189、皆との再会
「エミリー!」
私は思わず手を振って叫んでいた。すると木の桶を持っていたエミリーは瞳を見開いてそれをボトッと地面に落とすと、私の下に駆け寄ってきてくれる。
「レーナ!」
前に出ようとしたヴァネッサとレジーヌに声を掛けて、私はエミリーを抱き止めた。
「どうしたの? 何でここにいるの? レーナは偉い人になっちゃったって聞いて……また会えて嬉しい!!」
「私もまた会えて嬉しい。エミリー、元気そうで良かった」
「ふふっ、レーナだ。ふふっ、……っひっ……レ、レーナ……っ」
途中で瞳から涙をこぼしたエミリーは、しばらく私に抱きつく腕に力を入れていた。私の瞳からも涙が溢れてきて、二人で抱き合いながら涙を流す。
少しして落ち着いたので体を離すと、エミリーは今度は笑顔を向けてくれたけど、次第に眉間に皺が寄っていき――
最終的には咎めるような視線を向けられた。
「レーナ、突然いなくなるなんて親友失格だよ?」
「本当にごめんね……直接説明する暇もなかったんだ」
心から謝ると、エミリーはまた笑顔に戻る。
「まあ、ちゃんと伝言は伝えてくれてたから、何か事情があるんだろうなとは思ったけどね」
「それなら良かった」
スラム街に伝言を伝えてくれたロペス商会の方、本当にありがとうございます!
私が心の中で今更の感謝を伝えていると、エミリーが「あっ」と声を上げた。
「そこにフィルとハイノもいるから呼んでくるね! ちょっと待ってて、絶対どこかに行っちゃわないでね!」
「もちろん行かないよ」
家がある方向に駆けていくエミリーを見送り、私は恐る恐る後ろを振り返ってみた。
私が本当にスラムに住んでいたと目の当たりにして、皆はどんな反応をしてるのか不安に思ってたけど……皆に大きな反応はなかった。
やっぱり創造神様の加護って凄いね。そのうち、スラム出身ってところも美談になったりしそうだ。
「あの少女もレーナと同じような発想力があるのだろうか」
ダスティンさんの呟きが聞こえてきて、私は苦笑しつつ首を横に振った。
「エミリーに発想力はないんじゃないかと思います。同じ環境で過ごしていても、どんな能力を得るのかは人それぞれですし」
「ふむ、確かにそうだな。やはりレーナは元来の気質があり、それがスラム街という特殊な場で育まれたのか……」
スラム街が私の発想力の大元になってる説、どこかで否定しないと、ダスティンさんがそのうち研究でも始めそうだ。
でも否定材料がないんだよね……私がスラムは関係ないと思うって言っても、説得力ないし。
そんなことを考えていると、エミリーがフィルとハイノを連れて急いで戻ってきた。さらに後ろにはサビーヌおばさんや、近所に住んでいたおじさんとおばさんがたくさんいる。
「フィル、ハイノ、皆も……!」
私は嬉しくなり、思わず皆の下へ駆け寄った。するとフィルとハイノはボケっと私のことを穴が開くほど見つめてくるだけで、反応がかなり薄い。
「どうしたの? 大丈夫?」
二人のことが心配になりそう問いかけると、二人は同時にハッと意識を取り戻すように動き出すと、私のことを上から下まで何度見かした。
「レ、レーナか?」
まず口を開いたのはハイノだ。
「そうだよ。ハイノ、久しぶり」
ハイノの顔を見上げながら嬉しくて笑いかけると、ハイノは驚きの表情をだんだんと嬉しげなものに変化させた。
「そうか、レーナか。久しぶりだな……また会えて嬉しいよ」
そう言ったハイノは恐る恐る私の頭を撫でる。
「なんか、綺麗になりすぎてて緊張するな」
「私は私のままだよ?」
「確かにそうなんだが……服も髪型も綺麗すぎる。凄く可愛い」
「ありがとう」
そうしてハイノと話をしていると、フィルが一歩前に出て口を開いた。
「レ、レ、レーナ、その……き、綺麗だな」
「ふふっ」
私はフィルの第一声を聞いて思わず笑ってしまう。
「まず言うことがそれなの? 嬉しいけど、普通は久しぶり〜とかじゃない?」
「そ、そうか。レーナ、久しぶりだな。――突然いなくなるなんて、酷いぞ……俺はお前がいなくなってからも、頑張って勉強してたんだからな!」
照れ隠しなのか何なのかそう叫んだフィルが可愛く見えて、私は思わずフィルにギュッと抱きついた。
近くにいるとちょっとウザくも感じてたフィルも、離れてみると寂しかったんだよね……フィルの自慢話が聞けないなってたまに思い出すぐらいには。
「さすがフィルだね」
体を離してからフィルの顔を覗き込むようにしてそう伝えると、フィルは顔を真っ赤にしてしまった。
あっ、そういえばフィルって私のことが好きだったんだっけ。それなら抱きついたりしないほうが良かったかな……いや、でもそれは昔のことだよね。
子供って気持ちの移り変わりが早いだろうし、ずっといなかった私より近くにいる女の子だろう。
「と、突然抱きつくなんて、な、何考えて……!」
「ごめんね、会えて嬉しくて」
その言葉にフィルが固まったところで、今度はサビーヌおばさんが恐る恐る私の下に来てくれた。おばさんは再会の喜びというよりも困惑が強いようだ。
「レ、レーナは、街中で市場のお店で働いてるんじゃ……」
「最初はそうだったんだけど、創造神様から加護を授かって、今は貴族家の一員に迎え入れてもらったんだ」
なんとかおばさんにも分かりやすいようにと説明すると、集まってきていた大人たちが驚愕の表情を浮かべる。
「創造神様の加護だって……!」
「俺、貴族って知ってるぞ。一番偉い人たちだって聞いたことがある」
「レーナがそんな存在に……」
知り合いであるおじさんおばさんたちが次々と驚きを口にすると、その周辺にいた私とはほとんど接点がなかった人たちが、知り合いのおじさんおばさんたちに声をかけ始める。
「なあ、知り合いなんだろ? 俺のことも紹介してくれよ」
「そんなにすげぇ人なら、食べ物とか恵んでもらえるんじゃない?」
「ちょっと、私が先よ!」
そうして少し騒動になりそうだったのを見て、私は慌てて口を開いた。
「皆さん、私はスラム街に住む皆を助けたいと思い、今回はこちらに来たの。皆の生活が楽になるように尽力するから、少し待っていて欲しいわ」
声を張ってそう告げると、集まっていた皆は一気に表情を明るくした。
「助けてくれるのか!」
「知り合いじゃなくてもか!?」
「もちろんよ。スラムに住む全員を助けたいと思っているわ。だから私の友達や知り合いに、無理に迫ったりしないでね」
その言葉に皆がこくこくと頷いてくれたのを見て、これなら大丈夫かなと少し安心する。
「ねぇレーナ、もうすぐ帰っちゃうの?」
「ううん、もう少しいられるよ」
「じゃあ、久しぶりに一緒に市場も行こうよ!」
エミリーのその言葉に少しだけ悩んだけど、市場にいるのは街中の人たちだと思い出す。その人たちに私が視察に来ていたことを街中で広めてもらえば、私の功績として広く認識してもらえるかもしれない。
そう考えて、すぐに頷いた。
「うん! フィルもハイノも行こうね」
そうして私は、スラム街の視察を満喫した。久しぶりに皆と過ごした時間は、凄く凄く楽しかった。