196、魔物素材と怪我人
こちらに向かってきているのは見慣れた顔の騎士で、私はなんだか安心して手を振った。
「レーナ、さっきは助かった!」
私の下にやってきたのは、まだまだ元気そうなシュゼットだ。シュゼットの表情には余裕があり、その余裕は周囲の人たちにも伝わっているらしい。
こういう人が上にいると、騎士たちも焦りが生まれなくて良いよね。さすがシュゼットだ。
「役に立てて良かったわ」
「団長もかなり感謝していた。ワイバーンはかなりの脅威だからな」
やっぱり騎士団でも、ワイバーンの脅威は共通認識なんだ……でもそうだよね。あんな巨体が自由に空を飛んで襲ってきたら、倒すのはかなり大変だろう。
攻撃しても、空に逃げられちゃうし。
「それで団長からの伝言だが、一旦魔物の排出が少し収まったから、今のうちにレーナたちには休んでほしいとのことだ。また強い魔物が現れたらお願いしたいって」
「分かったわ。じゃあ一足先に休憩場所に行かせてもらうけど、何かあったらすぐに呼んでね」
「ああ、ありがとな。その時には誰かを伝令に走らせる」
そうしてシュゼットは私に伝言をすると、今度は魔法師たちに向けて指示を出していた。
そんなシュゼットの働きを横目に、私はダスティンさんに声をかける。
「ダスティン様も一緒に休憩されますか?」
「そうだな。私はレーナの付き添いという名目だし、そうしよう」
「分かりました。じゃあ行きましょう」
そうして戦線を離脱して私たちが向かったのは、ゲートから少し離れた場所に設置してある拠点だ。いくつものテントや天幕が張ってあり、休憩所や魔物の処理をする場所、それから怪我人の治癒所もある。
ダスティンさんの視線の行き先は、当然魔物が解体されている場所だ。倒された魔物は戦闘の邪魔にならないよう騎士たちによってここに運ばれ、簡単な解体だけを済ませたら、また別の場所に運ばれるらしい。
ここで解体をしてる人や、別の場所に運ぶ人たちは騎士ではなく、基本的には近隣の街の人たちだそうだ。
前に私が買い付けに行ったような臨時市場は、近隣の街に設置されてるんだと思う。
この場所で魔物素材が見られるってことは、臨時市場に運ばれる前の素材全てを見られるってことだから、それはダスティンさんの目も輝くよね……。
ここには買い付けに来てるライバルだっていないし。
「レーナ、私はしばらくこの場にいるので、向こうで自由に休憩していると良い」
ダスティンさんはそう言うと、さっそくクレールさんを連れて魔物素材を見回り始めた。
私の付き添いって話はどこに行ったんだろうと思いつつ、ダスティンさんが楽しそうなので突っ込むのはやめておく。
「分かりました。レジーヌ、ヴァネッサ、私たちは向こうの休憩所に行きましょう」
「かしこまりました」
休憩所に移動すると、そこには待機組の騎士たちの多くが並んでいた。まだ戦闘に参加していない騎士たちだからか、戦い前の緊張感が漂っていて、少しだけ息苦しい雰囲気だ。
端の空いているスペースに向かって地面に敷かれた布に直接腰掛けると、何人かの騎士が飲み物や膝掛けなどを渡してくれる。
「ありがとう。助かるわ」
そうしてしばらくゆったりと休憩していると……突然、戦場の方から数人の騎士が駆けてきた。騎士たちは何かを叫んでいて、慌てている様子だ。
「どうしたのかしら」
「何か問題でも起きたのでしょうか……」
レジーヌがそう言って目を凝らすようにすると、何かが見えたのかガバッと勢いよく立ち上がった。
「レーナ様、怪我人がいます」
その言葉を引き継ぐ形でヴァネッサも口を開く。
「かなり酷い怪我のようです。救護班に担架をと叫んでいます」
二人の目と耳の良さに感心しつつ、私はどう動けば良いのかを考えた。救護班で対処可能な怪我なら手を出さない方が良いけど、もし命の危険があるなら……
私の治癒魔法を使うべきだよね。必ず助けられるかは分からないけど、助けられる可能性があるのに、それを使わないなんてこと私には出来ない。
魔力を消費しちゃうのは痛いけど、ここなら戦場からもそこそこ距離があるから、あまり影響はないはず。
「レジーヌ、ヴァネッサ」
名前を呼ぶだけで私がしたいことを理解してくれた二人は、頼もしい表情で頷いてくれる。
それに勇気をもらって、私は怪我人の下に駆け出した。