串を手渡してくれた。ジャックさんがお金を払ったら、二人で市場の端に向かう。人が多くて少し避けないと食べるのも大変なのだ。
「食べて良い?」
「もちろんだ」
「ありがとう。じゃあいただくね」
一番上に刺さっている白っぽい部位の肉を口に入れると……柔らかくてジューシーで脂には甘味があって、めちゃくちゃ美味しいお肉だった。日本で食べてた鶏のもも肉みたいな感じだ。こんなに上品なお肉……レーナになって初めて食べたよ。リートのお肉はもう少し獣って感じがして、硬いお肉なのだ。
「美味いか?」
「めちゃくちゃ美味しいよ……感動する」
「ははっ、良かったな」
次に色が全然違う、茶色っぽい部位を口に入れた。するとその部位は……上質な牛肉の赤身みたいな味がした。一匹でこんなにいろんな味がするなんて、ハルーツって凄いね。
それから十種類全てを食べると、豚肉みたいな部位もホルモンみたいなところもタンみたいなところも、さらには日本では味わったことのないとろけるような不思議な食感の部位もあった。
めちゃくちゃ美味しくて幸せだ……お肉が美味しいのはもちろんなんだけど、ソルがふんだんに使われているところも美味しい理由だと思う。それにこのソル、スラム街で食べてるやつよりも味が良い気がする。
「ソルって何種類もあるの?」
「ああ、確か森で採れるやつと海で獲れるやつがあるらしいぞ。海のやつの方が美味しいから、森のやつはほとんど使われないって聞いたことがある」
「そうなんだ……」
だからこんなに味が違うのか。スラムではその森で採れるソルでさえ贅沢品なのに。改めて比べると、私たちの生活って凄く貧しいね。餓死とかするレベルではないんだけど、生きていくのに最低限は整ってるだけって感じだ。
「全部美味しかった。ジャックさん、本当にありがとう」
「それなら良かった。じゃあ……そろそろ時間だし本店に向かうか」
「えっ、もうそんな時間?」
「まだもう少しあるけど、遅れない方が良いからな」
「そうだよね。……それって何?」
ジャックさんが懐から出した懐中時計みたいなやつが気になって、思わず覗き込む。こんなのいつもは持ってないのに。
「これは時計だ。時間が分かるものなんだが、商会から貸与されてるものだし高級なものだから、スラムには持って行かないようにしてる。いくら兵士がいるって言っても心配だからな」
時計もこの世界にあるんだ……見た目は地球にあった時計に意外と似ている。丸い形で十二までの数字が書いてあって、針が二つあるのも一緒だ。
「これってどう見るの?」
「短い針が一周で一日なんだ。真上の十二の刻で日付が変わる。長い針は一周で一刻で、例えば今は四の刻の九時って表現する」
うわぁ、読み方は地球とは違うんだね。ちょっと似てるから逆にこんがらがりそう。とりあえず一周が一日ってことは、もし一日が二十四時間なのだとしたら、やっぱりこの世界の一刻は二時間みたいだ。
うーん、でもこの覚え方は混乱するかもしれない。とりあえずもう地球の時間は忘れよう。この世界の時計の読み方を、そのまま覚えるように頑張った方が良いよね。
「あとで時計の読み方も教えてね」
「もちろんだ。じゃあ行くぞ」
それから市場を出て大通りに戻り、ロペス商会に向けて歩みを進めた。すると少しして、向かいから大きな動物に引かれた車がやってくるのが見える。前に騎士たちが乗っていたノークとはまた違う動物だ。
「ジャックさん、あれはなんて動物?」
「リューカを知らないのか……?」
「スラムにはいないから。リューカって名前なんだ」
街の中は少し歩くだけで情報の宝庫だ。私が知らないものがたくさんある。
「確かにスラムでは見ないな……リューカは車を引いてくれる動物だ。穏やかで人に懐くから、誰でも操れるし重宝されてるぞ」
「長距離を引いたりもするの?」
「もちろんするな。そこまで速さは出ないが体力は多い動物なんだ。ちなみに速さが欲しい時はノークが引く車で運ぶ。ただノークはそこまで重いものは引けないから、手紙とか軽いものだけだな」
「ノークは騎士たちが乗ってるやつだよね?」
「そうだな。騎士たちが乗るのは基本的にはノークだけだ」
ノークは足が速い動物で、リューカは力持ちな動物って覚えておこう。見た目はノークは恐竜みたいだったけど、リューカは馬に似ている。私的にはリューカの方が親しみやすい見た目だね。
「レーナ、本店が見えてきたぞ」
リューカの話をしていたらもう着いたらしい。ジャックさんが指差した方に視線を向けると……そこにはめちゃくちゃ立派なお店があった。
もっとこぢんまりとした商店みたいな感じを予想してたのに、高級感漂ってるんだけど……。下町商店街の八百屋を想像していたら、高級スーパーだったぐらいの驚きだ。
私は正面からお店の外観を少しだけ見学して、ジャックさんに連れられて裏口に向かった。ついに雇い主との対面だ。