186、スラム街の視察予定
「スラム街の解体とは、考えたこともなかったな」
「レーナ、君の生まれや育ちがスラムだということはあまり広まっていない。その功績を作るとなると、その事実が広まってしまうのは良いのかい?」
お養父様が心配そうに問いかけてくれた言葉に、私はすぐに頷いた。
「問題ありません。そもそも今までも隠していたわけではありませんので、知っている方もいるはずです」
ちょっと調べれば分かることだろうし、貴族は知ってそうだよね。広く公になっちゃうことで何か言われるかもしれないけど……そのぐらいは耐えられる。
それよりもスラム街にいる皆に、選択肢を提示できる嬉しさの方が全然大きい。
「陛下、スラム街の解体は難しいでしょうか」
「……正直あまり検討したことがないのだが、できなくはないだろう。しかし各所で調整が必要だな」
「スラム街に住む全員に市民権を発行し、職業の斡旋をし、街中で混乱が起きないようしばらくは注視しなければなりません」
ベルトラン様が告げた言葉に、陛下は顎に手を当てて考え込む。
「それからスラム街には市場があったな。そこで商売をする者たちの次の商売先も考えるべきだろう」
「後はスラム街が獣による被害の減少に貢献していたのは事実です。また木こりの仕事は、多くがスラムの住民が担っていました」
「では現在のスラム街は解体するが、あの場所も街中と見做すのが良いか?」
陛下とベルトラン様の間で議論が交わされるのを、私は内心で興奮しながら聞いていた。無理って言われるかもしれないと思いながらの提案だったけど、本当に実現するのかも……!
エミリー、ハイノ、フィル、皆も街中で暮らせるかもしれないよ!
今すぐ三人に会いたくなってきた。貴族街に来てからは一度も会えてなかったし、皆と難しいことは考えず素直に楽しく遊びたい。
「レーナ、スラム街の解体という提案、前向きに検討しよう」
「本当ですか……!」
「ああ、創造神様の加護を得たレーナの功績としては、インパクトがあって良いだろう。ただそれによって街中に混乱が生じれば、レーナに非難が集まるかもしれない。したがって慎重に準備を進める必要がある」
「それはもちろん、承知しています」
私がしっかりと頷くと、陛下は口元を僅かに緩めてくれた。
「ではしばらくこちらで議論を重ねるゆえ、待っていて欲しい」
「かしこまりました」
「陛下、スラム街の解体を実際に進める前に、レーナにはスラム街へと視察に向かってもらうべきではないでしょうか」
話がまとまったところで、ダスティンさんがそんな提案をした。するとベルトラン様も、すぐに同意をしてしてくれる。
「確かに必要か。……レーナによる事業だと、皆に認識させなければなりません。スラム街の者たちを受け入れる場所などを街中に作るとするならば、そのような場所の視察もするべきですね」
「ふむ、確かにそうだな。レーナ、視察はできるだろうか」
「もちろんです!」
私は前のめりで頷いた。だって視察をするのなら、しばらく先になるスラム街の解体を待たずに、皆に会いに行ける!
「分かった。ではレーナのスラム街への視察予定も決めてしまおう」
それからの話し合いで、私は数週間後の休みの日に、朝からスラム街への視察に向かうことになった。
同行者は私と侍女と護衛であるパメラ、ヴァネッサ、レジーヌはもちろんで、その他にもオードラン公爵家の兵士が数人警護につく。さらに国と協力の下で行われているということを対外に示すため、ダスティンさんと騎士団から騎士が十名ほど同行してくれるらしい。
私はスラム街出身ということは隠さず、スラムに生まれた創造神様の加護を得た奇跡の少女、スラムを救う慈愛の聖女、みたいな感じで宣伝するらしい。
ちょっと、いやかなり遠慮したいけど、これならスラム街でエミリーたち皆と普通に話をして良いと言われたので、私に文句はない。
「ではレーナ、スラム街への視察、頼んだぞ」
「かしこまりました。スラム街の解体に関する諸々の話し合い等、よろしくお願いいたします」
スラム街に行くの、楽しみだな。早く皆に会いたい。皆は元気かな、私ともまだ普通に話してくれるかな、勉強を始めてたけど捗ってるかな。
スラムで暮らす皆のことを考えていたら、自然と頬が緩んでいた。